地域農家の生活を豊かに。省力栽培のブランド化
- 主な事業内容:
- りんご・プルーン・米の生産販売、りんごの加工品製造販売
- 本社所在地:
- 青森県弘前市
- 創業:
- 1966年
- 社長:
- 石岡繁行
- 従業員数:
- 27人
「日本一美味しいりんごを作ろう」すべてはここから始まった。それまで当たり前とされてきたりんごの栽培方法を転換し、見た目よりも味を重視した「葉とらずりんご」の生産に挑戦。今や、全国に流通するブランドりんごとなっている。
しかも、このりんごは、ただおいしいだけではないのだ。これからの時代、農家の持続性を考えるうえで、重要な役割を担っていくだろう。
そのルーツは1950年代、日本一のりんご生産地、青森県弘前市で生まれ育った7人の若者にある。りんご農家の2代目で、20代前半という同じ境遇の7人は「虹の会」を結成し、日本一のりんごをつくることを夢見て、改革に動き出したのだ。当時、弘前周辺で育てられていたりんごは国光、紅玉が主だった。しかし、それよりも玉が大きく、甘味も強い新しい品種の栽培に挑んだ。そのために1965年、資金が乏しい中、14ヘクタールの原野を購入し、自分たちの手で1年かけて開墾。りんごを栽培するための土地を完成させた。翌年、農事組合法人「ゴールド農園」を設立し、その地でりんごづくりを始める。
「農家の生活を豊かにしたいというのが、一番の理由だったようです。当時はりんごの価格が安く、小さな農園の経営は厳しいものでした。そこで、大規模経営を目指したのです。ゴールド農園の名称は、畑からお金を得るという志に由来しています」創業当時について、ゴールド農園の3代目である石岡繁行社長は、こう説明する。
創業メンバーである7人は、家業の農園で作業をする傍ら、原野の片隅で新品種の苗木を育てては、それをりんご農家に販売して回った。
そして1970年代中頃、ようやく新しい品種のりんごが実る。
素朴な疑問が生んだ、新たなチャレンジ
しかし、7人の挑戦は終わらない。次に取り組んだのは、「無袋りんご」の生産である。
一般的に、りんごは実が大きく育つ過程で袋をかける。この作業は元来、病害虫や枝ズレによるキズを防ぐために行う作業だった。今では袋をかけることで、りんご全体が均一に赤く着色し、見た目がよくなるという理由で常識的に行われている。
7人は、これに疑問を持ったのだ。りんごは日光を浴びることで、甘味が増す。葉の陰で色に少しムラがあるのがりんご本来の姿であり、無袋りんごのほうが甘くておいしいはずだと考えた。そこで、あえてりんごを袋で覆わずに、十分な日光を浴びせながら育てることにしたのだ。
ところが、無袋りんごを認知してもらうのは容易ではない。消費者目線では色ムラがあるりんごよりも、均一に色づいた真っ赤なりんごのほうが、甘くておいしそうに見えて好まれる。そのため農協では、なかなか受け入れてもらえない。自力で販路を開拓しようと、1981年「無袋りんご直売組合」を設立した。
営業活動を展開する中、群馬県の生協が無袋りんごに興味を持つ。
「それほど味に自信があるのなら、試してみようといってくれたそうです。さっそく送ったところ、高い評価を得て、取り扱ってもらえることになりました」
これを機に、東京をはじめ、関東圏の生協に無袋りんごの販売ルートが広がっていく。手つかずの原野を買い上げて自らの手で開墾し、新しい方法でのりんごづくりを確立させようとする7人の若者たちは、いつしか「7人のサムライ」と呼ばれ、県内外で話題となっていた。
葉とらずりんごが市民権を獲るまでの挑戦は、さらに続く。りんごの実が赤くなる秋に行う「葉摘み」という作業は、果実の周囲に繁る葉を摘むことで、りんごの表面をムラなく、赤く色付ける。袋がけと同様に、りんごの見た目をよくする目的で、当たり前に実施されているのだ。
その作業に疑問を持ったのは、1人の生協職員だった。1990年頃のこと、ちょうど葉摘み作業を行う時期に、ゴールド農園へ見学に来ていた首都圏の生協職員から「なぜ葉摘みをするのか」と聞かれたという。
「素朴な質問でした。色をしっかりつけるためだと説明したところ、今度は『葉摘みをすると、味がおいしくなるのか』と聞かれたのです。実は、葉摘みをしても味がよくなるわけではありません。むしろ、実に栄養を送るべき葉を摘んでしまうわけですから、味が落ちるといわれることもあります。そこで、葉を摘まないほうが瑞々しくて糖度も高く、おいしいことを説明したところ、『それならば、見た目は多少悪くてもいいので、葉を取らずにつくってみてください』といわれたのです」
この言葉をきっかけに、葉摘みをしないりんごづくりが始まった。そして1992年秋、最初の葉とらずりんごが収穫期を迎える。
「味は好評でしたし、私たちも自信がありました。日光を十分に浴びた葉から、養分をたっぷりと送り込まれた葉とらずりんごは、従来のりんごとはおいしさが別格ですから」
「有袋」と「無袋」のりんごを比べると、無袋りんごのほうが約1度、糖度が高くなる。無袋栽培の葉とらずりんごであれば、糖度はさらに0.5度増すという。また、葉を摘まないことで、蜜も入りやすい。
「ただ、一部のりんごは予想以上に色づきが悪く、売り物になりませんでした。木の内側は葉の茂みに隠れて、実に日がまったく当たらず、真っ黄色だったのです。それでも完熟しているので食べられるし、おいしいのですが、さすがに少しは赤みがないと売れませんでした」
そこで、栽培方法を改善するため、試行錯誤を繰り返す。木の内側まで日光が入るように、枝を多く切り落とすほか、枝を支える支柱をたくさん入れるなど、すべてのりんごに色がつくよう、工夫を重ねた。
こうして、現在の葉とらずりんごが完成したのである。おいしいものを追求しても、一般的な規格と違うものでは、既存の販売ルートでは流通が難しい。それでも諦めず、ブレずに「日本一美味しいりんごを作ろう」という意志を脈々と継いできたからこそ、ブランドとして全国で売り出せるレベルに達したのだ。
りんごの表面に残る葉っぱの影こそが、見た目重視の栽培をやめて、味を追求した証しだ。
深刻化する課題に、味だけではない価値
では、この葉とらずりんごがなぜ、持続的な農業につながるのか。おいしさを追求することでたどり着いた、袋がけと葉摘みを“やらない”という選択には、りんごの味をよくする以外に、大きなメリットがあったのだ。それは、労働力の軽減である。「春と秋は、どうしても人の手がかかりますが、その間の着色管理に関しては、非常に楽なわけです。夏場はムダな枝を切るとか、支柱をたくさん入れるなどの作業がありますが、従来の工程に比べると、圧倒的に短時間で管理できます」
こうした同社の新たなりんごづくりに共感、賛同して、葉とらずりんごをつくる農家がどんどん増え、現在では500軒を超えるまでに至っている。それほどまでに、農家の高齢化や人手不足は深刻化していたのだ。省力栽培をブランド化したゴールド農園の功績は、非常に大きい。それに伴い、同社のビジネスも大転換期を迎えている。現在は、葉とらずりんごを栽培する農家からりんごの販売委託を受ける事業が柱となっており、自社生産農園は約1.5ヘクタールに留まるという。
対等な関係性を大切に、次はアジア市場の開拓へ
その一方で、葉とらずりんごはキズがついたり、色づきが極度に悪かったりするものが一定数出るため、それらを生食用ではなく、加工品にして販売する事業も展開。ゴールド農園では、完熟の生りんごの果汁100%「りんごジュース」を自社で製造するほか、「りんごジャム」も委託製造し、廃棄するりんごをゼロに近づけようとしているのである。参画する農家としては、値がつかないりんごが減ることは願ってもない。フードロス削減にもつながるため、社会的にも意義のある取り組みだ。
(写真左)キズのあるもの、極端に色づきの悪いものも、100%ストレートりんごジュースに加工して無駄にしない。
(写真右)生で食べても十分おいしいりんごを加工した商品は、「葉とらずりんご」とともに人気を博している。
「7人のサムライ」が抱いた、
「農家の暮らしをよくしたい」という
想いをしっかりと守り続けたいと語る、
石岡繁行社長。
こうしたビジネスモデルでは、販売を委託する側とされる側で、パワーバランスの偏りが生まれることもあるだろう。しかし、生産農家との対等な関係構築を重視しているのも、ゴールド農園の特徴だ。農家は生産者団体「りんごの会」を組織し、年間を通じて各種研修やイベントを開催するほか、ゴールド農園に対してさまざまな要望提出も行う。石岡社長は、「当社は生産者からスタートし、農家の暮らしをよくするために取り組んできた組織です。生産と販売、互いになくてはならない存在ですから、対等な関係性を大事にしたいと考えています」と語る。
ゴールド農園はSDGsの標榜こそしていないものの、地域経済を支える農業を持続可能なものにするべく、創業当初からさまざまな挑戦を続けてきた。実際、りんごの価格はここ数年で上昇し、農家の収益も向上しているという。
「20年前、農家では食えないと多くの若者が県外に就職していきました。しかし近年は、後を継ぎたいという若者が増えています。農業でも、十分な収入が得られるようになったからでしょう」
一方で、同社自体にも、人手不足の波が押し寄せている。工場での選果・梱包作業は機械化が進むものの、まだ、人の手に頼る部分が多い。実際、工場内では、地元の女性たちがたくさん働いている。彼女たちにとって、よりよい職場環境を整備するために、ゴールド農園は保育所と提携するなど、福利厚生面にも力を入れているという。
「社員の平均年齢が高くなる中、今後、事業を維持拡大していくためには、若い人材の獲得が重要です。そのために、希望に沿った勤務形態や配置転換など、働きやすい環境づくりに努めています」
現在、本社工場の近くに新たなリンゴ集出荷貯蔵施設を建設中で、2024年3月に完成予定だ。AI選果や作業ロボットの導入で、さらなる省力化を図る。新旧2つの工場を合わせると、りんごの出荷量は約2倍に増えるため、今後は、台湾を中心としたアジア向けの輸出事業を本格化させる計画だ。
60年前、7人の若者が見た夢は、長い月日をかけて実を結び、さらに大きな成長を描く。ゴールド農園がつくり出す未来に、期待が高まる。
(写真左)りんごの選果をする地元の女性たち。
(写真中央)AIやロボットを使い、りんごの出荷量が大幅に上がる。
極端に見た目が悪いりんごは、加工用に振り分けられる。
(写真右)建設中の新工場。
機関誌そだとう215号記事から転載