“マテハン”大改革でさらなる進化を!
CASE②武蔵オイルシール工業株式会社
栃木県大田原市にある武蔵オイルシール工業の大田原工場。2024年7月、隣接地を買収して広い敷地をさらに拡大、新たに第7工場が竣工した。注目すべきは新工場で稼働を始めた配送センターだ。巨大な高速入出庫タイプの「自動倉庫システム」を導入。同じ工場敷地内にある第3工場の配送センターから在庫を移動させ、配送機能を大幅に向上させている。
「自動倉庫システム」は、マテハン(マテリアル・ハンドリング)機器の一種だ。製造業をはじめ多くの産業分野で、物流業務における生産性の向上、省人化、人的ミスの削減などの目的でマテハン機器の導入が進んでいる。今回、武蔵オイルシール工業が導入した「自動倉庫システム」は、これまで人手で行っていた約8500ケースにのぼる製品在庫の積み込み、搬送、保管、仕分け、取り出し、出庫などをすべて自動化し、省人化・省力化により生産効率を大幅にアップするものだ。作業者が倉庫内を歩き回ることなく、高速で入出庫作業ができるようになった。
自動倉庫の搬出口(写真左)と搬入口(写真右)。
同社が手がけるオイルシールとは、自動車のエンジンやトランスミッションなどに使用され、主に回転軸部からの油漏れを防ぐと同時に、外部からのほこりや砂などの侵入を防止する密封装置の一種だ。文字通りオイル(油)をシール(封じる)する機械要素である。自動車以外にも産業用ロボット、工作機械、航空機、船舶、鉄道、建設、農業など幅広い分野で機械の回転軸の密封装置として欠かすことのできない製品である。
なかでも武蔵オイルシール工業の主力製品は、国内自動車補修用オイルシール、海外自動車補修用(輸出)オイルシール、産業機械用オイルシールの3タイプに大別され、同社の事業における3本柱になっている。その強みは少量多品種のラインアップにあると、武蔵オイルシール工業の武藤正弘社長は語る。
「当社が1年間に生産するアイテム数は、3000~4000種類に及びます。例えば、国内自動車メーカーが使うオイルシールはほぼすべての在庫を保有しており、なかには1年に10個程度しか出ない製品もある。また、オーダーメードの多品種小ロット生産にも対応し、お客様の要望にフレキシブルに応えられるよう努めています。保有する金型は約7000種類あり、保存している金型図面は約1万1000種類。これらをすべて、自社工場で生産することができるのです」
大きさや形状の異なる、さまざまな種類のオイルシールを手がけているのが、武蔵オイルシール工業の強み。
そのすべてを自社工場で生産している
武藤正弘社長
- 主な事業内容:
- オイルシール、Oリング、Mリング、オイルレベルゲージ、シールキャップ、油圧機器パッキング、その他工業用ゴム製品の製造販売など
- 本社所在地:
- 東京都港区
- 創業:
- 1948年
- 従業員数:
- 273人
これだけ多種多様なオイルシールを手がけるとなると、在庫管理も煩雑になるだろう。そのため同社は早くから在庫管理システムを構築し、製品の売れ行きと在庫量を照らし合わせて、欠品になりそうなオイルシールを的確に把握、生産できる体制を整備してきた。同時に大規模な配送センターを建設し、在庫を集約して一元管理。注文が入るとすばやく該当品を探し出して、短納期で送り届ける。そうした中、近年の需要増大に伴い、従来の生産設備と物流機能では対応できなくなったことから、今回の工場新設、新配送センターの稼働へとつながったというわけだ。
「従来の配送センターでは、例えばAというオイルシールが30個必要であれば、社員が保管場所まで取りに行っていました。それが自動倉庫システム導入によって、作業者が移動する距離はほとんどなくなったわけです。これまで配送センターでは約10人が作業をしていましたが、人員は7割程度に減り、生産性は約30%向上すると見込んでいます」
武蔵オイルシール工業の歴史は、1948年に武藤社長の父である正男氏が東京都港区に興した自動車部品卸商「暁商会」にさかのぼる。自動車部品販売の競争が激化する中、次第にオイルシールの取り扱い量が増加していき、1953年に法人化。さらに1958年に卸商からメーカーへと転じ、千葉県船橋市に工場を設立した。武藤社長が入社したのは、1978年だ。製造現場や販売などを経験し、創業50周年の1998年に社長に就任した。
「物流改革」によって新たなビジネスに効果
同氏が会社の大きな転換点になったと振り返るのが、「物流改革」だ。自身が専務時代に主導したもので、1986年に大田原の第3工場内に配送センターを設立、自動車補修用オイルシールの在庫を集約した。
「当時は全国に点在する各営業所がそれぞれ在庫を抱え、代理店に納品していました。そうすると会社全体で在庫の動きが見えず、生産管理がうまくできないという課題が出てくる。その結果、欠品が頻繁に発生し、お客様にご迷惑をかけてしまっていました。そこで物流システムを抜本的に改革し、生産管理と連動させる必要があると考えたのです」
さらに2004年には、受発注システムを導入するなど、在庫管理の徹底を図った。これらの物流改革は、新たなビジネス拡大に大きく寄与することになる。
同社は早くから産業機械用オイルシールも取り扱っていたものの、主力である自動車補修用オイルシールの業務で手いっぱいだったため、産業機械用には本腰を入れられない状態が長く続いていた。それが物流改革を進めたことで社内業務全般が効率化し、産業機械用オイルシールに人員を割く余裕が生まれたのだ。実際、同社の事業でもっとも成長しているのが産業機械用で、当初の主力だった自動車補修用と逆転している。
「国内の自動車市場そのものが頭打ちになる中、産業機械用、海外自動車補修用(輸出)は今後も成長が期待できる分野です。産業機械用は今のところ工作機械とロボット向けが中心ですが、より広い産業分野での需要開拓に力を入れていかなければと考えています」
過去最大規模の投資で、中長期のさらなる飛躍を
今回の新工場稼働も、その背景には産業機械用の需要増大がある。
「数年前から工作機械や産業用ロボット向けの需要が急増していたのですが、ついに工場の生産が追いつかなくなりました。しかも営業は既存顧客からの受注、納期対応に追われ、新規獲得に手が回らない。そんな状態が続き、営業現場も疲弊していました。このままではいけないということで、生産能力を増強することにして、第7工場と配送センターを新稼働させたのです」
当初の計画では配送センター新設まで考えていなかった。しかし、工場新設を主導した武藤弘樹専務が将来を見据えた中長期計画を練り、大規模投資に踏み切ったという。最終的な投資総額は予算を大幅に上回り、武蔵オイルシール工業として過去最大規模となった。ただ、武藤社長が手がけた第3工場内の配送センター設立で得た効果を考えれば、今回の第7工場にも大きな期待が寄せられる。新配送センターには、自動車補修関連のオイルシールが輸出用も含め全量保管される。一部は各営業所で管理するが、実に同社で扱うオイルシール全体の約8割がここに集約されることになった。
「長年、物流改革に取り組んできた結果、当社の出荷体制はお客様に高く評価していただいており、タイミング次第では受注日に発送できるシステムを構築済みです。今回の新配送センター稼働により、さらに効率的な発送業務が可能になりました」
(写真左上)新設された大田原第7工場。
(写真右上)販売数の多い製品は、ラックに保管されている。
(写真下)大田原第7工場に導入された「自動倉庫システム」の概要。
5ロケーション、最大収納オリコン数8500個の大規模な設備だ。
半自動から全自動へ。次の時代へ一歩踏み出す
「自動倉庫システム」の稼働で物流部門の大幅な省人化を実現した一方、今後の課題として生産部門の効率化があると武藤社長は指摘する。ただ、少量多品種、オーダーメード生産に強みを持つ武蔵オイルシール工業では、大量生産に向いた自動設備やロボットなどの導入は難しいだろう。
「自動車補修用は特に少量多品種生産で、大量の同じ製品を生産するケースは少ない。そこで私が取り組んできたのは、半自動化です。半自動機の導入を進め、今日入社した人であっても、効率的に作業ができるような生産ラインをつくってきました。ただ、生産設備もどんどん進化しているので、今後は私たちも完全自動化を実現できるかもしれません」
他方、研究開発にも力を入れてきた。オイルシールは高度な技術を集めた精密部品のため、自動車や機械の性能アップなどに対応して進化している。そのため、同社もオイルシールの素材となるゴムの研究開発に余念がない。
オイルシールに用いる材質は「合成ゴム」だが、その種類は多様だ。武蔵オイルシール工業では主要なものだけで10種類、組み合わせを入れると100種類以上のゴムを取り扱い、用途ごとに最適なゴムを選んでいる。例えば、自動車などのエンジン周りに使用するものには耐熱性が求められ、食品関係では人体へ悪影響を及ぼさない素材であることが必須となる。発熱量の多いエンジン周りには耐熱性の高いフッ素ゴム、足回りにはニトリルゴム、ミッション系にはアクリルゴムといったように使用箇所に適した特性を持つ材料を使い分けているのだ。
自動車や産業機械などは常に進化し続けており、同社もそれに対応した製品開発に取り組む。武藤社長は「創業以来、お客様の『こんなオイルシールがほしい』という要望に応えるための素材を考え、実際に使用できるように研究・開発に取り組んできましたが、今後もより一層力を入れていきます」と述べる。
人材不足、人材確保が産業界全体に共通する課題となる中、武蔵オイルシール工業は外国人材の活用にも積極的だ。2023年、船橋工場と大田原工場にそれぞれ4人のベトナム人の技能実習生を受け入れた。船橋工場では日本の永住権を持つ外国人材の受け入れ経験があるが、大田原工場はほぼ初めての外国人材の受け入れである。当初は現場にいる日本人社員の間に不安があったというが、ベトナム人技能実習生は真面目で仕事も丁寧。また、手先が器用で仕事を覚えるのも早く、いまや大事な戦力に育っているという。そのため2024年7月から大田原工場に、2期生として新たなベトナム人技能実習生を受け入れた。今度は1期生のベトナム人が指導している。
(写真左)製品は1点ずつ、人の手により入念な検査を経て出荷される。
(写真右)2023年から受け入れを始めた、ベトナムからの技能実習生。工場で活躍する大事な戦力だ。
今後も人材確保と人材育成の観点から、外国人材の受け入れを継続していく考えだという。ともすれば、できるだけ煩雑な作業をなくす自動化や半自動化の取り組みは、多様な人材の活躍にもつながりそうだ。
同社は2023年、創業75周年を迎えた。武蔵オイルシール工業の社是に「私達は、会社の持続的な成長発展により、社会に貢献します」とあるように、長い歴史は、これまで着実に発展を遂げてきた証である。
そして76年目となる2024年、大田原の第7工場と新配送センターが稼働を開始。新工場は今後も必要に応じて、さらなる設備強化などを進めていくという。次の時代、創業100年に向けて、今まさに持続的成長を目指す大きな一歩を踏み出したのだ。
機関誌そだとう220号記事から転載