成長に向けた価値創出の実現
2023年版中小企業白書(以下、「白書」という)では、中小企業の動向に加えて、中小企業が変革の好機を捉えて成長を遂げるために必要な取組等について、企業事例を交えて分析を行っています。今回は白書第2部第1章「成長に向けた価値創出の実現」の内容について解説します。
中小企業の「成長」に着目
中小企業は、所有と経営の一致などを背景に、小回りの利いた経営やイノベーションに向けた取り組みが可能であり、一社でも多くの中小企業がこうした特徴をいかし、価値創出に取り組み、中長期的に成長を遂げることで、外需の獲得や域内経済への波及効果を通じて、日本経済の発展を促すことが期待されます。
こうした点から、今回の白書では中小企業の「成長」をテーマとして取り上げています。具体的には、企業の中長期的な成長に向けて、競合他社と異なる価値を創出するための戦略を構想し、実行することが重要と示唆されていることから、価値創出のための「戦略」と、戦略の構想と実行の核である「経営者」、戦略を実現するための重要な要素である、経営者を支える「内部資源(リソース)・体制」に関する分析を行っています。
成長に向けた戦略
まず、「戦略」について見ていきます。図1は、経営戦略を策定した企業に対して、選定した市場の特徴別に、売上高増加率と付加価値額増加率の水準(中央値)を見たものです。これを見ると、競合他社が少ない市場を選定した企業は、競合他社が多い市場を選定した企業よりも、売上高増加率と付加価値額増加率の水準がいずれも高いことがわかります。この結果から、差別化を図りながら、競合他社が少ない市場への参入や市場の創出に取り組むことは、企業の成長につながる可能性が示唆されます。
成長に向けた戦略実行を牽引する経営者
「経営者」については、所有と経営の一致という中小企業の特性を踏まえると、経営者の成長意欲の有無が戦略の構想と実行に影響を与える可能性が考えられることから、経営者の成長意欲を高める取り組みについて分析しています。
図2は、経営者就任前後の成長意欲の変化別に、経営者就任後の第三者との交流状況を見たものです。これを見ると、「成長意欲が高まった」企業のほうが「成長意欲が高まらなかった」企業と比べて、第三者との交流が「よくあった」、「時々あった」と回答している割合が高く、第三者との交流により経営者自身の成長意欲を高めている傾向が見て取れます。
さらに、経営者就任前・就任後において、成長意欲を高めることにつながった交流先を確認すると、経営者就任前・就任後のいずれにおいても「同業種の経営者仲間」、「異業種の経営者仲間」といった回答が上位となっています(図3)。このことから、業種を問わず、経営者仲間との積極的な交流は、経営者の成長意欲を喚起することにつながる可能性が示唆されます。
経営者の戦略実行を支える内部資源・体制
価値創出のための戦略を実現するためには、経営者を支える「内部資源(リソース)・体制」の充実も重要な要素であり、白書では、資金の獲得に向けたエクイティ・ファイナンスの重要性以外に、人材戦略を通じた人材の獲得の重要性を取り上げています。
より具体的には、企業や個人を取り巻く変革のスピードが増す中で、持続的な企業価値向上の実現には、ビジネスモデル、経営戦略と人材戦略が連動していることが不可欠との指摘があるなど、企業の成長には、組織を構成する人材の確保・育成に関する戦略が重要であると考えられます。
こうしたことも踏まえ、今回、人材戦略の策定状況別に、従業員数増加率の水準(中央値)を確認したところ、人材戦略を「策定した」企業は、「策定しなかった」企業と比較して、従業員数増加率の水準が高いことが明らかになりました。このことから、人材の獲得に向けて、人材戦略を策定することの重要性が示唆されます。
また、経営戦略と人材戦略の紐づけ状況別に、売上高増加率の水準(中央値)を見ると、経営戦略と人材戦略を「紐づけた」企業は、「紐づけなかった」企業と比較して、売上高増加率の水準が高いことがわかります(図4)。経営戦略と人材戦略を一体的に構想することにより、戦略の実行に必要な人材の確保が進み、結果として業績の向上にもつながっている可能性が示唆され、こうした取り組みは成長に向けて重要といえるでしょう。
次回も引き続き白書第2部を取り上げ、第2章「新たな担い手の創出」について解説します。
中小企業庁 事業環境部
調査室 調査係長
戸田健太
(2022年4月より当社から出向中)
機関誌そだとう217号記事から転載