次代への新たな一手。「脱・オンリージャパン」の極意

日本と世界の相互成長が、拡大の原動力

~トップの強い意思に、全社一丸となって取り組む姿勢が道を拓く……~

CASE②株式会社働楽ホールディングス

 

情報インフラのシステム開発やソフトウエア開発を主力とする働楽ホールディングス(以下、働楽HD)は、創業20周年となる2023年4月、東京証券取引所(以下、東証)のTOKYO PRO Marketに上場を果たした。無論、これはゴールではない。

同社の西島富久社長は「上場は1つの通過点にすぎません。ここが新たなスタート地点です」と力を込める。その表れとして、働楽HDは2029年に連結売上高を現在の3倍超である100億円まで引き上げるべく、「100億円プロジェクト」を始動。東証一般市場への上場を目指すとともに、2035年には連結売上高300億円を達成するという大きな目標を掲げている。

 

西島富久社長

株式会社働楽ホールディングス
主な事業内容:
情報インフラ開発・設計・構築、各種ソフトウエア開発、ヘルスケア向けITシステム開発とクラウドによるサービス提供など
本社所在地:
東京都千代田区
創業:
2003年
従業員数:
300人

同社はグループにIT働楽研究所、いきいきメディケアサポート、そして海外でオフショア開発を行うミャンマー働楽の3社を抱え、IT働楽研究所が手がける情報インフラシステム開発事業が現在の柱となっている。専門性の高い技術力を活かし、大手SIerやエンドユーザー向けにプラットフォーム設計・構築からソフトウエア開発まで、一貫してシステム提供することが強みだ。さらに第2の柱へ成長させようと注力しているのが、いきいきメディケアサポートが手がけるヘルスケア支援システムの提供で、その開発を支えているのがミャンマー働楽である。同社は今や、働楽HDの重要な戦力になっているという。

 

IT働楽研究所でのソフトウェア開発や、ネットワーク機器構築の様子。
顧客業務システムの開発から金融市場向け高速・高信頼情報インフラの構築・運用まで手がける

 

日立製作所で30年以上、システム開発に携わっていた西島社長がIT働楽研究所を創業したのは2003年のこと。当時はITバブル崩壊後の就職氷河期だった。
「自分なりに開発業務を十分やり切ったという思いがあり、2002年に早期退職しました。これからは未経験の若手にIT業界で働くチャンスを与えたい、私が雇用の場をつくろうと起業したのです」

折しもIT業界ではサーバーのダウンサイジングやデジタル化の加速で技術者が不足しており、多くの仕事に恵まれた。
「当社の歴史には大きく3つの波がありますが、この創業期の急成長が最初の波です」

そうして好調にスタートしたものの、2つ目に訪れたのは「未曽有の危機」という荒波だった。2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災に大きな影響を受け、業績が一気に悪化してしまう。
「若い人にチャンスを与えることが起業の目的でしたから、可能な限り新しい人をどんどん採用していました。社員数は当時200人ほどに膨らんでいましたが、業績悪化で不本意ながら、一部の有期雇用社員は契約を更新することができなかったのです」

ただ、そんな状況下でも、西島社長は再成長の機に備えて着々と手を打っていた。2011年に同業3社をM&Aでグループ傘下におさめながら、他社と共同でいきいきメディケアサポートを立ち上げる。そうして拡大を続け、2012年に持株会社の働楽HDを設立したのだ。

「日本経済は厳しい状況でしたが、私は身をかがめつつも気持ちをシュリンクさせずに、次の成長に向けて経営基盤強化と事業多角化を進めました。長く開発屋として、続ければ必ず成功する、システムは絶対に動くという気持ちで仕事をしてきましたから、やり切る気持ちがもっとも大切だと考えています。苦しいときにひるんでしまえば、失敗に終わってしまいますから」

フロンティアの魅力。いかに日本と連携するか

この攻めの姿勢が奏功し、2012年には業績がⅤ字回復、再び成長軌道を歩み始める。これが3つ目の波である。それから今日に至るまで、再成長の原動力となったのが、2014年に設立したミャンマー働楽だ。

「日本は人口が減少し、経済も成熟している。また、当時からIT人材の不足が指摘されていました。一方でアジア諸国は経済成長が著しく、それを当社の発展につなげるとともに、日本経済にも貢献できればという思いがありました。進出先としてミャンマーを選んだのは、すでに多くの日本企業が進出していた中国やタイ、ベトナムよりも、フロンティアとして魅力があったからです」

2017年12月に行われた、ミャンマー働楽の開所式

同社を設立する前年に現地を視察し、軍が政治に大きな影響力を持ちながら自由化へと進む雰囲気に、大きな可能性を感じた。かつて昭和の高度成長期にあった日本の姿とも重なったという。たしかに経済が伸びて、インフラ工事なども活発に行われていたこともあり、先行者利益を獲得する好機だったのは間違いない。

この視察では、同国のIT系トップであるヤンゴンコンピュータ大学などを訪れ、事業を進めるにあたり提携を結んだ。そして翌年には、同大学の卒業生を中心に9人のミャンマー人をIT働楽研究所で社員として採用。このときに日本でビジネスを学んだ第1期生の1人が現在、ミャンマー働楽の現地責任者を務めている。

海外での事業展開で最大の課題ともいえるのが、現地と日本をつなぐ人材選びだ。ある程度、現地でのビジネス経験があり、商慣習や言語に慣れている人物が好ましい。その点、ミャンマー働楽が幸運だったのは、東南アジアに精通した日本人に巡り合えたこと。西島社長と同じく日立出身で、長く東南アジア向けの事業に携わっていた管理職経験者である。最初にミャンマー視察をアテンドしたのも、その人物だった。

「技術者としてはもちろん、数字管理や分析力にも優れ、人柄も非常によく信頼できる人でした。途上国へのIT人材支援をしていた経験もあり、東南アジアのIT業界に精通している方です。彼には現地法人のトップをお願いし、私が社長に就いてからはCOOとして長く経営に携わっていただきました。現地法人のトップ人選は非常に重要で、彼は現地社員に溶け込んで献身的に働いてくれて、感謝の念でいっぱいです」

 

ミャンマー働楽の教室(写真左)と執務室(写真右)。
教室では、採用内定者や同社の採用支援スキームを活用して他社へ内定した人に日本語研修を行う

育成の難しさは、社員の成長にも好影響

ミャンマー働楽の立ち上げ当初は、日本データスキルから自動車部品会社関連のオフショア開発を請け負っていたが、2017年からはいきいきメディケアサポートが提供するヘルスケア関連システムのオフショア開発もスタートした。

オフショア開発にはコスト削減、グローバルリソースの活用、技術力や開発体制の強化などさまざまなメリットがある半面、コミュニケーションの障壁や品質管理の難しさなどもある。西島社長も「当初は技術力やコミュニケーションの問題もあり、プロジェクトリーダーを務める人材の育成に苦労しました」と語る。

「グループ内のヘルスケア関連でいうと、当初は日本の開発部隊からオフショア開発を疑問視する声もありました。そこで、日本側のリーダーもオンラインでこまめに顔を合わせてコミュニケーションをとるほか、必要に応じてミャンマーに足を運び、直接指導するようにしたのです。そうして具体的な開発手法などを教えながら、ミャンマー働楽が自分たちで責任を持ってプロジェクトを推進できるように育ててきました」

その成果もあり、ミャンマー働楽の業績は現在、拡大基調で推移している。こうした経験から、海外事業を成功に導くポイントとして、西島社長はトップの本気度が重要だと指摘する。
「中堅・中小企業にとって、海外進出は本当にうまくいくのかという懸念や不安感が必ずあるでしょう。当社の事業が10年以上続いているのは、やると決めたらやり切る気持ちを、私を含めて社員全員が持ち、一丸となって取り組んできたからだと考えています」

物理的に離れた場所にいて、言語も文化も異なる人材をいかに育てていくのか。それもやはり経営者の強い意思と、そこに共感する社員たちの前向きな姿勢が不可欠だろう。同氏は海外進出の好影響として、日本側の人材が成長したことも挙げる。
「自分たちだけではなく、海外にいる現地社員も含めた広い視野でチームを育成するという意識を持ったマネジャーが育ったのは大きな収穫でした。ミャンマー人に限らず、グローバル人材と一緒に仕事をするという文化が、着実に社内で醸成されてきていると感じます」

ミャンマー働楽では現在、17人の社員がオフショア開発にあたっている。人材採用は先に挙げた同国トップレベルのIT系大学出身者を採用。働楽HDとして、それらの大学に日本語教育の寄付講座を設けるなど連携を強化している点も特徴的だ。

 

(写真左)ミャンマー働楽のスタッフと西島社長。現在は17名の社員が、現地でオフショア開発を行っている
(写真右)具体的な開発手法についてはオンラインだけではなく、現地に足を運び直接指導を行うことで、
コミュニケーションのずれをなくした

第4の大波に乗って、さらなる躍進へ!

「当社の最大の強みは人材、もっとも自慢できるのは社員です。私は『活力と連帯感』という言葉をずっと口にし続けてきました。社員が互いに信頼関係を持ち、困ったときは助け合う。そういう企業風土が培われてきたことに自信を持っています」

事実、創業以来、働楽HDでは人材育成にとりわけ力を注いできた。その1つが、創業2年目にスタートした「働楽研究塾」だ。毎月3時間開催され、コロナ禍の約3年間を除き、現在も続いている。大学教授や専門家、技術者らが最先端の技術動向などを社内で講義するという。創業当初の受講者が今、管理職として活躍していることからも、その効果がわかる。加えて、新卒採用者には3カ月の研修を行っている。

「大手企業では普通かもしれませんが、中堅・中小企業では若手の育成になかなか時間をかけられないケースも少なくないでしょう。社員に成長できる環境を提供し、仲間同士が信頼し合える環境をつくることで、皆に幸せな人生を送ってほしいという願いがあります」

今年は25人もの新入社員が入社。
新卒採用者には、社会人マナーからプログラミング、システム開発など、
3か月にわたって手厚い研修を実施している

人材育成や人材活用への思いが強い西島社長は、自身が中心となり会社とは別に「グローバル人材活用協同組合」を2021年に設立した。
「これは会社の事業と関係なく、社会貢献の一環として活動しています。日本で働きたいという意欲を持つ、主にミャンマーを中心とした海外からの技能実習生や特定技能人材を受け入れ、彼らの成長と活躍によって、日本で介護や農業などの事業を営む組合員の活動を増進・拡大させることを目的としています」

一方で、ミャンマーでは2021年に軍事クーデターが発生し、暴力の激化や徴兵制導入などで社会が混乱、環境が悪化している。そうしたリスクも、中堅・中小企業が海外進出へと踏み出せない要因の1つだ。

「現地社員やその家族のことが心配ですが、常に市中の様子などの最新情報を得ながら対応しています。例えば頻発する停電に対しては、発電機を手配するなど日本からのサポートが欠かせません。なかには撤退する日本企業もありますが、私は長期的に見ることが大事だと考えています。いずれ政情が安定し、経済活動も再び活発化すると信じていますし、そのための協力は惜しみません」

働楽HDは3つの波を乗り越え、昨年、上場という第4の大波に乗った。100億円企業を目指し、新たなチャレンジは始まったばかりだ。

 

 

機関誌そだとう219号記事から転載

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