真の「ダイバーシティ」で、進化する超・組織

「人生100年時代」に無限の可能性を!

~労働集約的だからこそ、あらゆる人の活躍を見逃さない……~

CASE②アイル・ホールディングス株式会社

 

埼玉県内を中心に、環境と福祉分野で幅広く事業展開するアイルグループ。建物や公園などの総合管理、廃棄物の収集運搬処理、消防設備の点検や設置、食品リサイクル、介護事業など、その営業種目は50以上にのぼる。業績は右肩上がりで、2022年のグループ売上高は約130億円と過去最高を更新した。

グループ8社(1社は社会福祉法人)の社員数は計3100人を超えるが、そのうち60代が約25%、70代が約28%、80代も約2%と、60代以上が全体の過半数を占める。この多くのシニア人材が活躍することによって、アイルグループは支えられているのだ。
「環境や福祉は、もともと引退後のシニア層や主婦のパート・アルバイトなどが多く働く業界です。当社も、そうした方たちの力によって成長してきました」
アイル・ホールディングスの町田哲雄社長はこう述べる。

 

町田哲雄社長

アイル・ホールディングス株式会社
主な事業内容:
施設総合管理、廃棄物収集運搬、食品リサイクル、介護事業ほか
本社所在地:
埼玉県さいたま市
創業:
1967年
従業員数:
3143人(連結)

「何かあったらアイルグループ」をモットーに、毎日の清掃をはじめとした
施設の維持管理や設備管理、警備など街中のあらゆる業務を担っている

同社の中核企業であるアイル・コーポレーションは1967年、浦和市(現さいたま市)にある建物の維持・管理やグラウンド、墓地などの整備を請け負う会社として、青年会議所のメンバーを中心に立ち上げられた。設立以来、周辺領域へと徐々に業容を拡大し、2022年にはアイル・ホールディングスを設立。今や100億円企業へと成長したアイルグループだが、その礎をつくったのは現会長の籠島延隆氏である。

そもそもアイル・コーポレーションは、浦和市の仕事を請け負う目的で設立されたため、民間企業でありながら、公的企業の色合いが強かった。営業活動に力を入れなくても、市の仕事が安定的に入ってくる。ただ、会社としての新たな挑戦はない。そんな中、1976年に籠島氏が3代目社長に就任。同氏は設立メンバーでもあったが、それまで経営には深く関与していなかった。しかし、トップとして社内を見渡し、このままでは近い将来、じり貧になると危機感を抱いたのだ。籠島氏は会社の官依存体質にメスを入れるべく、経営改革へと乗り出す。

決心から数年後、1981年に伊勢丹浦和店がオープンすると、その店舗管理と清掃業務の受注に成功する。内容は今までと近くても、百貨店ならではの要求もあった。そうしたニーズに応えていくことで、社員ひいては会社全体が鍛えられていったという。
「私は1996年に銀行から当社に入りましたが、当時はまだ約9割が浦和市関連の仕事でした。しかし、会社としての実力もついていたので、県内の他自治体や民間の仕事も手がけようということで積極的に営業し、業容拡大に邁進してきたのです」

例えば、アイル・コーポレーションの基幹事業はビルメンテナンスだが、現在ではPPP(公民連携)事業として観光振興や農業振興を目的とする公共施設の管理運営実績も豊富だ。特に埼玉県内の「指定管理者制度」や「PFI」(民間資金等活用事業)に注力。公園・スポーツ施設、社会教育施設、社会福祉施設など17市町26件77施設と、多岐にわたる管理運営実績を誇る。

 

清掃や芝管理では、人による作業のみではなく、ロボットなどの最新IoT技術も組み合わせて、美観を維持している

CSはESから!社員を守り、団結する

いわゆる労働集約型であるアイルグループの事業にとって、拡大における最重要課題の1つになるのがマンパワーだ。冒頭で触れたように、アイルグループでは多くのシニア層が活躍し、成長の一翼を担っている。
「当社は創業以来、現場を大事にしようと取り組んできました。特にシニアをはじめとするパートやアルバイトの人材が圧倒的に多く、そういう方たちの力によって成り立つ事業だと認識しています。ですから『CSはESから』との考えに基づき、まずは従業員満足度(ES)を高め、それが顧客満足度(CS)の向上につながる。福利厚生や処遇改善にも力を入れ、社員を大切にすることを明確に打ち出しています」

その言葉を証明する直近の好例が、コロナ禍での取り組みである。
「新型コロナウイルス感染拡大の第1波では、社会全体がどうなるかわからない中で、社員も大きな不安を抱いていました。そこで籠島会長と相談して、当社は社員を守ると宣言。そのメッセージを添えて、大きな金額ではないですが、現金で特別手当を全社員に支給しました。これは非常に効果的で、社員の団結力が強まったと思います。この特別手当はコロナ第4波まで支給しましたが、その結果、コロナ禍以降の定着率が上がったのです」

他にも、従業員満足度を高める取り組みの1つに「スポットライト表彰制度」がある。これは社員一人ひとりの個性を会社として評価し、感謝の気持ちを表す制度だ。町田社長が発案し、3年ほど前から始まった。
「私たちの仕事は、その多くが社会を下支えするもので、ほとんど目立ちません。しかし、社員はみんな一生懸命に働いています。そこで、あなたがやっている仕事はすばらしいことだと、自覚してもらうために表彰を始めました。同僚や所長から推薦されれば、内容は問いません。あいさつが気持ちいい、笑顔がすばらしいなど何でもいい。大切なのは、一人ひとりを認めることです。これまで、約500人を表彰しました」

なかでも、2人の70代男性社員を表彰したケースが象徴的だ。1人は、デイサービスなどの送迎車運転手。実は40年以上にわたり、はとバスで日本全国をまわってきたベテランドライバーであり、運転のプロ。もう1人は、夜勤の宿直警備員。元消防署の幹部職員で、勤務中に本来の業務ではない消防設備の点検や管理までしていた。
「同じ職場にいる社員も、同僚の経歴は知りませんでした。引退後に働いている、高齢者としてしか見られていない。2人に限らず、誰にでも長年のすばらしい職歴や経験、スキル、知識などがあり、プライドを持っています。それを理解することで、当人たちは仕事への意欲が高まります。特に、シニアといわれる年になってから表彰されるとか、認めてもらえるというのは、非常にうれしいことのようです。当然、周囲の見方も変わりますから、コミュニケーションの円滑化にも役立ち、社員の定着率アップにつながります」

表彰では賞状のほかに、記念品として額縁に入れた絵をプレゼントする。本人の誕生花が描かれ、その花言葉をもとにしたメッセージが添えられる。これも、町田社長の案だ。
「とても喜ばれています。世界に1つですから、みんな感動し、涙を流すほど。玄関に飾って、毎朝元気をもらっているという人もいます」

 

(写真左)「スポットライト表彰」では、町田社長自ら記念品を贈呈する
(写真右)定着率の高いアイルグループでは、永年勤続表彰式も多くの社員でにぎわう

豊富な経験やスキルを、グループで最大限活かす

アイルグループ全体の55%がシニアであることを考えれば、さまざまな知識や経験、スキルを持った人材が、豊富にいるだろう。これを活かすために、同社では現在、社員情報のデータ化を進めている。独自に構築したシステムに、各人が有する資格や経験を入力し、グループ全体で共有するのだ。業容を拡大し、新しい事業や仕事が増える中で、適した人材をグループ内で柔軟に配置できるようにする狙いだという。
「HD体制になったことで、グループ内での人事異動がしやすくなりました。自分の関心領域と近い仕事であれば、よりやりがいを持って働けますし、会社としても多様な能力を活かすことができます」

さらに、アイルグループでは2024年から社員の定年制度を撤廃する。これまで定年後の雇用延長は行っていたが、今後は60歳以降も原則として役職を変えず、給料も同額を保証する。
「定年後の延長という形では、仕事は同じなのに給料だけ減りますから、モチベーションが下がるでしょう。新制度では、60歳以降も本人の意思と会社の合意があれば、待遇を変えずに1年契約で更新していくようになります。意欲のある人材の確保に、つながると期待しています」

シニア層に限らず、同グループではダイバーシティ経営を推進している。2023年から「アイル・ダイバーシティチャレンジ」という新研修を始めた。

第1弾は女性活躍がテーマで、グループ各社から15人の女性社員が受講。2024年1月までに全8回の研修を通じ、マインドチェンジからリーダー育成へとレベルアップを目指す。さらに埼玉県と協力し、シングルマザーの雇用も進める計画だ。仕事に必要な免許や資格の取得支援を行い、ドライバーや介護職などに就いてもらう。もともと、同社には資格取得制度があり、建築物環境衛生管理技術者・建築物統括管理者・ボイラー整備士などその数は80種類以上におよぶ。

また、障がい者雇用にも力を入れている。最新の取り組みとして注目されているのが、ロボットを使った遠隔による就労だ。埼玉県の事業に協力し、外出困難な障がい者が「分身ロボット」を通じて、アイルグループが運営するデイサービス施設の利用者と会話するという試みだ。
「結果は大成功です。デイサービスの利用者が、いきいきと会話していました。実は、利用者同士のつながりは意外に少なく、この取り組みを通じて交流が促進されたようです。一方、その間は介護職員に余裕が生まれ、別の仕事を進められる。障がい者雇用、利用者の満足度向上、さらに業務の効率化まで図れます」

 

全国に8カ所のグループホームやデイサービス、
特別養護老人ホームなどを運営する

多様な人材をまとめる、コミュニケーション能力

10代から80代まで、多様な人材が働く同グループ。その力を最大限に引き出すためには、やはりコミュニケーションが重要だという。
「特に各現場のトップには、高いコミュニケーション能力が求められます。現場をまとめるリーダー次第で、職場の人間関係は変わるからです。そこで、マネジメント層のコミュニケーション能力を磨く研修を、2024年から始めます」

「すべてのお客様のNo.1パートナー」になることを目指し、町田社長は「行政はもとより民間企業、個人のお客様も含めて、何か困りごとが起きたときに真っ先に相談してもらえ、アイルに頼めば何とか応えてくれるという企業体、相談相手として選ばれるグループになりたい」と笑顔で語る。

こうした取り組みが奏功し、成長を続ける同グループには、その経営力を見込んで、さまざまなM&Aの相談が持ち込まれているという。
「グループとして、数字的な拡大だけを追い求めるつもりはありません。生活や環境、福祉など、当社の事業に関連するものを中心に、新たな価値を提供できるものには、前向きに捉えていきたい。その結果として、業績はついてくるものでしょう」

少子高齢化による人材不足や社会保障費の削減を背景に、シニアをはじめ、多様な人材の活躍が社会から求められている。「人生100年時代」といわれる中、企業としても、働き手としても、その可能性に期待する部分は大きい。その点でアイルグループが今後、どのような取り組みを広げていくのか、非常に楽しみだ。

 

 

機関誌そだとう217号記事から転載

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