中小企業白書から読み解く経営のヒント

事業再編・統合(M&A)を活用した成長戦略

経営環境はますます激化

資料:経済産業省「企業活動基本調査」再編加工

資料:経済産業省「企業活動基本調査」再編加工
(注)1.中小企業の定義は中小企業基本法の定義による。
2.それぞれ国内の子会社・関連会社を買収により1社以上増加させた企業数を示している。

中小企業では人手不足が深刻化しており、さらに経営者の高齢化と後継者の不在、設備の老朽化といった、多くの課題を抱えています。また、新技術の発展により産業構造が急激に変化する兆しが見える中、その変化に適応できなければ、継続して成長を図っていくことはますます難しくなると言えるでしょう。

このような背景の下、中小企業においても「事業再編・統合(M&A)」が徐々に増加してきています。今回はM&Aの実施状況やその目的、課題等についてお伝えしたいと思います。

国内のM&Aは活発化

国内企業のM&Aの件数は、㈱レコフデータの調べによると、2017年に3000件を超え、過去最高となりました。12年の1848件と比べ、17年は3050件と大きく伸びています。

中小企業のM&A実施状況については、中小企業のM&A仲介大手3社(㈱日本M&Aセンター、㈱ストライク、M&Aキャピタルパートナーズ㈱)の成約件数を見ると、3社合計が17年に500件を超え、こちらも過去最高を記録しました。12年の157件(3社合計)と比べると、17年は526件と、実に3倍以上となっています※1。

さらに、経済産業省が実施した「企業活動基本調査」の結果(図1)からは、大企業に比べ、中小企業で他社の買収を実施する企業が増えていることが見て取れます。ここで挙げたデータはいずれも網羅的ではないものの、それを勘案しても、中小企業におけるM&Aが活発化してきているものと推察されます。

※1:3社合計の推移は、12年157件、13年171件、14年234件、15年308件、16年387件、17年526件。

M&Aの実施形態は「事業譲渡」も多い

資料:三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱ 「成長に向けた企業間連携等に関する調査」 (2017年11月)

資料:三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱
「成長に向けた企業間連携等に関する調査」
(2017年11月)
(注) 1.複数回実施している者については、
直近のM&Aについて回答している。
2.「M&Aを事業譲渡で実施した理由」に
ついては、複数回答のため、合計は
必ずしも100%にならない。

次に、M&Aの実施形態について見ていきましょう。

通常、M&Aは株式譲渡で実施されることが大半であるといわれていますが、図2で示すアンケート結果では、株式譲渡とほぼ同数であるものの、事業譲渡を実施したという回答が最も多くなっています。また、M&Aを事業譲渡で実施した理由は、「取得したい資産や従業員、取引先との契約を選別できた」という回答が最も多くなっています。

ここから、M&Aを実施する中小企業は、M&Aで生じるリスク※2を低減するための手法として、事業譲渡を活用しているものと推察されます。ただし事業譲渡を選択した場合、承継した資産や契約の引継ぎ手続きや、許認可の取得などを行う必要が生じる可能性もあるため、許容できるリスクや負担を踏まえて、取るべき手法を検討することが重要と言えるでしょう。

※2:一般的にM&Aで生じるリスクとしては、「簿外債務・保証債務」「税務」「従業員の背任行為」「リコールなどの瑕疵」「人材流失」が挙げられる。

足元では「新事業展開」を目的としたM&Aが増加

資料:三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱「成長に向けた企業間連携等に関する調査」(2017年11月)

資料:三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱「成長に向けた企業間連携等に関する調査」(2017年11月)
(注) 1.複数回実施している者については、直近のM&Aについて回答している。
2.複数回答のため、合計は必ずしも100%にならない。

次に、M&Aの実施時期別に、その目的について見ていきます(図3)。

特徴的なのは、「新事業展開・異業種への参入」を目的としたM&Aが経年とともに右肩上がりになり、特に15年以降に大きく伸びている点と、もう一つ、「経営不振企業の救済」を目的としたM&Aが経年とともに右肩下がりになっている点です。これに対し、「売上・市場シェア拡大」や「事業エリアの拡大」には、目立つ変化は見られません。

つまり、M&Aを実施する中小企業の目的が、「売上・市場シェア拡大」や「事業エリアの拡大」といった「規模の経済」の効果を期待する点にあることは従前から変わらない一方、新たな事業領域への足掛かりを得るため、言い換えると「(開発や販路開拓などの)時間の短縮」といった効果を期待したM&Aが増加していることになります。これは、経営環境が変化する中で、継続成長を図るための一つの手段としてM&Aの活用が進んでいると言えるのではないでしょうか。

M&Aの実施により労働生産性は向上

資料:経済産業省「企業活動基本調査」再編加工

資料:経済産業省「企業活動基本調査」再編加工
(注) 1.ここでいう企業再編行動とは、「事業譲受」、「吸収合併」、「買収による子会社増」をいう。
2.中小企業のみを集計している。
3.労働生産性=付加価値額/従業員数で計算している。

ここまでM&Aの実施状況や目的について見てきましたが、その効果は実際にどうなっているのでしょうか。

経済産業省「企業活動基本調査」のデータを活用し、M&A前後の労働生産性の変化を時系列で表したのが図4です。ここからは、10年度において企業再編行動(M&A)※3を実施した中小企業のほうが、実施していない中小企業に比べて労働生産性が向上していることが読み取れ、06年の水準には及ばないものの、M&A実施の効果は着実に出ているものと推察されます。

※3:ここでは「事業譲受」「吸収合併」「買収による子会社増」をいう。

M&A実施後の課題は「企業文化・従業員のモチベーション維持」

資料:三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱「成長に向けた企業間連携等に関する調査」(2017年11月)

資料:三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱「成長に向けた企業間連携等に関する調査」(2017年11月)
(注) 1.複数回実施している者については、直近のM&Aについて回答している。
2.複数回答のため、合計は必ずしも100%にならない。

さて、事業拡大や新事業展開に活用され、その効果も認められるM&Aですが、実施に踏み切った後の課題はどこにあるのでしょうか。

図5はM&A実施後の統合の過程における課題を示したデータです。最も多い回答は「企業文化・組織風土の融合」、次いで「相手先の従業員のモチベーション向上」です。ここから、人的な融合は比較的ハードルが高く、M&Aの成否を分ける重要なポイントとなると言えるでしょう。

投資先企業の優良事例(白書掲載)
㈱シマキュウ(新潟県長岡市、産業用高圧ガスやドライアイスの製造販売等)では、1996年頃からこれまでに「工場向けのワンストップサービス」を実現するため、関連する異業種企業を中心に10社のM&Aを実施。M&Aに際しては、取扱い商材のラインナップの充実に加え、新たな顧客層の獲得を重視。メンテナンス等のサービス面も充実させ、付加価値向上に成功している。

M&Aは中小企業の変化への対応力を向上させる重要なツール

中小企業庁 事業環境部 企画課調査室 調査係長 江場教智

中小企業庁 事業環境部
企画課調査室
調査係長

江場教智
えばたかのり

(2018年4月より当社から出向中)

ここまで、中小企業におけるM&Aの実態について概観してきました。

M&Aには組織文化の融合という課題など、懸念される事項も少なくはないため、二の足を踏む中小企業経営者も多いかと思います。しかし、自社の努力のみでは解決しきれない人口減少や産業構造の変化に対応し、継続成長するためには、M&Aのような外部リソースを活用する戦略も、通常の企業行動として求められる時代になりつつあるのではないでしょうか。

この記事がM&Aの活用をはじめ、皆様の企業がより成長するための参考になれば幸いです。

機関誌そだとう198号記事から転載

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中小企業白書のダウンロード先 http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H30/PDF/h30_pdf_mokujityuu.htm
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