“ひと”が集まる企業の秘訣

幸福感が、活発で強い組織をつくる

~まずは「ウェルビーイング」、次に利益と考える覚悟と挑戦~

総論 慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授 前野隆司さん

 

近年、企業における「ウェルビーイング」への意識が高まっている。健康経営や働き方改革への取り組みとともに、年々需要が増えていることが背景だ。そもそもウェルビーイング(Well-being)とは、「健康」「幸福(幸せ)」「福祉」を包含する概念で、つまり体と心と社会の「良好な状態」を意味するもの。「幸福学」を専門とする慶應義塾大学大学院の前野隆司教授は、「健康経営や働き方改革とは異なり、ウェルビーイング経営は〝社員を幸せにする経営〟という意味で使われることが多いです」と説明する。

なぜ今、社員を幸せにする経営が重要なのだろうか。
「実はさまざまなエビデンスや研究結果が報告されていて、幸せを感じている社員は、そうでない社員に比べ創造性が3倍、生産性が1・3倍高く、離職率や欠勤率が低い。また、ミスをしにくい、売り上げが高いなどのデータも出ており、企業経営の観点から注目されているのです」

たしかに、日本企業の生産性の低さは、国際比較でよく指摘される。
「日本企業は生産性が低いと同時に、働き手の仕事へのやりがいや自己肯定感が低いことがわかっており、その点からウェルビーイング経営との間に大きな関係があると私は見ています。要するに、やりたくないと思いながら仕事をすると、生産性が落ちるわけです。やる気があると、電話で確認しようとか、早く仕事に取りかかろうと思い、効率が上がる。やる気がないまま仕事をすると判断力も鈍るし、ミスも起きる。また、幸せな状態では社員同士や顧客とのコミュニケーションも積極的に取れているので、良い人間関係を構築でき、生産性向上につながります」

ここでよく誤解されるのは、幸せな会社とは、緩い会社なのではないかということ。幸せに働くというと、給与や福利厚生が充実し、残業がなく、楽に働ける職場だと捉えられがちだ。しかしウェルビーイングとは、そういうことではない。単に緩く働くだけでは、働き手のやりがいにつながらず、必ずしも幸せにつながるとはいえないからである。

この働き手にとっての幸福を生む大事なポイントが、「幸せの4つの因子」だと、前野教授は語る。同氏が提唱する「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」の4因子だ。
「やってみよう」は自己実現と成長の因子で、やりがいを持って生き生きと働ける状態である。「ありがとう」は、つながりと感謝の因子で、信頼関係で結ばれた相手がいて、その人たちのためならがんばろうという状態。「なんとかなる」は前向きと楽観の因子で、チャレンジ精神に満ちた積極的な姿勢だ。「ありのままに」は独立と自分らしさの因子で、100人100通りの個性を発揮し、創造性のある新しい価値が生まれやすい状態を表す。

「この4つの因子を満たしていることが幸せな状態です。元気にやりがいにあふれて活発に働くほうが、ただのんびりと楽に生ぬるく働くよりも幸せなわけです」

 

優秀な人材が集まり、生き生きと働く好循環

これら4つの幸せ因子を満たすために、経営者は何をすべきか。前野教授は、「経営者は社員を家族だと思えばいいのです。一人ひとりが幸せに生き生きと、やりがいとつながりのある状態で働くためにどうすればいいかを考えれば、自ずと答えは出るはずです」と述べる。

その際、参考になるのが、社員の幸せに着目し、成功している企業の取り組みだ。例えば、徳島県にある西精工が挙げられる。自動車や家電に使用される小型・極小パーツやナットを製造する、社員約250人の会社である。同社は20年以上前から「挨拶」「掃除」「コミュニケーション」の3つを徹底してきた。
「毎日、大きな声で、相手の目を見て『おはようございます!』とあいさつする。そこから調子が良さそうだねとか、元気がないねとか、会話をすれば様子がわかり、たったそれだけでも幸福度は上がります。掃除も、人間はおもしろいもので、外がきれいになれば心の中もきれいになり、誠実で倫理的な態度をとるようになる。西精工では毎日、チームごとに朝礼を約1時間行い、自分のミッションと1週間の予定を共有、その日やるべきことなどを話し合っています」

他にも、長野県で寒天の製造・販売を主力とする伊那食品工業は、社員が約500人の企業だ。同社では毎朝1時間、社員が自主的に、東京ドーム2個分もの面積がある会社のガーデンを、手分けして掃除する。
「みんな本当に生き生きと楽しそうに、掃除をしています。きれいになると来訪するお客さんも、自分たちも気持ちがいい。利他の心も培われ、感謝の気持ちが生まれます。持ち場はあえて決めておらず、日々、各自で決める。そうすると視野を広くして、役割分担をするため、経営者マインドを養うことにもつながる。掃除は気付く力の訓練になると、同社の社長はおっしゃっています」

これらの会社は業績好調で、地方の中堅・中小企業でありながら、求人倍率も非常に高い人気企業だ。
「こうした独自の企業文化を醸成することで、やる気のある優秀な人材を採用でき、その人たちが生き生きと働くため生産性が上がって、イノベーティブな製品やサービスが生まれる。そして業績が伸びていくという、好循環が生み出されるのです」「挨拶」「掃除」「コミュニケーション」──。当たり前だと思う経営者もいるかもしれないし、すでに取り組んでいる企業もあるだろう。しかし重要なのは、形だけではなく、その前提としてトップの強い理念があること、そして、それが浸透していることだと、前野教授は指摘する。「大事なのは経営者が恥ずかしがることなく、本気でウェルビーイングに取り組む姿勢を打ち出すことです。『ウェルビーイング第一、利益第二』を理念に掲げ、利益の追求よりも前に、社員の幸せがあることを、全社的に堂々と宣言するべきでしょう」

中堅・中小企業こそ、本気で取り組むべき

また、ウェルビーイング経営は中堅・中小企業こそ実践しやすく、結果も出しやすいという。
「VUCAといわれる先の読めない時代、臨機応変に会社の方向性を考える必要があります。中堅・中小企業は舵を切ればすぐに方向転換できるため、小回りが利きますが、大企業はゆっくりとしか向きを変えられませんから」

今こそ、中堅・中小企業経営者の覚悟が試されているといっても、過言ではない。さらに前野教授は、会社を率いるトップに向け、次のようにエールを送る。
「最初はきついかもしれません。一時的に利益が減少する可能性もあるため、一度は挑戦しても、やめてしまう企業も多いです。そこは、苦しくても耐えていただきたい。幸せな社員は創造性も生産性も高いですから、取り組んでいくうちに、着実に利益へ寄与してきます。収益はあとから必ずついてくる、これがウェルビーイング経営の神髄です。先駆者、成功例はたくさんあるので、信じて挑戦しましょう。幸せな経営の実現を、心から願っています」

 

話を聞いた方

慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科 教授
前野隆司さん

1962年生まれ。東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。博士(工学)。キヤノン勤務、慶應義塾大学理工学部教授を経て、2008年より現職。2011年から2019年まで、同校システムデザイン・マネジメント研究科委員長を務める。カリフォルニア大学バークレー校Visiting Industrial Fellow、ハーバード大学 Visiting Professorを歴任。『幸せのメカニズム実践・幸福学入門』(講談社)など著書多数。

機関誌そだとう214号記事から転載

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