育ててくれた地域へ、目いっぱいの恩返し
金精軒製菓株式会社
小野光一社長
1952年生まれ。1976年、金精軒製菓入社。
29歳の時、前社長の急逝で社長就任。四代目
として会社を率い、地域に根ざした商品を
開発。地元に愛される会社を目指す。
- 主な事業内容:
- 信玄餅を中心とする菓子類の製造と販売
- 本社所在地:
- 山梨県北杜市
- 創業:
- 1902年
- 従業員数:
- 100名
山梨県の土産といえば、黒蜜ときなこをかけて食べる信玄餅を思い浮かべる人が多いだろう。北に八ヶ岳、東に甲武信ヶ岳、南に富士山、西に南アルプス連峰と、豊かな自然に抱かれた北杜市の老舗企業で、この名菓は製造されている。
「あんな田舎で、よくちゃんと会社をやっていけているねなんて言われると、なんだかうれしくなってしまうんですよ」
そう話すのは、信玄餅を生んだ金精軒製菓の四代目、小野光一社長だ。創業は明治35年。同社が120年にもわたって地域で愛され、そして全国にもファンを増やしている背景には、深い地元への敬慕のもとに続けてきた、地域貢献の取り組みがある。そしてそれが、この度の地域社会貢献者賞受賞につながった。
地元米でつくる新商品、消費期限の短さが特別感に
創業当初から地産地消を掲げてきた金精軒製菓では、菓子に使用する原材料の約8割が地元産だ。米は、地元の契約農家から購入。イチゴやブルーベリーなども、地元産にこだわる。そこには、会社として地域の農業を支えたいという想いがある。
「農業法人をつくり、自分たちで米や果物を育てて自社で使う方法もありますが、そうすると農業従事者の仕事を奪うことになってしまいます。そうではなく、当社が率先して地元農産品を商品に取り入れることで、地域の農業を守っていきたい」
近年は、新聞広告を通じてエゴマ栽培に興味がある農家を募り、手を挙げたおよそ10軒の農家で「北杜エゴマの会」を組織。そこで搾油したエゴマ油を、自社で購入する仕組みを確立した。国産のエゴマは希少で、同社の取り組みに共感して、本腰を入れて取り組む農家が増えているという。金精軒製菓を起点に、地元で新しい産業が生まれる兆しが見えてきたのだ。
地元産の素材にこだわる同社には、「これを使ってみてくれないか」といった引き合いが絶えない。その1つに、大ヒット商品「生信玄餅」の原料である地元米「梨北米」がある。農協関係者から打診を受け、一度試作品をつくってみたところ、「蒸し上がった餅を見て、驚きました。真っ白で透明感があって、風味も豊か。これは普通の信玄餅にするのはもったいない、と思うくらい」。
しかし、普段使っている米と比べてキロ単価が倍近くするため、すぐには導入を決められなかったという。
その後、梨北米のことが頭から離れないまま、約2年が経過。どうにかあの豊かな風味を商品に活用できないかと思案しているときに浮かんだのは、昔ながらの信玄餅だった。小さく切り分けた現在の形ではなく、当時と同じように大きいサイズで売ってみたらどうだろうと考え、それに梨北米を使うことにしたのだ。そうして生まれたのが、「赤ちゃんのほっぺのように柔らかい」と評判の「生信玄餅」である。
この商品には、食感だけでなく、1つ大きな特徴があった。それは、製造3日後に消費期限がきてしまうこと。通常の信玄餅が製造から12日間もつことを考えると、その差は歴然。そこで、「地元の人にだけ食べてもらおう」と、当初は本店の店頭だけで1日10パックほどを売り始めた。ところが、しばらくすると「家で食べておいしかったから、土産として持参したい」というお客さまが現れたのだ。「消費期限が3日ですが、いいですか」と念押しすると、「渡す相手にちゃんと伝えるから大丈夫」との返答。小野社長はここに、土産物としての可能性を見た。
「早く食べないといけない菓子をわざわざ持参する。贈る側と受け取る側の親しい関係性とコミュニケーションがあってこそ成り立つ、特別感のある土産物になると思いました」
それから、製造数を増やし、本店以外でも取り扱いを開始。コロナ禍で通常の信玄餅の売上が落ちてしまったときも、生信玄餅はコンスタントに売れ続け、すっかり同社の顔となる商品になった。見方によっては不利に働きそうな条件をプラスに作用させたのは、他でもない顧客の声。聞き逃すことなく、そこに商機を感じ取ったからこそ、今がある。
北杜市が誇る地元米「梨北米」を使った、「生信玄餅」(写真左)。
きなこは山梨産大豆を自家焙煎、自家製粉している。水晶のような見た目の
「水信玄餅」(写真右)は、海外からも客が来るほどの人気ぶり。
店先に1000人の行列。町の活性化につなげたい
2013年、SNSを介して、これまで和菓子店に来たこともなかったような若い層を呼び込む新たな商品が誕生した。それが「水信玄餅」だ。「新しいタイプの寒天ができたから、テストしてみてほしい」と、食品会社から依頼があり、ギリギリの水分量で固めてみようと試したところ、水晶のように無色透明でプルプルとした繊細な菓子ができ上がった。
崩れやすい性質上、「消費期限30分」というキャッチフレーズで売り出したスケルトンの菓子は、あれよあれよという間に注目を集め、開店前に1000人が店先へ列をつくる事態に。近所に迷惑をかけないよう整理券配布制にしたり、開店を待つお客さまが入れるよう近所の喫茶店に「早い時間から営業してほしい」と頼んだり……。創業以来、初めての事態に右往左往していると、地域の旅館やペンションから、「水信玄餅を買いにきた人が泊まってくれた」と、お礼のメールなどが届くようになったという。
「地元への経済効果が大きいことを実感しました」と小野社長。そこで、周辺の飲食店などにも広く声をかけ、より地域を盛り上げることに尽力した。1972年に発売された信玄餅が、ラインアップの拡大とともにブランド力と地域への貢献度をさらに増し、会社自体を次なるフェーズへと押し上げたのだ。
30分と比較すると、たった3日の消費期限が長く感じられるという思わぬプラスの効果によって、一緒に生信玄餅を購入する人も多く、水信玄餅以外の売上アップにもつながった。どうしても、和菓子は古いイメージを抱かれがちだが、若い世代に親しんでもらうきっかけができたことは、今後につながる大きな財産だ。
日本の道百選にも選ばれた甲州街道台ヶ原宿で、明治35年から
愛されている本店。当時の旅籠屋の名残を感じる風情が特徴だ。
素材の良さを生かして、新たな層へアプローチ
不動の定番商品があったとしても、新しいものに挑戦する好奇心を失わないこと。それは、この先も老舗が存続していくための大切な要素だろう。そういった意味で、金精軒製菓は、未来に向けて2つの構想を抱いている。1つはご進物となる新商品の開発だ。
「信玄餅が12日、生信玄餅が3日、水信玄餅が30分と消費期限の短いラインアップばかりなので、逆に2~3カ月ほど日持ちするものをつくりたいと考えています。例えば、クッキーなどの焼菓子。季節限定品などを用意して、お客さまの来店頻度を上げるのがオーソドックスな和菓子店のやり方ですが、贈答品にできる消費期限の長い商品を売るのも1つの手だと思うのです。そういった切り口の異なる商品を多様に揃えると、客層が広くなり、客単価が変化しますよね。要するに、チャンネルをいくつももつということです」と同氏は語る。
この考え方で、今年取り組もうとしているもう1つのアイデアは、大豆を用いた製品の上市だという。昔からきなこを自家製造してきたことから、大豆の扱いには慣れている。国産の原料が少ない「大豆ミート」に目を付け、山梨産のおいしくて安心・安全な素材を使った大豆ミートを開発中だ。まずは小ロットで製造を開始し、地元の野菜と一緒に調理したものを提供するレストラン出店の計画もある。
「今後、社名から『製菓』の文字を取ってもいいかもしれないと思っています。菓子だけでなく、幅広く食品を扱って、また違う層にアプローチしていく。そんなことを考えているんですよ」
まったく新しいチャレンジではあるが、これまで培ってきた地元産の素材を生かすノウハウを、菓子以外の製品へと拡大させることは、食に対する消費者ニーズが多様化する現代にフィットする事業展開の仕方だ。
以前に小学6年生の孫が、小野社長に「将来、金精軒の社長になる!」とうれしい夢を話したのだとか。豊かな自然が育んださまざまなおいしい作物が、北杜市にはまだまだたくさんある。金精軒製菓が、多様な発想でそれらをより多くの人に届けている未来が、目に浮かぶようだ。同社は地元の資源を守るため、森林の再生プロジェクトにも乗り出している。これからますます、地域に必要とされる企業になるはずだ。
東京中小企業投資育成へのメッセージ
当社にとってありがたいお付き合いをさせていただいています。最近、娘が投資育成さん主催の「女性経営者・後継者交流会」に入ってイベントなどに参加して、大きな刺激を受けているようです。地方にはまだまだ女性リーダーは少なく、モデルケースに出会う機会もほとんどないですから。これからも末永くよろしくお願いします。
投資育成担当者が紹介!この会社の魅力
業務第四部
髙木菜月
この度はご受賞おめでとうございます。地域社長会や若手経営者の会など、良い出会い、ビジネスマッチングの場などをご提供してまいります。金精軒製菓さんのお菓子は、味に加え、地域貢献への想いやこだわりが詰まっている点が魅力的です。生信玄餅以外にも、季節の食材を生かしたお菓子も多数ありますので、山梨にお越しの際にはぜひ店舗にお立ち寄りください。
機関誌そだとう215号記事から転載