経営者の“遊び心”が未来を拓く
中小企業は優秀な人材の確保が難しく、事業資金にも限りがある。ゆえに、安定的に成長していくのは至難の業だ。しかし、中には、成長の起点となる「チャレンジ精神」を社員に持ち続けてもらおうと、仕事に“遊び心”を取り入れた企業が存在する。それらの企業の取り組みをレポートする。
社員の結束と技術向上をもたらした「鈴鹿8耐」参戦
国内最高峰のオートバイレース「鈴鹿8時間耐久ロードレース」(鈴鹿8耐)に挑戦を続ける中小企業がある。「#6 Titanium Power Racing with HOOTERS」を立ち上げた、従業員32名の株式会社オーファだ。
2001年の創業以来、アフターパーツ用のチタンを販売してきた細川寿二社長は、三重県に自社の「鈴鹿テクニカルセンター」を創った14年、鈴鹿8耐への参戦を決断した。
きっかけはリーマンショック。折から、ヨーロッパで排ガス規制が厳しくなったことで、取引先のアフターパーツメーカーの業績が落ち込んでいたこともあり、「売上はピークの6割まで落ち込んだ」と言う。
細川寿二社長
- 主な事業内容:
- チタン表面改質処理、非鉄金属および加工製品の製造・販売など
- 本社所在地:
- 千葉県浦安市
- 社長:
- 細川寿二
- 創業:
- 2001年
- 従業員数:
- 32人
そこで細川社長は、「二輪の事業を広げるには、その魅力を自らが実感しなければならない」と痛感。まずは二輪免許を取得することからはじめた。38歳でのことである。
「ツーリングに出かけてみると、クルマとは違う楽しさがあることに気づきました。風景と同時に街の匂いが直に伝わってきます。男のロマンも感じましたね」
仕事の関係上、鈴鹿サーキットに通う回数も増えていった。そして、「いつかは自分たちのチームを持って参戦したい」との想いが芽生えはじめた。
一方で細川社長は、「20年後の自社のあるべき姿」を模索していた。
「20年後に生き残るには、世界に通用する加工技術を身につけ、付加価値の高い商品を手掛けていかなければいけないと思いました」
その思いを実現するため、細川社長は鈴鹿市に土地を購入し、鈴鹿テクニカルセンターを建設した。同社の事業は従来、仕入れた素材を販売することがメインだったが、これを機に、社員とともに板金加工の技術を身につけ、OEMの部品加工の仕事を受け入れた。いまでは、チタンの表面処理技術(チタンFG処理)が、同社の強みの一つとなっている。
細川社長がさらなる“遊び心”を発揮したのが、鈴鹿テクニカルセンターのオープンとともに決意した「鈴鹿8耐」参戦だ。しかしその動機は、単なる興味本位だけではない。細川社長は「レースへの参戦は自社の技術を磨くことにもつながる」と考えていたのだ。
18年のレースでは細川社長が自らサインボードを7時間半出し続けた。
たとえば、1年目の参戦では世界最高といわれていたブランドのマフラーを購入して利用したが、走行中の熱で割れてしまう。割れないように補強するにはどうすればいいか社内で研究し、それが耐久性の向上につながった。
また、本番の8時間のために、1年前から準備をはじめなければならない。細川社長は、兄弟で鉄工所を営んでいた父親の言葉を思い出したという。
「“仕事は準備・段取りが基本。それが7~8割を占めている”と、よく言っていました」
レースへの取り組みは、その言葉を実感し、実践する場にもなった。
本番では1時間に一度、タイヤを交換する。ライダーが暑さで倒れる寸前、レーシングスーツを脱がして体を冷やす。あわせてガソリンも補給する。どうすれば短時間で効率よくできるか。やはり、準備が大事だった。仕事以上にきめ細かい対応と戦略が必要だ。
こうした厳しいチャレンジは、社内に一体感をもたらす効果もあった。自社の部品が実際に使われているのを見ることは、社員のモチベーションの向上にもつながるからだ。
同時にレースは、自社の表面処理技術の成果を確認する場でもある。取得したデータに自信を持った細川社長は、ヤマハファクトリーレーシングチームに売り込んだ。そして、同社のチタン関連部品が採用された。
これによりメディアにも大きく取り上げられ、問い合わせが殺到。いまではレースだけではなく、さまざまな場面で同社の部品が使われるようになっている。
レース当日は女性社員を含め多くの社員が応援に駆け付け、一体感が高まった。
鈴鹿8耐には5年連続で参戦した。ある程度の目的は達成されたことから、自社単独チームでのチャレンジはいったん休止した。今年からは取引先が引き継ぎ、同社はサポート役に回っている。
改めて振り返ってみると、鈴鹿8耐への参戦は、業績にも貢献している。参戦する以前の利益率は15~16%程度だった。鈴鹿テクニカルセンターをつくり、参戦するようになってからは、約27%まで上昇し、売上高も毎年7~10%増えている。これなら、鈴鹿8耐への参戦効果を社員にも理解してもらえるだろう。
「今後はさらに毎年利益率を1%でも上げることが目標。そして、売上高は20億円に挑戦したいですね」
すでにアメリカ向けの二輪部品の大量発注が決まっている。鈴鹿8耐に参戦した成果が本格的に花開くのは、むしろこれからかもしれない。
“断らない”メディア戦略が会社を元気にする
株式会社流機エンジニアリングは、工事現場や生産現場向けに、集塵装置をはじめとするエンジニアリングソリューションを提供する中小企業だ。同社の特徴は、BtoB専門のガテン系企業でありながら、大手に負けないほどメディアに取り上げられること。
その背景には、「メディアの取材依頼は断らない」という西村司社長の流儀がある。
西村社長がメディアを意識するようになったのは2012年。トンネル爆発で社員2名が犠牲になり、インターネットで非難の声がたくさん書き込まれたことにはじまる。
「安全管理を怠っていたわけでもないのに、これ以上、何をしたらいいのだろうか」
そう悩んでいるとき、ある大学教授から「社会への発信」を勧められた。
自分たちで安全を確保するのは大事だが、取り組みの内容を発信することで周囲から助けてもらうことができるし、逆に自分たちのノウハウを他社に提供することで、社会貢献もできる。それが結果的に会社の価値を高めることにもつながる。そう教えられたのだ。
西村 司社長
- 主な事業内容:
- 流体制御を主とした環境装置などの設計・開発、保守、レンタルリースなど
- 本社所在地:
- 東京都港区
- 社長:
- 西村 司
- 創業:
- 1977年
- 従業員数:
- 120人
同じころ中国のPM2.5が問題になり、同社の会長や社員がテレビの取材を受けることになった。番組が放送されると、社員が大いに喜んだ。その姿を見て西村社長は、発信する重要性を認識した。自社がメディアに取り上げられる機会を、もっと作りたいと考えるようになった。
チャンスはすぐに訪れた。同社のホームページを見たフジテレビ系列のバラエティ番組『ほこ×たて』スタッフから、協力依頼があった。西村社長はすぐに承諾し、企画の提案なども積極的に行った。
番組では同社の「何でも吹き飛ばす最強送風機」と他社の「絶対に壊れない傘」が対決。結果は同社の勝利。番組は大成功し、その後、第2弾の対決も行われた。
「そのとき感じたのは、“オファーが来たものは損しない限りできるだけ受けたほうがいい”ということです」
それまでも情報発信は行ってきた。業界の専門誌で自社の独自性などを発信したり、広告を出したりなどの方法だ。
しかし、それだけでは十分ではない。機械のいいところはわかっても、それを製造しているスタッフの苦労や熱意は伝わらない。また、業界内だけでなくより多くの人に「この装置がなぜ存在するのか」「今後、どう進化していく可能性があるのか」などの社会的意義を伝えるのは難しい。
「やはりマスメディアに取り上げてもらうことが重要だ」と考えた。
フジテレビの『ほこ×たて』で同社の「何でも吹き飛ばす最強送風機」と他社の「絶対に壊れない傘」が対決。
『ほこ×たて』は当時の人気番組。出演をきっかけに、多くのオファーが舞い込んだ。
バラエティ番組から「芸人を風力で吹き飛ばす」依頼があったり、ビジネス番組や大衆誌から「企業理念を伝える」要望があったり、内容はさまざまだ。
あるいは、異業種の企業から視察の要望が来るようにもなった。
アート作品に寄与したこともある。建築家・隈研吾氏による、東京大学の広場のまゆ形の構造作品だ。割りばし状の木製チップを接着剤で張り付けていくものだが、人力では膨大な時間がかかってしまう。
そこで同社はチップに自動で接着剤をつけて、エアーで吹き飛ばして組んでいくシステムを構築し、採用された。
商売としてはそれほど儲けになるものではないが、仕事の楽しみや新市場・新技術の創出のきっかけにもなるという。
「こういう案件は自分たちで探して見つかるものではありません。手広いニーズに応えてきたからこそ、声をかけてもらえたのです」
その後も数多くのメディアに取り上げられている。
自分たちの思いを世の中に理解してもらうには、自分たちを知ってもらう必要がある。その努力を続けていれば、今後、何かの不祥事に巻き込まれても、以前のように一面的な捉えられ方をすることはないと、西村社長は考えている。
「それがリスクマネジメントにもなると思っています。露出の数が多いほど効果があるでしょうから、これからも続けていくつもりです」
西村社長のいう「メディアの効果」の一つに、「社員の人柄を発信できること」もある。
メディアを通じて、社長や社員のふざけた部分から生真面目な部分まで、広い振り幅を積極的に伝えることができれば、「顔がよく見える法人」となるのだ。
その結果、既存のビジネスパートナーや将来の潜在顧客に対し、理解や信頼感を深めることもできる。
そして実際、メディア戦略は新卒社員の採用にも効果をもたらしている。
2017年の採用では、目標4名採用に対し、会社説明会に参加した学生が23人。面接に進んだのは13人だった。
同社では面接を受けるかどうかは学生に任せている。つまり、会社説明会で内容に興味をもった学生が面接に進むことになる。
今年は目標5名採用に対して、52人が会社説明会に訪れ、94%が面接に進み、最終的に6名が採用にいたった。
入社3年内の社員離職率は、0%台が続いている。
「採用に関わっているコンサルタントに聞いても異常な数値だと言われました。本当にうれしい悲鳴でした」
今後も西村社長は、メディア戦略に力を入れていく方針だ。
精密コマの大ヒットが「下請け」の意識を変えた
長野県岡谷市には、時計やカメラなど、精密加工メーカーが集中している。そんな岡谷のモノづくりを世界に発信したいとの思いから、中小メーカー12社が1994年に結成したのが「NEXT」グループだ。
その後、「NEXTといえばコマ」と言われるほど、グループで取り組んだ精密コマが話題になるようになった。
中心メンバーである株式会社エプテックの藤森一俊社長は、精密コマの取り組みをこう語る。
「NEXTグループの中で、あるとき『諏訪圏工業メッセ』でおもしろいことができないかとの話が持ち上がりました。このメッセは諏訪地域の企業が集まる展示会で、2002年から毎年開催されているのですが、07年に『地域の子どもたちにモノづくりの楽しさを伝えたい』と話題になったのです。その中で生まれたアイデアが、コマづくりでした」
藤森一俊社長
- 主な事業内容:
- 各種めっきおよびステンレス電解研磨技術の開発および試作、量産加工など
- 本社所在地:
- 長野県岡谷市
- 社長:
- 藤森一俊
- 創業:
- 1960年
- 従業員数:
- 30人
コマは単純な構造だが、精密であればあるほど、通常の何倍も長く回る。岡谷の精密加工技術を生かすのにぴったりな存在だったのである。
メッセは3日間にわたり開催されたが、「コマづくり体験」に加え「コマ回し大会」も開催し、大盛況に終わった。
当初考えていた子どもだけでなく、高校生や年配者まで幅広い年代層が興味を持った。その活動はいまでも続いており、ときには地元の小学校でコマづくりの体験学習を実施したり、近隣の県のイベントから参加依頼もくる。
「諏訪圏工業メッセ」で開催した精密コマづくりのイベントには数多くの子どもたちが参加する。
「NEXTのコマ」が徐々に有名になっていく中で、12年6月、NHK総合テレビの情報番組「あさイチ」で紹介された。
「テレビをきっかけに全国から『コマが欲しい』という問い合わせをいただいたのです」
あくまでもモノづくりを子どもたちに伝えるのが目的だったが、熱心な人が多いことを知った藤森社長は、「精密コマとして一般消費者向けに販売したらおもしろいかもしれないと思った」と当時を振り返る。
そして12年9月、精密コマのネットショップをオープンした。商品化第1号は「NEXT-STARLIGHT」。より精度を高めるため、材料から丸ごと削り出した「NEXT-URANUS」もラインアップに加えた。
13年2月には、さらに長く回るコマを目指し、最上位コマ「NEXT-CHRONUS」も開発。URANUSでも回転を4~6分間維持できるが、それを上回ることを目指した。
その後も極小サイズの「NEXT-STARLIGHT mini」、カラフルな「STARLIGHT COLOR」などの新商品を次々と開発している。
(上左)商品化第1号となった「NEXT-STARLIGHT」、(上右)精密コマの最高峰「NEXT-CHRONUS」、(下)カラー コマ5色セット「NEXT- STARLIGHT FIVE STARS」。
NEXTに参加しているメンバー各社が協力してつくったコマが注目を集め、多くの人が買ってくれるようになると、社員の仕事に対するモチベーションもあがっていった。
とくに、エプテックが得意とするめっきの仕事は、自動車部品など内部に組み込まれるものが多く、普段あまり表に出ることがない。
しかし、ネットショップで販売されるようなBtoC商品をつくったことで、ユーザーの喜ぶ姿に触れ、社員の意識は向上していった。
また、NEXTグループは異業種企業の集まりだから、互いに仕事を依頼したり、依頼されたりする関係でもある。精密コマをきっかけに各社の連携はより強いものになった。
それをさらに発展させるため、各社が出資して17年に「トップスピン合同会社」を設立。精密コマが収益事業に育ってきたことから、その販売を担当するとともに、ゆくゆくは各社のエキスパート社員が集まり、新たな企画を創出していく場にしたいと考えている。
精密コマのセットは、岡谷市のふるさと納税の返礼品にも採用された。
「私たちの商品がふるさと納税の役に立つなど夢にも思っていませんでした。返礼品を受け取った人から『岡谷市の精密加工業を応援しています』とのメッセージもいただいています」
07年に「諏訪メッセ」で最初のイベントを開催してから、すでに13年以上が経過した。当時、小学校高学年だった子どもたちは、大学を卒業する世代になっている。
「イベントでモノづくりの楽しさを知った子どもたちが地元に戻って、今度はつくり手となってくれる循環が生まれたらいいですね」
組織の一体感を高める活動のススメ
本業そのものではないが、本業となんらか関連した活動に取り組み、成果を上げている上記3社の共通点――。
それは、必ずしも当初から意図したわけではないものの、活動を通じて企業の組織力が強くなった点だ。また、いずれも「遊び」の力で組織の一体感を高めたといえる。
では、このような取り組みをどのように始めればよいのだろうか。
ボトムアップで従業員の中から挑戦したいという提案が出てくるのは一つの理想だろう。しかし、3つの事例はすべて、経営者の決断からスタートしたものである。
マネジメントスタイルにもよるが、中小企業では業績に直結しない取り組みこそ、トップの決断が必要だろう。
しかし、注意しなくてはいけないこともある。
本業そのものではない取り組みは、本業の売上や利益と直接関係ないように見えるため、「そのような活動にお金を費やすならば給料を上げてほしい」といった意見が生まれがちなのである。それゆえ中小企業では、経営トップが従業員と直接コミュニケーションをとり、わかりあおうとする努力が重要だといえよう。
直接関わらない人も含めて、「どのように全社で一体感を作り上げていくか」。
これは組織の普遍的な課題といえる。
リーダーシップは、集団の先頭で前を向き、走るだけでは果たせない。自分の後に続く集団にも顔を向け、想いが共有できているか、気を配ることも必要だろう。
機関誌そだとう201号記事を要約