新鮮味は、仕事への大きな原動力になる
CASE②株式会社小林ダイヤ
「当社でつくる製品の約99%は、ダイヤモンド工具(以下、ダイヤ工具)です。それに特化して製造するメーカーは、私の知る限り、小林ダイヤが日本で唯一でしょう」
胸を張ってそう話すのは、今年、創業50周年を迎えた株式会社小林ダイヤの元木淳平社長だ。
元木淳平社長
- 主な事業内容:
- ダイヤモンド刃物工具の製造・販売および、再研磨・修理、機械器具の販売
- 本社所在地:
- 静岡県浜松市
- 創業:
- 1973年
- 従業員数:
- 43人
ダイヤ工具とは住宅用外壁材、内装材、木材、樹脂、アルミなどの非鉄金属、CFRP(複合炭素繊維)などの難削材を切削、加工する際に使う工作機に取り付ける切削工具である。ハイス・超硬などさまざまな素材からつくられるが、同社ではダイヤモンドを使うことに特化しているのが最大の特徴だ。ダイヤモンドは他素材に比べ、硬さや熱の拡散性に優れ、精密で高精度な加工、刃物の長寿命化などの特性がある。
「ダイヤ工具を扱うことは競争力につながる半面、相応にリスクもあります。製作過程に使用する加工機械などに多額の投資が必要です。さらに、高度な加工技術も求められます」
そうなると、同業他社はダイヤ工具に特化するのが難しいわけだ。
「ダイヤモンドは、熱すると反り返る特性があります。反り返らないようにロウ付け(異種金属を接合する方法の一種)する技術を身につけるまでには、長い時間がかかる。また、刃物の角度や刃の数など、当社は創業以来、その技術向上に力を注ぎ、他社には真似できないノウハウを日夜培ってきました」
その言葉どおり、同社のダイヤ工具は優れた耐摩耗性や高い加工精度が認められ、 住宅や自動車、電子回路基板、非鉄金属材料など幅広い製造業のトップ企業から選ばれ、高く評価されている。高い技術力に裏打ちされた確かな需要があるからこそ、次なる製品開発や生産性向上のための大規模な設備投資も厭わない。
「当社のダイヤ工具はほとんどがお客様の要望に応じたオーダーメイドですから、価格は安くありません。日々、最先端の加工機械を導入し、他社では対応できない工具をつくっているという自負があります」
最先端設備の継続的な導入とともに、ダイヤ工具ならではの高度な職人技術も確実に引き継がれている(写真左)
小林ダイヤが提供する製品の一部。
これほど多種のダイヤ工具を、オーダーメイドで製作している中小企業メーカーは珍しい(写真右)
刃物を、デザインする。──小林ダイヤのモットーだ。全社員が「刃物デザイナー」の意識を持ち、顧客の要望に合わせ、ハイレベルで最適な提案ができるよう、それぞれの人材が努めているからこそ、価格に転嫁できる付加価値が生まれている。
そのためにも、ベテランから新人まで、社員一人ひとりが前のめりになって、中長期的に技術を磨き続けなければならない。その原動力は、一体どこにあるのだろうか。
多能工化を図ることが、さらなる成長意欲向上へ
先代社長の小林修氏が工業用刃物の研磨業として創業し、1977年には国内でいち早く、チップソーにダイヤモンドをロウ付け加工したダイヤ工具を製造。そのパイオニアとして技術を培ってきた同社は、順調に事業拡大を続けていた。そんな中、2012年に入社した元木社長の目に映ったのは、驚くことに、仲はよくても共通する目標意識を持たない社員が多くいる職場だったという。現在の姿からは想像もつかない。
「重要なものづくりの一翼を担っていることはわかっていても、自社ブランドを前面に打ち出していなかったこともあり、社員から仕事に対するプライドと成長意欲が感じられませんでした」
従来、同社の刃物は商社を通じて販売していた。いわば裏方のような存在で、小林ダイヤの社名が表に出ることはほとんどなかった。そこで2015年、自社単独で初めて業界の展示会に出展し、ホームページを大幅リニューアルするなど営業体制を刷新。顧客への直接販売網を確立するスタイルに、大きく舵を切った。
「小林ダイヤの社名やブランドを前面に打ち出すことにしました。この戦略により、お客様の数が2倍以上に増えたのです」
受注が増えると同時に考えなくてはならないのが、人材育成だ。そこで強化し始めたのが、「スキルアップ」活動である。製造部門の社員全員が年間目標を立て、最低でも年に1つ、新技術習得を目指す。
小林ダイヤには刃物の種類に応じて、5つの製造課がある。各課にそれぞれ製造加工、測定、マーキングなどの業務があり、基本的に分業制だ。そのためベテランの技術者でも、自身が担当する仕事以外はわからないというのが実情だった。
「何らかの理由で1人が欠けると、全体がうまく回らなくなり、品質や納期に支障をきたしかねません。そうした事態を避けるためには、誰もが自身の能力を向上させ、担当業務の垣根を超えたさまざまな仕事をこなせることが重要です。そこで、担当者に教わりながら新しい技術を習得していく『スキルアップ』という取り組みを始めました」
ジョブローテーションによって、複数社員が最新設備を操作可能になる
これは通常業務と並行して実施するため、当初は残業が増えるなど、不満や反発もあった。しかし、根気強く続けていくと、次第にサポートし合う協力関係が生まれ、今ではほぼ通常の業務時間内で完結するようになった。製造部門である程度実績ができたことで、現在は管理部門にも展開している。
このように全社員の多能工化を進めているが、実は、ここには別の狙いもあると元木社長は語る。
「社員の成長意欲が不足している原因の1つに、仕事のマンネリ化があると考えました。いつも同じ業務ばかりでは、飽きてしまうでしょう。スキルアップの取り組みによって、仕事に飽きることなく、また互いに教え合うため、社内チームワークもよくなったことは間違いありません」
社員が長く技術を磨き続けられる小林ダイヤの強みには、新しいことに挑戦する風土を醸成し、常に、業務に新鮮味を持たせるという工夫があったのだ。まさに、戦略的ジョブローテーションである。
スーパー営業マンは、製造現場から生まれる
同社では、スキルアップ活動の成功をもとに、さらに一段階高めた取り組みも行っている。2019年、30代前半の元金融マンを、初めての営業専属社員として採用した。注目すべきは、営業として入社したにもかかわらず、実際の商談へ出たのは2023年1月からということだ。なんと入社から約3年間、5つの製造課をそれぞれ半年間ずつ回り、すべての製造、設計を経験。満を持しての営業現場投入となったのである。
「当社では『技術営業』とうたっていますから、ただの営業ではなく、『スーパー営業マン』をつくりたい。製造工程を知り、そこに携わる技術者一人ひとりの顔がイメージできないと、営業現場で即判断はできません。それでは同業他社と同じ提案しかできないでしょう。当社の営業に求められるのは、製造の知識を持ち、その場でお客様の困りごとなどを解決する提案営業をできる力です」
営業マンと製造メンバーのコミュニケーションは、非常に重要だ
製造業において、営業と製造部門間での摩擦が起きることは少なくない。ならば、営業が製造現場を経験すればいい。わかっていても、実践するのは簡単ではないはずだ。
「例えば、若い営業担当者であれば、製造現場のベテラン技術者にはお願いしにくいこともあるでしょう。しかし、半年間でも一緒に働いた経験があれば、そうしたことも起きにくいですし、お互いの事情もわかる。ですから、営業に製造を学ばせるのは、社員同士のコミュニケーションを強化する狙いもあります。採用段階で、そうしたこともすべて伝えた上で、当社にきてもらうのです」
現在、2020年に採用した新卒の営業担当者が、製造部門で技術習得に勤しんでいる。来年から、ようやく営業に出る予定だ。
そうした実績を踏まえ、今後は製造部門内でもジョブローテーションを進めていく計画だという。すでに2023年1月に中途採用した設計・CAD担当者も、同じように2年間、各製造現場などを経験してから、所定部署に就く予定だ。2024年4月からは、若手3人を1組にして、4年間かけて全部署を回り、製造すべての技術を習得する。社員の多能工化を深化させるとともに、社内コミュニケーションのさらなる円滑化、充実化を図っていく。
自信と誇りを育て、さらなる事業拡大を!
新技術の習得に力を入れる一方で、アイデアの創出に向けた取り組みも欠かさない。元木社長は就任直後、2015年に「新型刃物コンテスト(通称、ハモコン)」をスタートした。これは、5つの製造課が新しい刃物のアイデアを競い合う社内イベントだ。それまで、設計は創業者がほぼ一手に担っていたため、従業員は設計図に基づき、つくるだけだった。
「従来は、言われたものを言われた通りにつくることしかしていなかったわけです。しかし、自分のアイデアが少しでも反映された製品がお客様に採用されれば、自信と誇りを持てます。一人ひとりが主役になれば、仕事が楽しくなるでしょう。ハモコンはチーム作業で、コミュニケーションの活性にもつながります」
ハモコンを開催する上で、元木社長は3つの条件をつくった。①評価者である幹部社員は発表内容を批判しないこと、②発表チームのメンバーは必ず1人一案考えること、③世の中にこれまでなかった刃物であること。スタート当初は、刃物が回ると扇風機になるカッターや、刃物にハート形の模様を入れるなど、見た目のおもしろさがあっても製品化にはほど遠い内容が多かったが、そういう内容も否定せず、次につながるように評価したという。すると、回を重ねるごとにクオリティが向上。従来製品よりも寿命を約1.3倍に延ばした刃物など、実際に製品化した工具も現れるようになった。
2023年2月に、8回目となるハモコンが開催された。
毎年、少しずつ趣向を変えて実施され、発表作品はレベルアップしているという。
すでにお客様から高評価を受け、実際に採用されたアイデアもある
その他にも小林ダイヤでは、数多くの取り組みを実施している。若手と中堅社員が部署横断でチームをつくり、2年という期間を定めて業務改善を行う「生産技術連絡会」。隔月で社員が自分の知識を発表する「知識・技術向上勉強会」。意欲的な社員に向け、熟練技術者を講師として毎月開く勉強会など、実に幅広い。
このように人材育成、ひいては社員の活力向上に力を入れる同社だが、もちろん採用にも注力している。
小林ダイヤがある浜松は製造業が盛んで、大手企業も多く、中小企業の採用環境は厳しい。そんな中でも、採用においては工場見学を必須とし、機械に触れて小林ダイヤのものづくりを体験した上で応募してもらう。3次面接まで行う徹底ぶりだ。
そこまでしっかりと会社の雰囲気や風土を理解してもらった上で採用に至るから、ミスマッチは起きづらい。そして入ったあとも、常に新鮮な気持ちで仕事に向かうことができる。実際に、これら一連の取り組みが奏功し、社員の離職は減少した。
「技術力では大手にも負けない自信があります。新しい市場や分野を開拓し、事業拡大を図るには、さらなる設備強化と、人材が必要です。採用と育成の好循環で、小林ダイヤを切削工具業界では誰もが知るブランドに育て上げたいと考えています」
機械設備の増強で拡張を重ねてきた同社の工場だが、すでに隣接地を取得し、次なる増設を視野に入れている。ダイヤ工具のパイオニアが描く挑戦は、まだ終わらない。
機関誌そだとう214号記事から転載