次代への新たな一手。「脱・オンリージャパン」の極意

個性を活かす“グローカル戦略”の粋

~異質性と同質性を両立させる2つの目が、チャンスを生む……~

総論 明治大学 政治経済学部 教授 奥山雅之さん

 

ローカルの資源をグローバル市場に展開する「グローカルビジネス」に、新たな潮流が生まれている。
「十数年前までは、海外展開には相当な投資やノウハウが必要で、それができるのは生産性の高い一部の企業のみと考えられていました。それらの企業は『The happy few(幸福なる少数者)』と呼ばれ、海外需要を取り込んでさらなる収益を上げています。しかし現在、海外市場にチャレンジしやすい土壌が整ってきており、中堅・中小企業が海外進出する機会が広がっているのです」

そう話すのは、中小企業による地域産業のグローバル化を研究する明治大学の奥山雅之教授だ。

標準化された製品やサービスを、できるだけ多くの国や地域の文化、商慣習、ニーズに合うように調整して海外展開する、いわゆるマルチ・ドメスティック戦略。それが従来の大企業によるグローカルビジネスであった。一方、同氏が提唱するグローカルビジネスでは、まずは一国に照準を合わせる。そして標準化や大量生産によるコストダウンを競争力とするのではなく、日本国内で培われた製品やサービスの地域性を堅持して差別化を図りながら、異国の文化やニーズへと適合させるのだ。

「明確な差別化という異質性と、現地に受け入れられる同質性を両立させることが成功のポイントです」と奥山教授は語る。

海外市場の開拓に追い風となる5つの要素

中堅・中小企業による海外市場への展開が進み、グローカルビジネスが注目される背景には大きく5つの要素があると同氏は説明する。

1つ目に挙げられるのが、アジア市場の成長だ。
「日本市場の成熟化が進む一方で、海外、特にアジアの新興国では購買市場が拡大しています。また、中東などビジネスチャンスのある地域もある。拡大している市場をターゲットにすることが、成長戦略のポイントになるのはいうまでもありません」

2つ目が、未開拓市場へのアプローチである。日本国内で成熟化した製品やサービスも、新たに立ち上がっている市場ならブルーオーシャンになる可能性がある。そのため、いち早くアクセスすることが重要だ。

3つ目が、海外へのアプローチを後押しする環境の整備だ。日本貿易振興機構(JETRO)などによる支援の充実や、すでに海外進出した企業が持つノウハウの蓄積、越境ECをはじめとする市場規模の拡大で、海外展開のハードルが下がっている。

さらに円安というマクロの状況変化も、輸出の大きなメリットとなる。

4つめ目は、海外へ進出することによる新たなニーズの発見だ。既存製品の機能が、海外で新たな顧客価値になるなど、日本では気づかなかったニーズに出会えるケースも少なくない。例えば、日本で防火機能のある建材として伝統的に使われてきた焼杉が、欧州では焼き色が美しいスタイリッシュな外壁材として活用され、北海道の長芋が台湾では薬膳の食材として重宝されるなど、海外展開することで新たなニーズが生まれ、その用途が拡大している。

そして5つ目がリバース・イノベーションの可能性だ。
「海外展開は簡単ではありませんが、そこで得た知見やノウハウ、発掘されたニーズを、日本での新たなビジネスに活かすことができます」

では進出する市場はどのように選定すべきか。まずは文化や商慣習、国民性、カントリーリスクなどを考慮し、すでに集積されているデータを分析するのが定石だが、奥山教授はそれだけではないと指摘する。
「たしかに取引しやすい国というのはありますが、そこではすでに競争が激化している可能性が高い。未開拓地域だからこそ新たな市場があり、ニーズも生まれます。苦労は多く、勉強すべきことも増えますが、大きく文化が異なるもの同士のほうがイノベーションも期待できるのです」

とはいえ未知の土地で大きな失敗をすれば、海外進出が頓挫するだけでなく、本体事業にも影響しかねない。そのリスクを考え、一歩踏み出せない経営者も少なくないはずだ。しかし奥山教授は、「中堅・中小企業だからこそできる市場選定の手段、それがトライ&エラーです」と強調する。これは闇雲に冒険するということではない。

「すでにある『つながり』を活かすのです。例えば、技能実習で自社にきた海外人材をきっかけにする、取引先がビジネスをしている市場に仲介を頼む、経営者仲間から信頼できるパートナーを紹介してもらいタッグを組む。手持ちのカードを駆使して気になる市場に挑戦し、うまくいかなければサッと撤退する。そして、その経験を次に活かしていく。大企業のように大がかりな市場調査はできなくても、裏を返せばその一連の流れをすばやく実行できるのが、中堅・中小企業の強みといえます」

新しいパートナー選びは非常に難しいが、そこは投資育成や商工会議所、金融機関などの、すでに信頼関係を築けているパートナーに、仲立ちを相談するのが得策だ。

注目度の高い日本。今こそ一歩を踏み出すとき

グローバルビジネスの基本は「異質性と同質性の両立」であることは先に述べた。しかし、商品やサービスの特徴を打ち出しすぎると、市場で受け入れられない可能性がある。他方、市場に合わせすぎれば、差別化が失われてしまう。この2つは、トレードオフの関係にある。
「必要なのは2つの目です。1つは日本や地域のよさを知り堅持する目、もう1つがターゲットとなる海外市場を熟知する目。成功事例では、この2つがバランスよく機能し、同質性と異質性が両立されているのです」

BtoBの好例として同氏が挙げるのが、「越境のれん分け」という形態で海外進出を果たした企業だ。東京に本社を構え、エアコンの設置やメンテナンスを手がける同社は、ベトナム、上海、北京に合弁企業を設立。まずは現地出身の社員が東京本社に勤務し、“本家”の技術を習得してから合弁会社に勤務するという仕組みをつくった。のちに北京では、長く勤務した社員が別会社を設立。“別家”として事業を継承した。
「別家を担うのは現地出身で本社のノウハウを習得した、2つの目を持つハイブリッドな人材です。本家と別家は別会社ですが、設備の調達などを通じて協力関係にあり、サービスの異質性を保ちながら、現地のニーズや規制に合うよう調整して、同質性を高めることを実現しています」

これには、技能実習や特定技能制度も活用できそうだ。

いまだハードルが高いと思われがちな海外進出。チャレンジはしたいが、日々の業務に忙殺されて時間の余裕がない経営者も多いだろう。しかし、2024年の訪日客数は過去最高になると予測されており、国際会議や国際見本市、海外への研修などが推進され、世界との交流はいっそう盛んだ。“日本”という個性に、世界は熱い視線を注いでいる。

 

話を聞いた方

明治大学 政治経済学部
教授 奥山雅之さん

1966年生まれ。埼玉大学経済科学研究科博士課程修了。博士(経済学)。専門は地域産業、中小企業。日本各地の個性溢れる製品・サービスを創造する地域産業のあり方や、継続的な地域づくりとの関係を考察。地域産業のグローバル化を実証的に研究し、新たなマネジメント理論体系を構築することで、地域の活性化を目指す。著書に『グローカルビジネスのすすめ』(紫洲書院)などがある。

機関誌そだとう219号記事から転載

経営に関するお役立ち資料を
お届けいたします

© Tokyo Small and Medium Business Investment & Consultation Co.,Ltd. All Rights Reserved.