中小企業には、重厚な経営資源と底力がある
東京中小企業投資育成株式会社 代表取締役社長・安藤久佳
このたび代表取締役社長に就任いたしました、安藤久佳です。大任をお受けしたからには、誠心誠意、職務に尽力する覚悟でございます。皆様には、今後とも一層のご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。
とはいえ、私のことをご存じない方がほとんどだと思いますので、まずは自身について少しお話しさせていただきたいと思います。
東京中小企業投資育成株式会社
代表取締役社長
安藤久佳
事業承継対策の課題。求められる支援とは?
1983年に通商産業省(現、経済産業省、以下、経産省)に入り、中小企業庁(以下、中企庁)の長官、経産省事務次官を経験してまいりました。経産省に在籍した38年間の中で、印象深く心に残っているのが、中企庁長官時代に力を注いだ、中小企業の事業承継対策です。
日本企業の99.7%は中小企業であり、わが国の雇用においては7割ほどを占めています。そのため、中小企業の存立が危うくなると、日本経済そのものに大きな悪影響をもたらしてしまうわけです。しかし、1999年には約485万社あった中小企業は、2018年に約360万社まで減少し、その後も年に数万社ほど減り続けている。この原因の1つといえるのが、事業承継の難しさにあると考えています。
後継者が企業を承継する際、取得した自社株式には贈与税や相続税がかかります。業績好調な企業であれば、億単位になることもあるでしょう。この負担の大きさから、あるいは、自分と同じ経営者の苦労を身内に味わわせたくないという思いから、トップ自身で廃業を選んでしまうケースが少なくないという現実がありました。
ただ、会社をたたんでいく中小企業の中には、高い技術力や優秀な人材などの貴重な経営資源を持っていらっしゃるところもあります。そのような企業が廃業していくのを避ける方法はないか──そのような思いもあり、事業承継税制の大きな改正に取り組ませていただきました。
この税制を活用すると、一定の要件を満たせば、後継者が取得した自社株式にかかる贈与税や相続税の納付が猶予されます。
一方で事業承継問題は、このような税負担を実質ゼロにしただけで解決できるほど、単純な話ではありません。
例えば、経営者が事業承継によって第一線を退くことについて、相談できる場所がないことも1つの課題でしょう。同業の集まる会合などで相談できる問題ではありませんし、会社の信用問題になりかねないため、あまり外部に話を持ち込むのは抵抗感があるのです。身内や社員、あるいは第三者への承継を検討したいが、どうすればいいかわからず、1人で悩んでいる経営者は、潜在的に数多くいるのではないでしょうか。
他方、中小企業が持っている、一芸に秀でた技術力や経営資源を必要としている他企業は少なくありません。この両者をいかにマッチングできるか、その点もとても重要なのです。すでに、M&Aを支援している機関や、コンサルティングを行っている企業もずいぶん増えてきました。けれども、支援を必要とする企業に対し、全て支援が行き届いているかというと、必ずしもそうではないケースもあるのです。
また、サポートをお願いする組織や機関の選び方も、実はなかなか難しい。基本的に、自分たちが持っているネットワークの中でマッチング先を探すため、地域性が強い組織や機関だと、エリアがかなり限定されてしまいます。そうではなく、日本全国から最良のマッチングを実現できる良質な情報ネットワークを、どのようにつくっていくかというのも大きな課題でしょう。
こういった中小企業経営者のさまざまな悩みにフィットした、きめ細かい対策を複合的に組み合わせていくことが、本当の中小企業支援なのだと考えています。
高い意欲と能力を、いかに発揮してもらうか
私が中小企業の課題に着目するようになったきっかけは、入省3年目のこと。当時、私は中企庁で係長を務めていました。プラザ合意の年で、猛烈な円高によって、わが国の経済を支えてくださっている中小企業の方たちが苦しい状況に陥ると、日本中で大騒ぎになっていた時期です。国としては、何とか倒産を回避するだけでなく、市場を海外から国内へ移すことも含めた広い意味での事業転換をお願いしていたのですが、ある日、老舗中小企業の会長から中企庁へ抗議が届きました。
「急激な円高によって、年末は越せない」という内容です。
結論をいえば、その会社は危機を乗り越えられたのですが、大きく為替が激変するという難局にどのように対処したのか、興味を持った私は、その会社を訪問しました。
そこで目の当たりにしたのは、長年荒波に揉まれながら築き上げた、重厚な経営資源であり、中小企業の底力です。その技術力や人材をもってしても、同社の会長は「徐々に余力はなくなっていく」とおっしゃった。この言葉が、私にとっては非常に印象的だったのです。すばらしい力を持っている中小企業が廃業してしまう前に支援できるよう、目の前にある難局を乗り越える一手も重要ですが、加えて、先を見据えた中長期的な政策も行わなければならないと、強く思ったのでした。
ただその一方で、中小企業支援の難しさも感じることになります。
資本主義国家において、企業経営はあくまでも自助努力によって成り立っている。そして支援の対象である中小企業は多様でその数も多いのです。この前提があり、中小企業支援の予算は、その数に比べると潤沢にあるとはいえないのが現実です。支援するうえでも、予算を最大限に活かす方法を考え、工夫しなければ、単なる“ばらまき”で終わってしまう危険性すらあります。
そのため、高い意欲と能力を持っている中小企業の皆様に、その力を存分に発揮していただくための対策をどうしていくか。また、そのような地域、あるいは分野の中核となり得る企業を支援することで、その企業が周辺の中小企業と連携して全体を盛り上げる活動をしていただけないだろうか、という課題意識をずっと持っていました。
例えば、ある地域に航空機部品を製造するメーカーがあります。その会社は中小企業でありながら、航空機分野のグローバル企業から信頼を得て、直接取引をしているのです。一方でその周辺には、その分野ではすばらしい技術がありながらもグローバル企業との接点がなく、世界のマーケットへ飛び立てない会社がいくつもありました。そこで、この信頼を得ている航空機部品メーカーを支援することで、同社が中核となり、周辺の実力ある企業を引き上げていく活動をしていただいたのです。もちろん、その活動に賛同していただけるかどうかは、経営者の判断次第でしょう。中核となり得る企業にとって、周辺企業を引き上げるということは、自社のビジネスチャンスを他社へ提供することにもつながりかねませんから、容易には賛同できないという側面もあります。
また、どの企業を重要だとして支援するかという選択も簡単ではありません。企業の重要度は、評価者によって変わるものだからです。これも、中企庁での経験で、強く思い知らされました。支援すべき中小企業を選ぶ際、一部の人間が抱く印象や意見だけで決めてしまうと、判断基準の違いから、どうしても光が当たらない会社が出てきてしまうのです。
このように、さまざまな経験から感じた想いを、これから投資育成の活動にも落とし込んでいきたいと考えております。
目的を見失わずに、活動を徹底的に追求する
私は、政策はサービス業であると捉えて、取り組んできました。良質な内容を提供し、皆様に「使ってよかった!」と感じていただくことを大切にしてきました。まさに、世の中のサービス業と同じ考え方です。
企業活動でも、政策においても、何件利用してもらえた、予算を100%消化した……といった定量的な評価は重要です。しかし、もっと大切にすべきなのは、利用してくださった方にどのような便益を提供できたのか。これがもっとも重要であり、政策の目的と考えています。ここを見失わないよう、常に自分たちの活動はサービス業であることを忘れずに、そのお客様である国民の皆様に満足していただくことを目指していかなければなりません。
投資育成の事業も同様です。「使ってよかった!」と感じていただける投資と育成を行っていきたいと考えています。投資先の皆様や、これから投資育成を利用しようと考えていらっしゃる皆様が抱える課題やお悩みに対して、投資、そしてさまざまな育成支援を通じて解決へとつなげていく。
その結果、そうした中小企業の経営資源拡充や技術向上、販路開拓、従業員の幸せなどを実現できるように、当社業務の内容を模索していきたいと思っています。
アリババグループの創業者であるジャック・マー氏は、1日をどのように過ごしているのかという質問に対して、「人が何を求めているのか」をひたすら考えていると答えたそうです。先端的なビジネスモデルをつくり出した人物ですから、テクノロジーの世界を語ればきりがないはず。しかし、それよりも今、または近い将来のニーズを突き詰めているという言葉には、多くの含蓄があると感じます。
投資育成としても、投資させていただいている、あるいは、投資させていただきたいと考えている中小企業の皆様が、何を求めているのか、何を必要としているのかを徹底的に追求していかなければなりません。
同時に、中小企業の皆様にお会いするときにはいつも、市場が求めている商品やサービスは何かを、ひたすら考えていただきたいとお願いしています。その先にある、中小企業が活気づいて、さらなる成長を実現する道を、皆様とともに歩んでいきたいと願っています。
機関誌そだとう215号記事から転載