画期的な長寿命船舶用濾過機を開発
高性能フィルターのパイオニア
船舶用をはじめとしたディーゼル機関には、燃料用および潤滑油用の不純物を除去する高性能の濾過器が必要不可欠である。神奈川機器工業は1951年に半永久的寿命を持つ「ノッチワイヤーエレメント」を用いた驚異の金属製濾過器の開発に成功。そこで培った技術を食品、サニタリー、鉄鋼などの分野に拡大。近年では船の安定性を保つバラスト水処理装置で成長中。
1971年生まれ。95年、日本大学生産工学部機械工学科卒業後、神奈川機器工業に入社。
99年まで技術提携先のイギリスVOKES社に出向。2004年に4代目社長に就任。
- 主な事業内容:
- 舶用原動機や陸用プラント向け燃料・潤滑油・ガスなど各種流体の高性能濾過器の設計・製造・販売
- 所在地:
- 神奈川県横浜市
- 創業:
- 1951年
- 従業員数:
- 96名
常に時代の要請に応え高需要の技術を磨き上げる
2017年9月に船舶バラスト水規制管理条約が発効した。バラスト水とは船体の安定性を保つ重しとして船内に取り込まれる海水のことで、荷下ろし後に注水し、荷積み前に排出する。
その結果、バラスト水内の生物が本来の生息地でない場所で放出され、生態系に悪影響をおよぼすために規制が実施された。条約締結国(2017年時点で54カ国)の船舶にはバラスト水処理設備の設置や管理記録などが義務づけられた。
バラスト水の処理には高性能の濾過器(フィルター)が必要となり、注目が集まったのが神奈川県横浜市に本社を置く神奈川機器工業である。
「2016年以降は売上が急増し、バラスト水用のフィルターはそれまで全売上の数パーセントでしたが、一気に30%まで増えました」
同社の2018年度売上は37億5000万円だが、そのうち約10億円をバラスト水用フィルターが稼ぎ出したことになる。
なぜ、同社の製品が注目されたのか。それは「ノッチワイヤーエレメント」(以下、ノッチワイヤー)という同社独自のフィルターの品質と性能が世界の中でも優れているからだ。フィルターは金網式やカートリッジ式が一般的だが、金網は破れやすく耐久性に欠け、汚れるとそれ自体を取り外して洗浄しなければならず、カートリッジ式も濾紙などを交換する必要があった。いずれも流体の流れをいったん止めることになるし、消耗品のコストもかかる。
これに比べて、ノッチワイヤーは金属製で扱いやすく耐久性に優れ、半永久的に使用できる。取り外す必要がなく、流体を逆方向に流すこと(逆洗浄)で異物を除去できる。
同社の創業者であり、卜部社長の母方の祖父である秋山二郎氏が1951(昭和26)年に開発したものだ。
「戦時中、日本が輸入していた石油は粗悪品が多く、燃料の濾過技術の未熟さで、戦車のディーゼルエンジンが故障することも多かったそうです。そのようななか、エンジントラブルをなくそうと祖父が燃料・潤滑油濾過器の開発に携わったことが当社の始まりです。戦後は、その技術を応用して船舶用ディーゼルエンジンのフィルターを開発、最初は日本水産の捕鯨船や三菱重工の造った船に採用されたそうです。多大なる経験をさせていただきました」と、卜部社長は語る。
創業者の秋山氏は、終戦直後、金属などの材料が不足するなか、馬の尻尾の毛をインラインフィルターとして使うなど、開発に没頭した。
創業者が開発した「破れない」濾過器
高さによって濾過能力が変化する。
金網式の弱点やフィルター交換に代わる利便性を追求した工夫の結果生まれたノッチワイヤーは、円筒状の濾枠に特殊加工したステンレス細線を独自の手法で巻き付けた構造となっている。ステンレス細線は丸線を圧延加工して「ノッチ」と呼ばれる小さな突起を連続して作る。ノッチによって生まれるすき間は用途によって10〜1000マイクロメートルまで調整できる。
円筒内部から外、あるいは外から内部に向けて燃料などの流体を流すと、この突起のすき間に異物が引っかかり、濾過できる仕組みだ。そのため、金網と違って破れたりすることはない。
洗浄時は、流体の流れを逆転させることで、付着した異物を洗い流す。フィルターには「入り口」「出口」「ドレーン(排出)」の3つのバルブがあり、洗浄時にはドレーンから汚れた液体を排出する。
需要基盤をもち、研究開発費も
増えているという。
船舶エンジンではその性能によって、複数のフィルターが装備されるが、例えば20本ある場合、19本を正常に動かしてフィルタリングをし、残り1本だけ洗浄(逆洗)をする。これを順次、自動的に切り替えて(自動逆洗)いけば、エンジンを止めることなくフィルターがきれいなまま維持できる仕組みである。
現在、神奈川機器工業の売上の60%は船舶向けの燃料油および潤滑油フィルターである。残りはバラスト水用が30%、食品・サニタリー用が5%、鉄鋼用が5%となっている。
なぜ、船舶用が多いかといえば、船のエンジンは大量に燃料を使用するため、重油の中で最も低質で安価なC重油を使うからだ。C重油は精製の過程で生じる残渣を大量に含んでいることから、フィルターは必須だ。長期間航行する船には必ず交換用のフィルターも常備しておく必要がある。
バラスト水処理用のフィルターは、JFEエンジニアリングと共同開発したが、今夏には中国のプラントメーカー向けに開発予定で、中国をはじめ世界の造船メーカーに採用される可能性が広がる。
製鉄業界向けの磁気フィルターが好評
現在、売上高海外比率は10%程度だが、このプロジェクトが軌道に乗れば、「海外の比率が35%ほどに伸びる可能性がある」と卜部社長。
今後、中国市場が有望のため、中国人の社員を4年前に採用した。大連理工大学出身で、九州大学で大学院を修了した逸材だ。上海にいるパートナーと共同で開拓を行っている。
バラスト水処理用に対する期待は高いが、一方で、船舶関連ばかりには頼れないと卜部社長は語る。
「バラスト水処理用も含めると当社のフィルターの9割は船舶向けで、陸上用はまだ1割しかありません。船舶だけでは限度があるので、今後、陸上向けを3割、将来的には5割に引き上げたいと思っています」
陸上向けでは、20年ほど前から食品用を開発してきた。ちょうど、2000年の大手乳製品メーカーによる集団食中毒事件発生の頃から異物混入問題や食の安全がクローズアップされ、飲食品メーカー向けにフィルターを開発。飲料、牛乳、ヨーグルトなどの製造過程で同社製品が利用されている。
近年、伸びが期待されるのが鉄鋼業界向けだ。製鉄では圧延処理などでクーラント油と呼ばれる潤滑油を大量に使用する。当然ながら、クーラント油内には鉄粉などの異物が混じるので、これを除去する必要がある。そうしないと、工具が折れたり板材表面にきずができるからだ。
場所で働くフィルターを収めるケース。
そこで、同社では大手高炉メーカーと共同で、鉄鋼用強力磁気フィルターを開発、3年前にその主力工場に導入し、高い評価を得た。
「高炉メーカーにとっては、クーラント油を清浄に保って消耗をできる限り減らしたいというニーズがあります。当社が開発した、磁力を使ってクーラント油から鉄粉のみを効率的に除去できる装置は、他社製品より性能が優れ、油の寿命を大幅に延ばせると評価をいただきました。現在は、他の高炉メーカーにも採用してもらえるように、コンパクト化とコストダウンを図っており、今年の初めに鳥浜工場(横浜市金沢区)にあるテストラボでお客様をお呼びしてデモンストレーションを行いました」
バラスト水処理用や鉄鋼向けのフィルターを改善、開発するために、2018年度から研究開発費を従来の3倍以上に拡大し、売上高の5%を投資する計画だ。
「鉄鋼向けフィルターの改良と、中国メーカーと協力してバラスト水処理装置としてのUSCG(米国海上警察機構)の承認をデンマークで得る必要があり、そのために3人ほどの社員を長期間、派遣しなければならないので、かなりコストがかかります。ロンドンに本部を置くIMO(国際海事機関)が規制の主導権を握っているので、IMOの承認も得る必要があるのです」
垣根のない社風の確立へプロジェクトチームを結成
卜部社長は、1995年に日本大学生産工学部機械工学科を卒業後、神奈川機器工業に入社するが、直後に技術提携していたイギリスのVOKES社(その後、SPX社が吸収合併)に出向し、99年まで滞在した。同社はカートリッジ式フィルターを手がけ、神奈川機器工業のノッチワイヤーと交換販売する契約だった。主に現場で働き、現地従業員と一緒にフィルターの組み立てや試験などを経験した。
「そのときは、階級社会イギリスならではのホワイトカラーとブルーカラーの明確な区分けに、日本との価値観の違いを痛感しましたね。私はブルーカラーのみんなと仲良くなったのですが、その後、VOKES社の業績が悪化し、彼らがどんどんリストラされていくのが辛かったです。しまいにはSPX社に吸収されて消滅してしまいました。今も、SPX社とは付き合いがあり、年に1、2回は出かけていますが、これらの海外での経験は、グローバルな視点で物事を考えるようになるきっかけを私に与えてくれました」と、卜部社長は語る。
社員にもグローバル視点を身につけてほしいと、2011年から海外研修制度を作った。入社3年以上の若手社員を約1年間、海外留学に送り出す制度だ。毎月の給与と授業料を会社が負担する。
これまで2名がこの制度を利用して留学している。適用第1号の社員は、今や海外展開に欠かせない要員となっている。この社員の功績で、ヨーロッパ向けの船舶エンジン用のオイルフィルターの売り込みに成功し、年間4億〜6億円も売り上げる事業の柱になった。
フィルターの逆洗浄時に機能する。
こうした一方、社内では会社が成長して社員が増えるのにともない、現場と営業、開発などとの部門間での連携や情報共有が薄れてきていると感じた卜部社長は、垣根のない社風を改めて確立するべく、2017年から人材育成と社内コミュニケーションをテーマに社内改革を始めた。
各職場からまず30〜40代前半の5人を選抜し、プロジェクトチームを結成、外部からコンサルタントを呼んで勉強会を行っている。現在の2期目はさらに5人を追加、10人のメンバーで改革に取り組んでいる。
このプロジェクトは、幹部候補養成教育も同時に兼ねており、経営企画部長がリーダー役となって、決算書や財務情報の読み方などを勉強している。
「昔は決算情報もクローズだったのですが、今は社員全員に公開し、製造原価や粗利について関心を持ってほしいと思っています。これまで数字に関心がなかったはずの従業員が、最近では『粗利率がね……』なんて自ら議論するようになったんです。また、各部署から集めてディスカッションをしているので、社内コミュニケーションもよくなっている。入社して以来、初めて会社のことがわかったという社員もいますよ」と、卜部社長はうれしそうに笑う。
今後は女性社員もメンバーに加えて、女性活躍も推進したいと考えている。
卜部社長は、2004年に父の卜部守元氏から継承し、4代目社長に就任した。当時、幹部社員は全員先輩だったが、先代は「何があっても俺には相談するな」と卜部社長に一任してくれたという。
「以前は規模の拡大や上場を目指したこともありますが、今は強みである家庭的な温かみのある経営を継続していきたいと思っています。今回、優秀経営者賞をいただき、それに恥じないようにニッチでもキラリと輝く企業であり続けたいですね」
今後は輝きにさらなる磨きがかかるにちがいない。
東京中小企業投資育成へのメッセージ
父の代からお世話になっているので、とても近しい存在です。社長就任直後に次世代経営者ビジネススクール第3期生として参加させてもらい、経営者仲間もできました。それは私にとって大きな資産になり、感謝しています。
投資育成担当者が紹介!この会社の魅力
髙木菜月
独自開発の濾過フィルターをコア技術として大切にし、様々な事業分野に 展開しています。大型の装置を製造するには、従業員同士の連携が不可欠であるため、 従業員教育にも注力しています。
卜部社長の会社全体の成長を常に見据えた前向きな考え方が会社を良い方向へ導いているのだと思います。今後のさらなる発展を是非とも応援していきたいです。
機関誌そだとう199号記事から転載