投資先企業レポート

経営危機から10年で再生させた若き経営者は100年企業を目指す

株式会社常磐植物化学研究所

植物化学のエキスパートとして国内有数の技術を有する常磐植物化学研究所。経営危機から救ったのは32歳で就任した若き経営者だった。10年で再生を成し遂げた秘訣を聞いた。

立﨑 仁社長

立﨑 仁社長
1979年千葉県佐倉市生まれ。
学習院大学理学部、ノースカロライナ大学薬学部大学院卒業後、大手化粧品会社に入社。
その後、2008年に常磐植物化学研究所入社。2010年に父親の後を継ぎ4代目社長に就任。
2019年に博士(薬科学)の学位を取得。

株式会社常磐植物化学研究所
主な事業内容:
「植物化学」の専門企業として、植物成分の抽出・分離、精製を手掛ける
所在地:
千葉県佐倉市
創立:
1949年
従業員数:
100名

戦後の被爆者を救うため世界初の医薬原料を製造

常磐植物化学研究所は、戦後間もない1949年に設立された。国立衛生試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)の元所長・松尾仁氏と現社長・立﨑仁氏の祖父である立﨑浩氏が中心となり、「植物化学の成果の医薬的応用により、社会公衆の福祉増進に寄与し、祖国再建する」ことを目標とした。戦争では広島、長崎に原爆が投下され、多くの人が原爆の後遺症に悩まされていた。「その人たちを何とか助けたい」と考えたのだ。

当時、ソバなどの植物に含まれる成分「ルチン」が原爆の放射性物質の影響により出血しやすくなる症状を軽減することが期待されていた。しかし、ルチンを抽出して医薬品用として供給できる会社はどこにもなかった。そこで同社は、ソバからルチンを工業的に抽出精製する技術を確立、医薬品原薬として安定供給できる体制を整えた。当時の資料には原爆の後遺症の治療でルチンが使われた記録が残っている。

その後も薬草として知られる甘草の根に含まれるグリチルリチンの抽出精製において、工業的に含有量を最も高めることに日本で初めて成功。ヨーロッパで医薬品の主力製品となっていたイチョウ葉エキスやブルーベリーエキスの日本の食品に合致した製法をアジアで初めて確立するなど、事業規模を徐々に拡大。植物エキスを抽出精製して粉末製品にする分野で国内有数の企業としての地位を固めていった。

売上高の推移

転機が訪れたのは2008年だった。健康食品分野への進出など拡大路線を歩んでいたが、海外製品との競合で需要が減り、過剰在庫を抱えてしまった。事業拡大に合わせて行った莫大な設備投資費用も回収できなくなり、資金繰りが悪化した。約41億円あった売上は約24億円まで落ち込み、借入金は約40億円まで膨らんでいた。立て直しをしたくても、銀行からの支援は、すでに期待できない状況だった。

この危機から脱するために呼び戻されたのが現社長の立﨑仁氏だ。立﨑社長は大学を卒業後、米国に留学し大学院で薬学を専攻、ウコン成分(クルクミン)や甘草成分(グリチルリチン)の化学修飾体やハイブリッド体から抗がん化合物を開発していた。その後は日本の大手化粧品会社に就職したが、100年以上の歴史を持つその会社は、業績不振に陥り事業再生の真っ只中だった。立﨑社長は入社後、2年で呼び戻されることとなったものの、大手化粧品会社の経営陣から企業再生の厳しさを直に聞くことができたことは、その後に大きく役立つこととなる。

「入社時の私は会社経営などしたことがありません。それでも父は“世代交代で経営者が若返れば何か変化が起きるかもしれない”と期待したのでしょう。うまくいかなかったときのためにプランBも用意していたと思いますが」

32歳の若さで社長に就任し最初に手をつけたのは「止血作業」、つまり赤字を減らすことだった。そのためにはコストを減らし、少しでも売上を増やすしかない。着目したのは同社が保有する広大な敷地と設備だ。稼働していない設備が少なくない中、在庫は山積みになっていた。これらを活用してキャッシュを生み出さなければならない。

立﨑社長自ら全国を回り、受託生産の仕事をとった。ときには低採算の価格設定でも注文に応じた。少しでもキャッシュを確保できれば、それが運転資金になり借入金の返済原資になると考えたからだ。

イノベーションには三つの要素が不可欠

千葉県佐倉市にある本社

千葉県佐倉市にある本社。
4万㎡の広大な敷地に研究所、
抽出・精製工場などを有する。

同時にイノベーションが起きる環境を整えた。もともと同社にはイノベーションを起こす精神が根付いており、それがあったからこそ、ルチンやイチョウ葉エキス、ブルーベリーエキスの製品化に成功した。そのDNAを生かさない手はない。

立﨑社長が考えたのは、外部の力の活用だ。同社には技術的な相談が外部から数多く寄せられる。一つひとつを真摯に受け止め、共同研究や技術開発をしていく中で、新たな技術や新たな価値が生まれる瞬間がある。それを見逃さずイノベーションにつなげようという作戦だ。

「京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長は“イノベーションの基本はVW(ビジョンアンドワークハード)”だといっています。ビジョンつまり夢や目標を持つことが大事であり、それに対してとにかくワークハードしなければならないというのです」

立﨑社長はこれにもう一つ「出会い(チャンス)」を加える。この業界はとにかく歴史が長い。世界中、日本中に植物や植物成分(ファイトケミカル)に関心を持っている人は数知れず、大学の研究者にしても伝統的な知識から最新の情報まで、相当なバックボーンを持っている。共同研究や技術開発によってその知見を同社に集めることができる。これが立﨑社長の言う出会いの効果だ。「ビジョン」「ワークハード」「出会い」がイノベーションの芽となる。

「私に事業再建ができたのは、この三つの中でもとくに出会いに恵まれたことが大きかったと思っています」

植物エキスの品質を支えながら、常に新たな製品を生み出す研究開発 部門

植物エキスの品質を支えながら、
常に新たな製品を生み出す研究開発部門。
「いかがわしい健康食品」ではなく、
「素性の明らかな機能性食品」を
提供するための努力が続く。

同社のイノベーションの成果を示すものの一つが機能性表示食品だ。この制度は2015年にスタートしたもので「記憶力を維持する」「目の疲労感を緩和する」など食品の機能を表示できる制度。すでに約2200件以上が受理され、植物由来の成分は約800件ある。このうち同社が申請協力したものは、約70件ある。

最近、睡眠の質の向上やストレス解消効果が期待されているラフマもその一つ。

「いまの世の中は働きすぎといっても肉体的な疲労で倒れるだけでなく、精神的疲労も大きな課題になっています。この精神的疲労を癒すために注目されているのがラフマなのです」

今後も機能性食品の分野で同社の活躍が期待される。

従業員と地域に笑顔を提供するのが会社の役割

植物から抽出され粉 末化されたエキス。ハーブを活用して製造される濃縮果汁 やソースなど。

植物から抽出され粉末化されたエキス(左)。
ハーブを活用して製造される濃縮果汁やソースなど。
「VEGGIE HERB」のブランドで子会社が販売(右)。

会社が継続的に発展していくためには、従業員のケアも欠かせない。立﨑社長は「従業員がみんな幸せになれる会社」を目指している。

「従業員の幸せとは、物心両面で幸せであることが大事です。会社でただ働いて給料をもらうだけでは、本当の意味での幸せにはなれません。心の豊かさが伴わなくてはならないのです」

それを実現するため、従業員の夢や人生目標を言語化する取り組みを進めている。全てのパートナーを100年企業にすることを理念に掲げるコンサルティング会社に依頼し、従業員がどんな人生を送りたいのか、夢は何か、人生の目標は何かなどをヒアリングして明確化していく。これにより、従業員自身が自分の幸せの形をはっきり認識できる。それを上司や経営者が理解することで、会社として応援できる環境をつくることが可能になる。

「人生を豊かにするには、仕事の部分のほかに個人の夢や目標が重要です。もちろんオーバーラップする部分もあるのでしょうが、会社がその部分だけにフォーカスして“一生懸命やろう”といっても、会社に都合のいい話にしかなりません」

従業員の幸せを丸ごと応援することで、会社も発展していこうと考えているわけだ。

最高の技術で最高の製品を製造する製造部門

最高の技術で最高の製品を
製造する製造部門。
機能性食品原料、化粧品原料、
食品添加物等の原料製造から
医薬品原薬製造、研究用試薬製造まで、
あらゆるニーズに対応

「従業員が幸せであればこそ、会社の理念の一つである“植物のちからを引き出し、新たな価値を創造する”ことが可能になると考えているのです」

社会貢献にも積極的だ。CSR活動の一環としてハーブ園を運営している。

「当社は、世界を舞台にビジネスを展開していますが、私自身が佐倉市民であることに変わりはありません。父や祖父を含め、代々佐倉で生まれ暮らしてきたのです。だからこそ、最終的には佐倉に貢献しなければいけないと考えています」

立﨑社長の考える最大の社会貢献は、「地域の人々が笑顔になってくれる」こと。その夢を実現するためには、地域の人々との接点が必要になる。立﨑社長は、その場としてハーブ園を位置付けている。本社の敷地に隣接するハーブ園はすでに千葉県最大としてテレビや雑誌の取材を受けているが、ゆくゆくは日本一のハーブ園にして、コミュニティをつくりたいと考えている。その一環として、小学生向けの実験講座などをすでに実施している。今後は取引先や一般の人も含めて多くの人が集う場にしたいという。

「我々のハーブ園で植物に興味を持った子供達が大学で研究して、当社に就職してくれたらうれしいですね」

会社の発展には従業員のフィロソフィが重要

本社に併設された約5000㎡のハーブガーデン

本社に併設された約5000㎡の
ハーブガーデン。
薬用植物や生活に役立つハーブ
などを集め無料で公開。
一般の人も参加できるイベントを
定期的に開催している。

こうした地道な努力の積み重ねによって、売上規模はどん底の24億円から36億円まで回復、借入金も40億円から22億円程度まで減らし、2018年にリファイナンスすることで金融正常化に成功した。

「1年1年の変化は大したことありません。しかし、10年前と比較すると、大きく変化しています。ゆっくりとした改善ですが、それでいいと思っています」

同社は今年、創業70周年を迎える。立﨑社長は、ここから先は従業員にフィロソフィを根付かせることが必要だと考えている。その背景には大学時代の経験がある。

「高校までバスケットボールをやっていましたが、とても不甲斐ない成績で終わってしまいました。その挫折感を克服するため、大学では、当時、1部リーグで活躍している唯一の部だったラクロス部に入ったのです。しかし、私が大学3年のときに2部リーグに降格されてしまいました」

高校のときの挫折感を二度と味わいたくないと考えた立﨑社長は一念発起。すべてのエネルギーをラクロスに注ぎ、チームを引っ張った。そして、1年間で1部リーグへの復活を成し遂げたのだ。ところが、立﨑社長が卒業して数年後に2部リーグ、やがて3部リーグまで降格されてしまう。

「そのとき気づきました。どんなに高いビジョンを掲げても、強い力で引っ張っていくリーダーがいなくなれば落ちぶれてしまう。それではダメです」

それは、会社も同じだ。ようやく危機から脱し、100年企業を目指せるようになったが、いずれ立﨑社長にも引退の時期が来る。その後も発展し続けるためには、どうすればいいのか。

「松下幸之助氏が創業したパナソニックはいまだに元気です。それはなぜかと考えると、経営手法が優れているだけでなく、社員にフィロソフィが根付いているからだと思うのです」

フィロソフィとは、従業員自身の仕事や人生に対する指針のこと。「何が正しいのか」「何のために生きるのか」といった根源的な問いと向き合うことで得られるものだ。従業員にフィロソフィを根付かせるには、人づくりが欠かせないという。

「松下幸之助氏は、“松下電器は人をつくる会社”だと言っています。家電製品もつくっていますが、その前に人をつくっているのです。だからこそ、フィロソフィが得られるのです」

立﨑流の人づくりでは、従業員の和が大事であると考えた。そのための方法として社員旅行に力を入れている。今年で第57回になった。「従業員が社員旅行を好まない会社も少なくありませんが、それは社員旅行の意義が明確になっていないことが多いのではないでしょうか」

立﨑社長は社員旅行で社員総会を開催。1年を振り返る場とし、終われば従業員とともに徹底的に楽しむ。様々な出し物が披露され盛り上がる中、立﨑社長自らも企画を考える。当初は、平日に開催して全員参加を呼び掛けた。最近は、金曜・土曜日で実施しているが9割以上の社員が参加しているという。

「人づくりは子育てと同じです。私自身いままさに子育ての最中ですが、時間があれば本を読んであげたり、いろんなことを教えたりしています。常に社員に目を向け、何かあればすぐに手を差し伸べる環境をつくることが大事だと思っています」

フィロソフィを根付かせるための取り組みはまだ始まったばかりだが、10年後、20年後には大きな成果となって同社の経営を磐石なものにしているに違いない。

立﨑社長は、1000年続く会社を夢見ている。

東京中小企業投資育成へのメッセージ

立﨑 仁社長

安定株主として支援していただいたことで信頼度が上がりました。
今後は上場会社に匹敵するような会社に育て、「この会社に就職してよかった」と従業員にも喜んでもらいたいと思いますので、よろしくお願いします。

投資育成担当者が紹介!この会社の魅力

業務第五部 上席部長代理 石井 良

右)業務第五部 上席部長代理
石井 良

常磐植物化学研究所は、早くから女性の戦力化を進め、すでに研究開発部門の責任者や財務担当の役員など重要なポストで女性が活躍しています。これも立﨑社長の人づくりであり、原石を磨いて光らせる手腕は達人級です。それが今回の青年経営者賞の受賞にもつながったと思います。永続性のある理想的な会社づくりを立﨑社長と強力タッグを組みながらお手伝いします。

機関誌そだとう201号記事から転載

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