新時代への脱皮。変化を捉える“柔軟戦略”
永光電機株式会社
小金澤 奈未社長
1985年、神奈川県生まれ。卒業後大手メー
カーで4年間経験を積み、2012年永光電機
株式会社に入社。2019年に3代目として代
表取締役社長に就任した。
- 主な事業内容:
- 電子部品・制御部品等の販売、制御盤や純水製造装置の設計・製作と自動化のシステム提案
- 本社所在地:
- 東京都港区
- 設立:
- 1954年
- 従業員数:
- 72名
「強いリーダーシップで会社を率いて成果を上げている経営者の方は、たくさんいらっしゃいますが、私にはそのスタイルは合いません。一丸となって会社を盛り上げていけるよう、社員がしっかりと力を発揮するためのサポート役に徹するのが、私の役割だと考えています」
父である先代から事業を引き継ぎ、2019年に代表取締役へ就任した永光電機の小金澤奈未社長は、自身が目指す経営者像をこのように語る。
同社は1954年に小金澤社長の祖父が創業した。永光電機の特徴は、商社でありながら自社工場を有し、製造業も営む「ものづくり商社」であること。事業構成はコネクターやスイッチといった電子制御機器部品の卸や販売などを行う商事部門が約8割、制御盤や純水製造装置などの設計や製造を手がける製造部門が約2割のバランス。商事部門は現在、上海にある子会社とも連携し、新たな仕入れ先の開拓に注力している。そして製造部門では主力顧客の需要拡大に合わせて、生産力強化を推進。神奈川県綾瀬市にある自社工場を約2倍に拡大し、さらに厚木市へ移転すべく、現在建設中だ。2023年には過去2番目の生産高を記録し、コロナ禍をものともせず、飛躍を続けている。
その原動力となっているのは、事業承継直後から小金澤社長が実施してきた、さまざまな取り組み。その手腕が評価されて、創業70周年を迎える2024年、同氏は「第41回優秀経営者顕彰」女性経営者賞を受賞したのだ。
商事部門の注力製品であるタッチパネル付き液晶ディスプレイ(左)と、スナップイン端子台(右)。
全社員を巻き込んだ、飛躍のカギとなる施策
「会社が70年続いているのは、先代の経営方針が良かったからでしょう。しかし一方で、長く続いているからこそ、なんとなく継続してしまっていることがあるのも事実です。売上高もその1つ。良くも悪くも長く横ばいになっていましたから、上を向かせる施策が必要だと考えました。加えて社員が時代に即した働き方ができるよう、いくつか新しい施策に取り組んでいます」
その1つが「プラスワン活動」だ。これは、社員一人ひとりが前年の成果や行動に対し、新しいことを1つ“プラス”して目標を立て、その達成を目指していく試み。例えば、継続受注している案件は新規提案でさらなる受注額アップを目指し、これまで商事部門でしか取引のなかった顧客には、設計・製造面でニーズがないかヒアリングするといった目標を掲げているという。こうした営業部隊の地道なプラスワンが積み重なり、顧客数と売り上げは躍進を続けているわけだ。
製造部門の売り上げが伸びるきっかけ
となった制御盤製作の様子。
「近年、物流業界でも自動化が進んでおり、新設する物流センター向けにピッキングシステム導入の引き合いが増えています。こうした自動化システムの設計や製造には、お客様の要望を満たす商品をつくるための部品が必要。そこに当社が長く培ってきた、商事部門のネットワークや知見が活きるのです。従来取り扱っている製品だけではなく、新たな仕入れ先にも視野を広げて部品を確保し、顧客のニーズに合わせたシステムを提案しています」
部品の仕入れ先が拡大すれば、製造可能な商品が増え、顧客のさまざまな要望に応えられるようになる。主軸である商事部門をフル活用しながら、製造部門でのさらなる実績を積み上げているのだ。ここに、永光電機の強みがある。
実は、プラスワン活動に取り組むのは営業職に限らない。技術職であれば、新しいスキルの取得や製造部門での技術力1位といった目標を掲げている。それぞれの活動は全社員で共有されており、切磋琢磨して達成を目指せるのも良い点だ。
さらに小金澤社長は、全部署横断で組織された改善企画室の設置にも取り組んだ。
「異なる部署同士はもちろん、同じ技術者でも勤務する工場が違えば、交流の機会はあまりありません。そこで、それぞれの部署や工場で工夫している部分や改善すべき課題などを共有して、会社全体をより良い方向へと変えていくのがベストだと考えました。メンバーは、成長を期待して、中堅手前くらいの比較的若い社員を選定しています。10名のメンバーが月に1回ほど集まって意見交換し、半期に1度、私に報告が上がる仕組みです。ここを変えたいといった具体的な意見が届き始めていて、少しずつ社内に横のつながりが生まれてきたと感じています」
社員の、社員による、社員のための改革
また、徐々に若い社員が増えてきていることを踏まえ、人材育成の仕組み化にも着手し始めている。
「既存社員には先輩の背中を見て育った世代がとても多いのですが、“今の時代はそれではダメ”とはっきり伝えました。そして、部署内で教育目標を立てたり、育成の目安を設けたりするなど、人材の成長を可視化する仕組みが必要と考えています。もともと研修には力を入れていましたが、どんなカリキュラムなら効果が出るかを総務部と製造部門で話し合い、これまで参加していなかった技術系の研修などへも積極的に参加してもらっているのです」
ビジネスマッチ東北で出展した、ロボットを
使った画像処理検査装置。顧客のニーズに
合わせ、治具の製作や搬送、制御盤の設計・
制作まで一貫して対応している。
さらに管理職クラスの社員には「これからの上司はティーチングだけではいけない」と、コーチング研修への参加を促している。こうした全社を挙げた人材育成の機運は社員の意識を少しずつ変え、若手が入社すると積極的に仕事を教えるベテランも出てきたそうだ。発展途上ではあるものの、「せっかく入社してくれた若手が、定着しやすい環境を整えたい」という小金澤社長の熱意と努力によって、若手が働きやすい社風が醸成されつつある。
働き方の見直しもまた、同氏が実施した取り組みの1つ。
「35歳以下の社員が増え、ここ数年、結婚や出産といったライフイベントを迎えています。今後ますます、そういった社員は多くなるでしょう。そのため社長就任後、働きやすい職場づくりに着手しました」
まず取り組んだのは、複数の社員を集め、社会保険労務士とディスカッションする場を設けること。そこで出た意見をもとに検討し、就業規則を改定することにした。そこには、小金澤社長の「こちらが良かれと思って決めたことでも、当事者にとってメリットがなければ意味がない」との思いがあるという。
ディスカッションに参加したのは、子どもがいる女性社員だけではない。独身者や男性社員など、立場や性別を超えてさまざまな人に声をかけた。なぜなら「お子さんがいる社員だけが働きやすくなり、そうでない社員が働きにくくなっては本末転倒」だからだ。もちろん、人によって価値観も育児環境も異なるため、全員の意見を100%反映することは難しいが、話し合いによって相互の落としどころを見つけ、フレックス制の導入、家族手当の増額、有給休暇を時間単位で取得できるようにするなど、民主的な方法で就業規則を定めた。「子どもが保育園を卒園して小学校へ入学すると、子どもを預ける時間が短くなって勤務時間に影響してしまう」といった意見を反映し、時短勤務期間の延長も可能となった。
「祖父の代から介護休業や育児休業などを取り入れていましたが、当時とは共働き世帯の比率が変わってきています。そのため、時代に合わせて就業規則も変えなければならない。コロナ禍にスタートしたテレワークも含め、“こうしたほうが良いかも”という新たな課題も役員や社員から出てきています。今回新しく取り入れた就業規則については、現場と話し合いながら、柔軟に運用をブラッシュアップしているところです」
社員の、社員による、社員のための働きやすい職場づくり。こうしたフレキシブルな姿勢は、人材不足が叫ばれる時代で大きな強みとなるだろう。
顧客のニーズに合わせ、最適な仕様を設計・製造する(左)。
東京支店の営業・営業事務の方々(右)。
変えざるべきものを見極めさらなる発展を描く
こうした数々の取り組みに邁進しながらも、小金澤社長が「守り続けていきたい」と考えていることがある。それは、祖父が基盤をつくった、徹底した数値管理による経営だ。創業者である松田務氏は、銀行からキャリアをスタートした理論家。月次決算レベルで資金繰りを管理する仕組みを確立し、緻密なデータをもとに市場を読み、課題を見つけ、次なる一手を導き出してきたそうだ。当時は手書きの管理方法だったが、必要な数値を入れて計算すると、自動的に資金繰りが算出される書式を生み出し、合理的な経営を進めていた。その書式はコンピューター知識に長けていた2代目の松田享氏が引き継ぎ、システム化。以来、長きにわたり同社の経営を導く指標として、踏襲されてきた。指標が変わらないからこそ、ちょっとした変化にすぐ気づくことができる。
「この数値が変わったのにはどんな理由があるのかとか、ここはこのくらい増やしていこうとか、役員を含めて共通の目線でチェックし、常に改善点を模索しています。ちょっとした数値の間違いもわかってしまうので、指摘すると社員から“ちょっと細かいよ”なんて言われることもあるんですよ(笑)」
さらに同じ指標を用いているからこそ、相談役を務める先代の享氏にアドバイスを求める際も、スムーズに話ができる。
「過去のデータがあるといっても、裏づけられている背景を知らないケースもあります。新しいことに着手する際には、過去の観点も踏まえて判断したいので、父に尋ねることは少なくありません」
“正道を歩む”という意志、そして本業を大切にするという思いもまた、祖父の代から引き継ぎ、守り続けたいものの1つだ。
「広く別の事業へ手を伸ばす経営者もいらっしゃいますが、当社は本業である商事と製造あっての会社ですから、他ジャンル、他エリアへ目を向けるつもりはありません。これまで培ってきた分野を深めていきたい。商事と製造の事業構成バランスも、8対2の割合から変えようとは思っていません。それぞれを伸ばし、さらなる発展を目指します」
2017年に竣工した青梅工場。制御盤や
純水製造装置の製造を行っている。
その展望に向け、商事部門では一層の営業力強化が必須だ。
「営業力のベースとなるのは、やはり人材です。今後はより人材育成に注力して、自ら考え行動できる組織をつくっていきたい」
そして製造部門における飛躍の基盤は、現在建設中の新工場。とはいえ、やはりここにも人材が欠かせない。制御盤づくりには、複雑な配線や部品の知識、そしてそれらを扱う技術力が必要。職人技ともいえる技術については、人に依存する部分が大きいのが実情だ。「しっかりと若手を育てつつ、特定の技術力に頼らない、誰でもつくれる仕組み構築も課題の1つ」と話す小金澤社長。技術者それぞれの生産効率を可視化する基幹システムを開発中で、増産に耐えうる体制づくりを目指している。
「これからの永光電機は“つなぐ”がテーマ。現場の声を聞き、必要とあれば私自身が顧客や金融機関などへ出向いてマッチングのサポートをしています。そして、祖父の代から続いてきたこの会社を、後世につなぐのも私の役割。70周年といっても、当社を知らない人が圧倒的多数ですから、もっと当社を知ってもらえるよう、努力します」
変えるべきものと、変えざるべきもの。それを見誤っては、100年企業への道のりは遠のいてしまうだろう。冷静に時代を見つめ、独りよがりにならず、多様な視点をうまく取り入れて決断を下す。そんな聡明で、柔軟なスタンスを持ち合わせた経営者がいる同社ならば、100周年への見通しは明るいはずだ。
東京中小企業投資育成へのメッセージ
投資育成さんには、学生さんとのつながりや、助成金回りでのお力添えやご紹介など、日頃からさまざまな分野でご支援をいただいております。また、投資育成さんが運営している次世代経営者ビジネススクールや、同年代の経営者と交流できる若手の会への参加は、私自身の大きな糧となっています。今後も、どうぞよろしくお願いいたします。
投資育成担当者が紹介! この会社の魅力
業務第二部 主任
永島光章
永光電機様は電子部品などの専門商社でありながら、調整網や製品知識を活かし、制御盤などを製造するものづくり商社です。小金澤社長は先代より引き継いだ緻密な計数管理などの「変えてはならないもの」と、部門横断的な改善企画室の設置などの「変えるべきもの」を見極め、社員が力を発揮できる環境づくりに注力されました。私どもも今後の100周年に向け引き続きご支援してまいります。この度はご受賞おめでとうございます!
機関誌そだとう220号記事から転載