次代への新たな一手。「脱・オンリージャパン」の極意

“3つのやる”と海外人材のチカラで征く

~限られた経営資源で、メキシコ進出を成功させた秘訣~

CASE①湘南造機株式会社

 

「湘南メキシコは設立してすぐに急成長しましたが、コロナ過で赤字に転落。その後、立て直しを図り、現在は黒字回復してコロナ禍前の水準に戻りつつあります。今後は右肩上がりとなる計画です」
そう自信を示すのは、湘南造機の粉間謙造会長だ。同社が初の海外拠点として、2016年にメキシコで設立した湘南メキシコは、今年創業9年目を迎えた。

 

粉間謙造会長

湘南造機株式会社
主な事業内容:
各種機械設備・自動車関連設備の設計・製作・改造・修理・保守・点検など
本社所在地:
神奈川県横浜市
創業:
1937年
従業員数:
150人

湘南造機は1937年、粉間会長の父、粉間三勇二氏が創業した粉間鉄工所が始まり。当初は製菓業界を中心に工場設備の設計・製作を行っていたが、徐々に業種が拡大。現在は自動車業界を主軸に、幅広い業種に対して機械設備の設計・製作などを、神奈川、栃木、埼玉など関東圏と九州で事業展開している。

同社の強みは設備の企画から保全まで、一気通貫で対応できる点にある。顧客の事業に必要な機械設備・工場設備を聞き取り、適切な企画を提案、細かくカスタマイズした工場設備を設計し、製作を行う。また、運用開始後に設備配置の見直しや、重量設備の移動をともなう新たなライン構築・移設にも対応。専門スタッフを派遣して顧客の設備を細かく確認し、保全対応や最適な運用提案なども実施するという。「これだけの業務を一貫して行う企業は、日本国内で当社の他には見あたりません」と粉間会長は胸を張る。

 

クライアントへ納品する設備は、自社工場内で製作して一度仮組みをしてから、ばらして納品先の工場に運び、その場で復元する。
製作からエンジニアリングまで一気通貫でできるのが、湘南造機の大きな強みだ。

 

同氏は大学時代に1年間、米国に滞在した経験もあり、海外への事業展開は長年の夢だったという。1980年代以降、日本企業の海外進出が本格化し、湘南造機でも単発で海外案件を手がけるケースが増え始める。その中で大手商社を通じて、米国オハイオ州へ進出の誘いを受けた。資金は商社が提供し、人と技術を湘南造機が出す共同事業の形で、日本企業の自動車工場向けに出先機関を設けてほしいというオファーだ。粉間会長自ら現地の日系部品メーカーにヒアリングして回ったところ、確かにニーズはある。ところが、本丸の自動車工場を訪ねてみると、考えがまったく違っていたのである。

「当社のようなエンジニアリングを担う日系企業が現地にはなく、米国企業は日本的なサービスができない。多くの会社が困っており、すぐにでも進出してほしいといわれました。しかし、肝心の自動車工場責任者は、米国に根を張ってビジネスをしていくために、安易に日本企業の力を借りず、苦労しても自力で道を拓きたいと考えていて、断られたのです。それで米国進出は断念しました」

その後も、同じ商社から中国に進出する話があったが、折しもSARS(重症急性呼吸器症候群)の大流行と重なって先行きが見通せず、これも断念する結果となった。一方で、単発の海外案件は増え続け、アジア諸国や東欧などにも出向いて仕事をしていたという。1997年には、メキシコにある日産自動車工場の部品加工ライン改造工事に携わることに。この時期、日産はルノーと資本提携し、1999年からカルロス・ゴーン氏による「日産リバイバルプラン」がスタート。同プランのもと、日産の海外展開は急速に進み、それにともなって日系部品メーカーなども続々と進出していた。そんな中、湘南造機にも前述の商社からメキシコ進出の誘いがきたのである。

「海外での単発仕事が増える中、私も本格的な海外拠点づくりを考えていたところでした。さらにメキシコにも日本企業の進出が増えていて、ビジネスチャンスがあると感じていたのです。ただ、進出するなら単独で行きたいという思いがあり、その商社とは協力関係を維持しつつ、2016年に子会社の湘南メキシコを設立しました」

成長のドライバーは人選とチームワーク

中堅・中小企業が限られた経営資源の中で、海外へ進出することは容易ではない。なかでも粉間会長は、「誰を送り込むかが一番のポイントでした」と振り返る。白羽の矢を立てたのは、同氏が全幅の信頼を寄せていた営業幹部だった。当時35歳の若さながら営業力は抜群で、メキシコの単発案件も何度も担当しており現地でのビジネス経験もある。本人からの快諾を受けると、その両脇を固めるべく、自社の栃木工場に勤務していた契約社員の日系ブラジル人と日系パラグアイ人計2名を、現地の幹部社員として抜擢。両名とも日本語はもちろんのこと、メキシコの公用語となっているスペイン語も話せて、何より優秀な技術者であった。湘南造機のメキシコ進出を成功へと導いた背景には、このような海外人材の存在も非常に大きい。

「もともと海外人材活用の背景には人手不足がありましたが、当初はその採用に社内で不安の声もあったのです。そこで私は、同じ人間同士なのだから、コミュニケーションをしっかりとれば問題ないと説得しました。さまざまなタイプの外国人がいる中でも、湘南メキシコを立ち上げた2人は非常に優秀です。現地の顧客は日系企業なので、日本語で専門的な技術の話ができるとあって、非常に喜ばれています」

実際、顧客数はみるみる増えていった。当初は日本で取引のある企業の現地法人を中心にビジネスを展開する予定だったが、日本での取引実績がない日系企業からも依頼が相次いだ。というのも、メキシコでは品質や納期に対して意識の低いローカル企業も多く、日系企業のほとんどが品質不良や納期遅れのトラブルに悩まされていたという。その点、湘南メキシコは“日本式”でレベルの高いサービスを提供することで信頼を得て、業績を伸ばしていく。

 

湘南メキシコの工場には日本語と現地公用語であるスペイン語で、「安全第一」の文字と
湘南造機の社是が掲げられ、
現地社員も日本と同じ水準で業務を行う

経営幹部は日本で学び、現地へと広げる役目

1年目の売上高は約70万ドルだったが、4年目には約400万ドルと6倍近くに急成長し、社員も10倍以上に増えた。その成功要因の1つが、チームワークだ。日本で経験を積んだ海外人材が、現地採用のメキシコ人社員に通訳なしで直接指導するため、トップの考えや方針もスムーズに現場へ伝わりやすい。品質や納期、スケジュール管理の重要性なども日本の感覚を徹底して教育する。

「これは日本国内も同じですが、特に海外事業で大事なポイントは人間関係、円滑なコミュニケーションだと思っています。それによって社員が一丸となって目標に向かって取り組めます。目標を達成したら、その成果をきちんと分配する。そして外国人も日本人と同様に、能力に応じて適切な役職を与え、給料も支払う。日本人と外国人を区別せず、グローバルな視点でビジネスを展開していくことが重要だと考えています」

急成長を遂げる一方で、経営戦略の大きな転換も迫られた。それは現地法人設立1年目のこと。経営資源が限られる中、当初は自社工場を持たずに現地企業とパートナーシップを組んで事業を展開する計画だったが、うまく機能しなかった。前述のようなローカル企業の問題点に、湘南メキシコも頭を悩ませたのだ。そこで、自社工場を稼働させることにして、日本と同様に一気通貫でサービス提供できる体制を構築した。これにより業績はさらに伸びていく。ところが、突然のコロナ禍で仕事が激減し、業績が低迷したのだ。

「当時、湘南メキシコの社長は、コロナは遠からず収まるだろうと考え、人員削減をしませんでした。メキシコでは社員の解雇が比較的簡単なものの、仕事が戻ったときに人員を集めるのは大変だという判断で、雇用を維持したのです。しかし、コロナはなかなか収束せず、固定費だけが出ていく状態で赤字に陥りました」
この間、日本からメキシコへの資金援助を続けながら、粉間会長は現地の社長と電話やメールでコミュニケーションを試みたが、なかなか話がかみ合わなかったという。

「結果として、経営経験のない人材に会社を任せすぎてしまったことへの反省が残っています。ただ、さまざまな問題がコロナ禍によって顕在化したことで、私自身、多くのことを学びました」

結局、当時の社長は退任することになり、立ち上げメンバーである海外人材が2代目に就任した。
「彼も経営経験はありませんが、現地のビジネスをよく知っていて、理解も早い。メキシコで特に大きな問題となるのが会計で、会計基準が日本とは異なり、法律もコロコロ変わります。こうしたお金や会計の苦労は現地に進出して初めて知りました。彼には財務的なことも指導しながら、事業の立て直しを進めています」

効果は早くも表れているようだ。冒頭で述べたようにコロナ収束後の2023年にはⅤ字回復し、2024年度を継続的黒字化に向けた重要な年度と位置付けている。さらに次の展開につながるスタートにもなると、気を引き締めているという。

メキシコ事業の成功要因であるチームワークのカギを握るのは、社員の大半を占める現地メキシコ人の教育だ。湘南造機では2019年から、幹部候補生2人を日本で学ばせる研修制度をスタートした。海外産業人材育成協会(AOTS)を通して、研修期間中に日本語を学び、企業での実施研修で技術なども習得する。
「日本で学んだことをメキシコに持ち帰り、現地の社員へと広げてもらいたいという想いがあります」

コロナ禍で中断していたが、今年9月に再開する。研修期間も以前は半年だったが、今回は1年の計画だ。

 

湘南メキシコで働く現地社員の様子。
湘南造機からメキシコへ赴任している日本人幹部ともしっかりコミュニケーションを取りながら働く

本社へと返ってくる大きなシナジーとは?

現在、湘南メキシコの社員はほとんどが現地採用のメキシコ人だ。
一人ひとりに湘南造機の理念がしっかりと浸透し、
強いチームワークで会社を支える頼もしい仲間たちである

「メキシコ事業は、当社がモットーに掲げる“すぐやる・必ずやる・出来るまでやる”という『3つのやる』を、色濃く表しています。海外展開を考える中で、運よく進出の機会を得て、ちょうど優秀な人材もいた。そのチャンスを逃さずにつかまえて、確実に実行する。さまざまな苦労や失敗がありましたが、今は現地の社員と一丸になってがんばっています」

粉間会長がそう評価するメキシコ事業は、日本本社へも大きなシナジー効果を生んでいる。メキシコの顧客は日系企業が中心だが、その9割以上は日本での取引実績がない。つまり、メキシコの現地法人を通じて、これまで取引のなかった日本の親会社と接点が生まれているわけだ。

「これは大きなビジネスチャンスだと捉えています。当社の取引は8割が日産グループで、もちろん重要な顧客だと考えていますが、自分たちの技術力を高めるためにも、これからは幅広い企業と仕事をすることが大切でしょう。湘南メキシコと連携しながら、積極的に顧客層を広げていくつもりです」

こうした海外事業の好影響を背景に、湘南造機の業績は回復基調にある。コロナ禍で20億円台に落ちた売上高が、2024年3月期には31億円まで戻った。国内では2020年と2021年に同業2社をM&Aでグループ化。2023年には新工場を2つ建設している。

「3年後の2027年に、当社は創業90年を迎えます。直近では、そこを目指してさらなる成長を描き、積極経営していく考えです」
意気軒高に語る粉間会長は、当然、その先にある100年企業を見据えているに違いない。

 

 

機関誌そだとう219号記事から転載

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