24時間稼働の工場。ロボットで描く未来
CASE③株式会社大和精機製作所
深夜、無人の工場。その一角で、ロボットを搭載した数台のマシニングセンターが稼働し、朝まで休むことなく無人運転が続く。ここで製造されているのは、油圧ショベルやブルドーザーなどの建設機械、各種産業機械の油圧コントロールバルブに使われる「スプール」という部品だ。
スプールは油圧バルブ内でポンプから送り出される作動油の方向や圧力、流量を制御する部品の一種。丸棒状の鋼に、幅や深さの違う多くの溝を刻みつけ、その溝を流れる油量をコントロールするもの。その品質が、建機など機械の性能に影響を及ぼす。前述の工場は、約50年にわたってスプールに特化し、同市場で確固たる地位を築いている大和精機製作所の本社工場だ。同社が手がけるのは主に建機向けのスプールで、ミニショベルと中小型用を主力とする。幅広いサイズに対応し、精度は±0.001ミリメートルを実現。品質管理も徹底し、全品全数目視検査を行っている。
「当社は多品種小ロット生産に対応し、月間約1000種類のスプールを合計10万本以上出荷しています。早い段階からスプール生産の専用機械を自社開発するなどして機械化を進め、コスト競争力を高めるとともに、納期短縮に努めてきました」
こう話すのは、大和精機製作所の高橋正満社長だ。
高橋正満社長
- 主な事業内容:
- 油圧コントロールバルブのスプール加工、研削加工
- 本社所在地:
- 東京都武蔵村山市
- 創業:
- 1952年
- 従業員数:
- 42人
1952年に同氏の祖父で、日立航空機の旋盤工だった喜代美氏が立ち上げた高橋製作所を前身とし、当初は航空機部品の旋盤加工を請け負っていた。次第に自動車関連部品などにも手を広げる中で、高橋社長の父である清澄氏が2代目を継ぎ、1970年代初頭からスプールに特化していく。それを契機として、自社でスプール製造の専用機械を開発するなど量産体制を整えていったことで、会社の成長が加速することになる。
時代が進み、建設機械が進化していくにつれ、使うスプールの形状も多様に変化し、複雑化していった。そこで従来の専用機では生産効率が悪くなり、1980年代からマシニングセンターを導入するなど、さらなる機械化を進めたという。
高橋社長は大学卒業後に新卒で入社し、1997年にトップへ就いた。当時は山一證券の自主廃業、日本長期信用銀行と日本債券信用銀行の経営破綻など、金融不安による経済悪化が深刻化している状況。経営環境が厳しさを増す中で、大和精機製作所にも大きな危機が訪れた。1990年代終わりから2000年代初頭にかけて建機業界が不振に陥り、主力取引先の油圧バルブメーカー工場が移転統合で閉鎖されてしまったのだ。ただ、幸いにも半年ほどで輸出を中心に建機需要が急回復し、大和精機製作所の仕事も急増し始めた。
顧客ニーズに対応しつつ、労働環境を大きく改善
ところが、そうなると今度は生産体制が追いつかなくなってしまう。同社のスプール生産工程は大きく2つに分かれ、丸棒を削って溝を入れる工程と、そのあとにノッチ(切り欠き)を入れる工程だ。ノッチは、溝を流れる油量を微調整するための切り込み面のこと。当初は10カ所ほどだったものが、今では100カ所になるほど複雑化している。
「スプールのメーカーによっては、全工程を機械制御のCNC自動旋盤1つで行う場合もあります。ただ、それは量産であれば可能ですが、当社の強みである多品種小ロット対応ではなかなか難しい。逆に工程を分割するほうが、時間のロスは少なくなります。顧客の短納期要望に応えるためには、前工程を完全自動化しつつ、ノッチを入れる工程は人の手で1本ずつスプールを脱着する必要があり、1人で3台の機械を回していましたが、需要が急増して間に合わなくなってしまったのです」
それでもなんとかニーズに対応しようとした結果、社員の残業時間が増え、夜間も交代で働かざるを得ない状況に陥ってしまった。
そこで導入したのが、ロボットだ。業界に先駆けて2000年代初頭にマシニングセンターへロボットを搭載し、人の手で行っていたスプールの脱着作業をロボットによって自動化。それによって大幅な省人化を実現し、従来の人員でより多くの仕事をこなせるようになった。
「ロボットを導入しなければ、現在の仕事量をこなすために約2倍の人員が必要だったでしょう。今はある程度受注が増えても、社員の残業は19時までで、それ以降はロボットによる無人運転加工を行っています。労働環境も大きく改善しました」
(写真上)CNC自動旋盤でのスプール製造ライン。
(写真右)でき上がったスプールのバリ取りは手作業で行っていたが、社内開発により、現在は機械化に成功している
(写真左)人の手で行っていたスプール脱着作業の、自動化を実現したロボット。
(写真右)社内で考案され、制作・設置・運用をすべて内製した投入/排出一体型ストッカー。
独学で内製化を実現。活用の幅が広がる
一方で、ロボットによる自動化の課題も出てきたという。その1つが、機械の停止リスクだ。例えばマシニングセンターの工具が折損すると、検知システムが作動して機械が自動停止する。そうすると夜間に行うはずの生産がストップし、計画が大幅に狂ってしまう。無人運転のため、それに気づくのは翌日の朝だ。また、加工不良が出ても機械は稼働し続けてしまうため、生産したスプールがすべて不良品になるケースもある。
「ロボット導入当初は頻繁に問題が起きていましたが、社内で地道に改良を重ねた結果、最近はそうした事故はほとんど起きていません。ただ、まだゼロではありませんので、さらに精度を上げていく必要があります」
加えて壁となるのが、ロボットのチューニングやメンテナンスである。ロボットそのものは大手メーカーの汎用品だが、それをマシニングセンターや周辺機器と連動させるためのエンジニアリング、ロボットを動かすためのプログラミング、不具合が生じた際の修理などは別だ。
「ロボットの使い勝手を良くするために改造したいと思っても、業者に依頼すると大きなコストがかかります。そこで私たちは今、エンジニアリングやプログラミングの内製化に取り組んでいるところです」
その内製化を主導しているのが、製造部長である杉村雅之取締役だ。数年前から独学でプログラミングを学び、3年ほど前から少しずつ実用化しているという。杉村氏は「私はプログラムの知識はまったくありませんでしたが、CNC自動旋盤もプログラムで動かすので、似ている部分があります。もともと興味があったので、勉強しながら実際に動かす中で、少しずつ理解が深まってきました」と話す。すでに内製化の成果は出始めており、コストを抑えながら、ロボットの改良が進んでいる。
(写真左)テストティーチングで、プログラムの動作を確認する杉村雅之取締役。
(写真右)現在、ロボットのさらなる有効活用を見据え、ロボットカメラを使用した製造ラインの開発に挑戦している。
社内改善の取り組みは、これだけにとどまらない。大和精機製作所では年度初めにグループごとで業務の改善案を考え、年間目標を立てて取り組んでいる。実際に、目覚ましい成果として、令和6年度「科学技術分野の文部科学大臣表彰」において、同社から3人が「創意工夫功労者賞」を受賞した。全国から1271人が応募し、469人が受賞。東京都の受賞者は6人で、そのうちの3人を大和精機製作所の社員が占めるという快挙である。受賞したのは①「機械制御技術によるワーク排出機構の改善」、②「ロボットを駆使したバリ取り自動化の改善」、③「キリコ圧縮機によるリサイクル自動化の改善」で、ここにもロボットを有効活用した取り組みの成果が表れているのだ。
今後はAIの活用も視野に入れ、現在、すべて人が行っている目視検査の一部でも、負担を軽減できないかと考えているという。
月に10万本以上出荷するスプールのすべてを、外観目視検査で全数検品している。
この部分も機械化を目指して開発中
大和精機製作所は、経営理念の1つに、「働き甲斐のある会社づくり」を掲げる。高橋社長は「社員が働き続けたいと思う会社」を目指して経営に取り組んできたと語り、事実、「社員の定着率は良い」という。ただ一方で、持続的成長を目指すためには、省人化、省力化するだけでは難しいとの認識を示す。
「ロボットをはじめ、機械による省人化、省力化は生産性アップにつながりますし、生産効率の改善余地はまだまだ大きいです。しかし、それだけでは、ただ生産能力が上がったのみで、会社の持続的成長は難しいでしょう」
自動化の先にある成長を、いかにして描くのか
同社はこれまで、油圧コントロールバルブ向けスプールに特化してきた。主力の建設機械向けスプールは、好調な建機需要に支えられて堅調に推移している。日本建設機械工業会によれば、2023年の建設機械出荷金額は内需が前年比8.7%増の1兆1294億円、外需は同15.4%増の2兆6618億円。内需は2年連続、外需は3年連続の増加だ。とはいえ、建機需要は景気の変動を受けやすいため、大和精機製作所のようにスプールだけに特化し続けるのは不安もつきまとう。実際、同工業会が発表した2024年度の建設機械需要予測によると国内は微減、輸出は減少に転じ、出荷金額は前年度比5%減の3兆1610億円という減少予測だ。このように、建機需要には波があるのだ。
「持続的成長に向けてリスク分散は重要で、そのためには生産品目を広げなければなりません。一方で、当社のスプールに関する技術力は高いものの、他の切削加工に応用が利きにくいという課題があります。実際、会社のホームページを見てさまざまな部品加工の相談を受けることが増えていますが、今の技術や生産設備では対応できないケースもあるのです。せっかくのビジネスチャンスなのに、非常にもったいないでしょう」
けれども、生産品目の拡大をすぐに実現するのは難しい。そこで、新規事業となる可能性が高いと考えているのがロボットだという。これまで培ってきたロボットによる無人運転のノウハウに加え、内製化を進めているロボットのエンジニアリングやプログラミング技術の外販に、高橋社長は期待を寄せる。
以前のように社員が残業して夜間も工場を動かしているような体制では、こうした内製化や新たなビジネスへの挑戦は難しかっただろう。省人化、省力化によって余力が生まれたことで、現状の課題に目を向けることができ、そこに対して解決のアクションを図ることができているのは間違いない。
大和精機製作所は今年、創業72年を迎えた。「100年企業」を視野に入れ、高橋社長は次世代へのバトンタッチをすでに決めている。杉村取締役と山田孝則取締役が、同社の未来を担っていく考えだ。大和精機製作所の売上高は2018年に6億3000万円と過去最高を記録した。コロナ禍で失速したものの、2023年は約6億円まで回復。杉村氏は「創業100年に向けて、売上高10億円を目指したいと思っています」と力強い抱負を述べる。高橋社長も「スプールは先代と私でここまで育ててきたので、次の世代には新しい事業をつくり、会社の持続的成長を目指してほしいと願っています」と微笑む。
同社の飛躍に向け、省人化、省力化の先にどのような未来を描くのか。次世代経営者の手腕に期待がかかる。
機関誌そだとう220号記事から転載