受け継ぐ者たち。承継までの道のり

後継者の“勘違い”。本当にすべきこと

~会社の歴史を知り、周囲を輝かせてこそ信頼される~

総論 銀座英國屋 代表取締役社長 小林英毅さん

 

「事業承継を円滑に進めたい」「会社をさらに発展させたい」「社員に信頼されるリーダーになりたい」。多くの後継者がそう考えていることだろう。「そのためには後継者が陥りがちな“勘違い”を手放すことが重要です」と指摘するのは、老舗テーラー銀座英國屋の代表取締役社長を務める小林英毅氏だ。同氏は28歳で3代目社長に就任し、英國屋を倒産寸前から過去最高益を記録するまでに復活させた。また、自身の経験をもとに企業の事業承継や後継者育成をサポートする後継者育成相談協会を発足し、多数の相談に応じている。

「私も含め、多くの後継者は『信頼されるには、自分が成果を出さなければ!』という大きな焦りからくる“勘違い”に陥ってしまいがちです。今まで通りの方法では先代やベテラン社員以上の成果を出せないと考え、違う方法を模索するのですが、新しいやり方なので自社に蓄積された知見やノウハウを十分に活用できず、社員のコンセンサスも得られていないため結果が出にくくなる。また、たとえ成果につながったとしても、先代やベテラン社員からすれば“自分たちを否定された”ように感じ、後継者との間に亀裂が生じるケースも多々あります」

なるほど、そうして業績悪化や社員の離反といった経営危機を招き、事業承継が失敗したといわれるわけだ。では、そのような“勘違い”からくる大きな焦りを手放すには、どうすればよいのだろうか。
「重要なのは『周りをリスペクトし、社員が成果を出せるようにしてこそ信頼される』と認識することです。当社では社内の多くの業務において、私よりもベテラン社員のほうがはるかに成果を出せますし、これはどの企業においても同様でしょう。だからこそ、後継者にはまず社内の困りごとを探り、その解決を支援する、いわばサポート型のリーダーシップを意識することが必要だと思います」

例えば英國屋の場合、社員は来店した顧客に高品質なサービス、接客を提供することに自信があり、たしかに高い能力を有していた。しかし、店舗にいながら新規顧客を開拓するのは難しく、集客がネックになっていたのだ。そこで小林氏はホームページを自ら改善し、自社の優位性や差別化のポイントを明示したほか、無料オーダー体験サービスを導入して“入店ハードルの高さ”を解消したところ、来店数が増えた。店舗に足を運んでもらいさえすれば、社員たちの真価が発揮され、実際に新規顧客の売上が1.4倍にアップしたという。
「後継者の中には、自分が先頭に立って改革していける方もいます。それも素晴らしいでしょう。ただ、そうでない場合は、自分ではなく社員が成果を出せるようにするほうが、信頼感の醸成にはより効果的だと認識し、サポート型のリーダーシップを目指す――。これが事業承継を円滑に進めるための基本だと思います」

リスペクトを忘れず、さらなる成長へ変化する

小林氏のもとへ相談に訪れる後継者たちに対し、前述の基本とともに伝えているのが、先代やベテラン社員たちが築いてきた考え方や手法をリスペクトした上で、会社がさらに成長するために変化していくことの大切さだ。
「それまでの考え方や手法を否定するばかりではなく、優れている点や守るべき点を見つけ出し、きちんとリスペクトすることが肝要です。それには自社のことを深く理解する必要があり、そのきっかけの1つとして私が勧めているのが、Webサイトの制作・改訂です。私もやりましたが、会社のことをしっかり理解しないと、何も書けないと実感しました。自社の強みや弱み、競合他社の動向などさまざまな知見が手に入りますし、自社への理解が進むいい取り組みだと思います」

その上で、後継者として自社を変化させたいと考えるトップに伝えたいキーワードは、「最初から90度は曲がらない」だと小林氏は語る。

他の企業、特に大手や先進企業を経験して家業に戻った後継者は、すべてが古く見えてしまい、社外で学んだ知識やノウハウをやみくもに自社へ取り入れようとしがちである。実際、小林氏も家業に戻ったときは、それまで学んできた最新の経営手法を導入しようとし、それを受け入れない社員を苦々しく思ったそうだ。
「しかし考えてみれば、それまでにさまざまな改革を行ってきたから、会社が存続しているわけです。つまり、先代やベテラン社員は自社の中では改革派だということ。その方々が理解できないことを、他の社員にわかってもらうのは難しい。私もそうでしたが、多くの後継者は現状の一歩先どころか、50歩先の話をしがち。それを理解してもらえない場合は、その変化を許容できる態勢になるまで待つことが大切です。それまで真っすぐだったものを、突然90度曲げるのは困難でしょう。しかし、0.1度なら曲がるかもしれない。そのうち3度曲がるようになり、それが30度になり、最終的に90度になるはずです。だからこそ、変化を急がず、まずは0.1度曲がるところを探すのが得策だと思います」

社員が成長できる環境を整えるのも後継者の責務

社員が成果を出せるようなサポート型のリーダーシップを目指すことは、円滑な事業承継のみならず、社員との関係構築においても重要だと小林氏は強調する。
「中堅・中小企業が大企業に対して競争優位を築く、源泉となるものは何か。それは、ずばり“人”です。社員が働きがいを感じていれば、自ずと仕事の質が上がり、顧客満足度も高まることでしょう。そして、働きがいの根源は『成長の実感』です。社員が成長を実感できる環境を整えること。それも後継者としての、重要な責務だと思います」

そのために小林氏が勧めるのが、社員への権限委譲だ。例えば、採用活動において小林氏が担当するのは最初の社長セミナーのみで、その後の面接や採用は役員と社員ですべて担う。また、上司の役割といえば、通常は「部下への指示や監督」だが、同社では「部下の成長支援」であり、そのために行うべきことは部下を理解しサポートすることであると定義している。そうして“人”が大きく成長することこそが、中堅・中小企業の競争力となるわけだ。
「もう1つ、後継者の方へのアドバイスとしては、手厳しく叱ってくれる先輩を見つけることをお勧めします。会社経営や社長としての心得などについてしっかりした考えがあり、ご自身も現役の経営者として活躍している方がよいでしょう。私自身も前職のワークスアプリケーションズ元代表者である阿部孝司氏、エイブルやギガプライズなどの社長を歴任された梁瀬泰孝氏、連続起業家で経営コンサルタントの小島幹登氏など、手厳しい先輩方に散々叱られました(笑)。でも、そのおかげで今の自分があるのです。皆さんも後継者として自社の経営に専念しつつ、外から自身をサポートしてくれる手厳しくも温かい先輩を見つけていただきたいと思います」

 

話を聞いた方

銀座英國屋
代表取締役社長
小林英毅さん

1981年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、人事労務・会計など、企業経営に関わる業務用ソフトウェアなどを開発・提供するワークスアプリケーションズに入社し、システムコンサルティングや開発部門での業務に携わる。2006年、25歳のときに銀座英國屋に戻り、家業を継ぐ。2009年に代表取締役社長に就任し、現在に至る。後継者育成相談協会理事長として、事業承継や後継者育成に関する相談にも応じている。

機関誌そだとう218号記事から転載

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