“労働供給制約社会”の先にある光とは?
総論 リクルートワークス研究所 主任研究員 古屋星斗さん
2040年には1100万人の働き手が足りなくなる──。リクルートワークス研究所が導き出したのは、仕事どころではなくなるかもしれない日本の未来だ。
これまでの働き手不足は、景況感や企業業績の影響を受けて発生していた“マッチングの問題”がメインだったが、これからの働き手不足は労働供給そのものの不足に起因する。その背景にあるのは、少子高齢化という人口動態である。日本が世界で初めて直面するこの社会を「労働供給制約社会」と名づけ、働き手不足に警鐘を鳴らすのが、労働市場の研究を専門とするリクルートワークス研究所の古屋星斗氏だ。
「日本人の高齢化が今のペースで進んでいくと2040年には85歳以上の方が1000万人に到達します。これは同年の推計人口における9%相当。つまり、11人に1人が85歳以上の社会になるわけです。当然ながら高齢人口の比率が高まれば、サービスを供給する側の人が減り、消費する側の人が増える。そうしてバランスが崩れていくことで、経済活動の停滞・縮小は必至。注文した品が配送されない、医療・介護が受けられない、災害からの復旧がなかなか進まないといった、生活そのものが脅かされる社会がやってくるでしょう。また、人材の余力がなくなれば、イノベーションも起きづらくなります。そうなれば日本社会はまさに『詰み』の状態です。私たちはこうした危機意識から、労働需給のシミュレーションを行いました(図)」
ただ、このシミュレーションは経済成長ゼロのシナリオを前提として算出したものだという。つまり、経済の成長を加味すると、働き手不足はより深刻なものになることが予想されるということだ。
高生産性産業と呼ばれるITや金融などの業種は好況で、人材確保が比較的進む一方、物流や建設、土木、介護・福祉、接客などの業種では、著しい働き手不足が叫ばれている。近年は自衛官や警察官、教職員の不足も目立つようになってきた。生活の土台となる業種から人が消えれば、いずれはどんな仕事も立ち行かなくなってしまうだろう。そうならないために、今すぐにでも軌道修正の手立てを打つ必要があるのだ。
危機を回避する解決策。4つの打ち手で生き残る
他方、会社が働き手不足に陥ると、努力や我慢といった精神論で乗り切ろうとするケースや、事業規模の縮小化・稼働率低下で対応するケースなどが散見される。しかし、これらは長く続けていくことはできず、根本的な解決にもなり得ない。売り手市場が加速する中、そうした策に走る会社からは労働者がどんどん離れていくだろう。では、働き手不足にどう対処していけばよいのだろうか。古屋氏は解決策として、次の4つを挙げている。
1つ目は「徹底的な機械化・自動化」だ。これはAIやロボットなどによって、人の仕事を代替すること。人の負担を軽減するだけでなく、本質的な業務に人が時間を使えるようになることで、質の向上やイノベーションにも期待できる。
2つ目が、他者の労働を手助けするコミュニティ活動や趣味、娯楽などの活動を広げる「ワーキッシュアクト」だ。義務でなく、金銭や心の充足といった報酬を伴うことが特徴で、インフラ保全につながるアプリゲームや、パトロールを兼ねたランニングなど、本業以外で誰かを助ける活動がすでに各地で行われている。
3つ目は「シニアの小さな活動」。施設管理や軽負荷の作業といった仕事は、社会とのつながりになったり、健康増進に寄与したりと、シニアにとってのメリットも大きい。ただ、急務とされているのは、その仕組みづくりである。
そして4つ目は、企業が組織として無駄や過剰な仕事を減らし、社員の社外活動をサポートする「企業のムダ改革とサポート」だ。労働需要の圧縮も、働き手不足解消の有効な手段と考えられる。
いずれも働き手不足の解決策であるが、特に民間企業が取り組むことで大きな効果が期待されるのが「徹底的な機械化・自動化」だろう。例えば、今まで10人で行っていた仕事を8人でできるようになれば、生産性は1.25倍。その分、1人あたりの賃金上昇を期待でき、負担が軽くなることで、より広い層からの労働参加も望める。
「重要なことは『貴重な働き手をいかに助けられるか』ということ。いくらやりがいやおもしろさのある仕事でも、労働環境や待遇が厳しければ、次第に人は離れていきます。人材獲得が難しくなる中で生き残っていくために、省人化・省力化への投資が大前提の時代にきているのです」
暗い未来を座して待つか、明るい将来をつくり出すか
さらに古屋氏は、省人化・省力化投資に欠かせない人材として「現場参謀」と「設備投資導入人材」の存在を強調する。
「現場参謀とは、現場のオペレーションを熟知し、経営者の懐刀となる人のこと。DXをはじめとした省人化・省力化を進めている現場の状況を精緻に把握していなければ、有効な改善手段の打ちようがありません。現場の困りごとを的確に抽出できる人材がいてこそ、効果的な改善策は打てるのです。一方で、設備投資導入人材とは、現場で抽出された問題・課題にぴったりと合う形で、新たな技術・システムを導入させる役割を担う人のこと。こうした人材はまだまだ母数が少ないうえ、獲得競争も熾烈で、社内で育てるのもなかなか難しいのが現実でしょう。第一歩としては、社外の相談相手を見つけておくことが重要です。産業支援や経営改善の相談窓口を介して、こうした人材に出会えることも少なくありません」
機械化・自動化は、生産工程や運輸、事務、営業などを中心に進んできた。その半面、医療、介護、建設など、業務に高い専門性を求める業種や、環境や状況に応じた柔軟な対応、感情的なケアやコミュニケーションが求められる業種への導入はまだまだ局所的である。これを各業種の問題と切り離さず、社会全体の課題と捉えなければ、持続可能な社会は実現できない。
深刻な働き手不足は、座して待てば必ず起こる未来だ。しかし、社会や労働のシステム自体を見直し、そのあり方を変えれば、回避の可能性も見えてくると古屋氏は語る。
「先に示した対策を実践できれば、私たちには10年の猶予が生まれると試算しています。その間にさらなる構造的な解決策を打つことができれば、復活の目は十分にあるでしょう。さらに問題を乗り越えた先には、高い生産性を実現できる未来がある。そのために、私たちには何ができるのか──。危機の中から、かすかな希望の光が見えてきています」
私たちは今まさに、次世代の日本を左右する分水嶺に立っている。一人ひとりの試行錯誤こそが、明るい未来への第一歩となりそうだ。
話を聞いた方
リクルートワークス研究所
主任研究員 古屋星斗さん
1986年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻修了後、経済産業省に入省。産業人材政策、福島復興、成長戦略立案などに携わる。2017年に退官し、現職。労働市場や次世代のキャリア形成を専門に研究。著書に『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)、『ゆるい職場─若者の不安の知られざる理由』(中央公論新社)などがある。
機関誌そだとう220号記事から転載