飛躍する企業の人材獲得メソッド

トップの強いメッセージで、会社は変わる

~他に類を見ない、ユニークなアイデア制度の裏にあるものとは……~

CASE③春日基礎株式会社

 

人材の流動性が高く、慢性的な人手不足が課題となっている建設業界。その中で、さまざまな戦略をとりながら、例年1~2人の採用を着実に実施している会社がある。東京都豊島区に本社を置く、春日基礎株式会社だ。

 

齋藤貢司社長

春日基礎株式会社
主な事業内容:
鉄道や高速道路などのインフラ向け杭打ち工事
本社所在地:
東京都豊島区
創業:
1961年
従業員数:
35人

 

「わが国は、世界に先駆けて少子高齢化が深刻になっています。その解決モデルを世界に提示することは、私たち企業人に課せられた重大な役割でしょう。近い将来、こうした問題がより加速度的に訪れている韓国や中国、台湾などと、人材争奪戦が起こることも十分に考えられます。今ここで、世界の人々から働く国として、ひいては暮らしていく国として選ばれないと、国力は大きく毀損してしまいます」

業界に留まらず、日本の未来を見据えて危機感を語るのは、同社の齋藤貢司社長である。その上で、建設業界を取り巻く環境について、次のように警鐘を鳴らす。
「都内の高級住宅街にあった作業所で、近隣住民から作業着姿で歩き回らないようにと言われたことがありました。当然いい気はしませんでしたが、業界イメージがあまり良くないという現実を、あらためて突きつけられたように思います。大型作業所では空調完備の休憩室はもちろん、きれいなシャワーブースや手洗い所もあり、作業所から出るときは靴洗浄機で泥を落とすのも必須です。その一方で、街中の小規模作業所となると、路上で着替えたり、飲食休憩をとったり、ヘルメットに水を入れて頭から浴びている者さえいる。確かに、これでは地域に与える印象がよいとはいえず、就職したい、あるいは、させたいと思われないでしょう。こうした作業者の就労環境を整備しないと、社会基盤は崩壊していってしまいます」

春日基礎は鉄道や高速道路を中心に、シートパイルやH型鋼、鋼管杭を地中に打ち込む杭打ち工事に特化した専門工事業者だ。
なかでも鉄道の線路内で行う杭打ちは、一般の工事と比べて制約が多いため、職人の熟練技術が必要となり、人材育成には時間がかかる。
「線路上には構造物がたくさんあり、上空には架線が通っていて、小型の建機を使って大型機並みの施工効率で進める必要があります。また、線路内は電車が完全に止まる深夜の2~3時間しか工事ができない。わが社は空間的、時間的な制約がある中で、効率的にクオリティの高い工事をできることが強みです。私たちが1日に1本の杭を打つ現場が、他社なら1週間に1本、あるいは建機を架線にひっかけて仕事にならないかもしれません」

 

制限のある狭い場所での作業を支える、リーダレス杭打機RX1350。
上空に支障物のある現場での低空頭施工が可能なため、精度の高い工事ができる(写真左)。

線路上での工事は電車が止まる夜間の短い時間で行わなければならず、
作業する機械のすぐ上に架線があるため、精緻なスケジューリングと高い技術力が必要とされる(写真右)。

 

そんな同社にとっての悩みは、現場で品質の高い工事を提供できる人材の確保だった。採用に力を入れているのもうなずける。
同社の創業は1961年。建設業界は職人を抱える親方が現場単位で仕事を請け負う慣習があり、春日基礎でも当初は現場ごとに親方と契約していたが、年を追うごとに職人が社員として定着していった。

齋藤社長が父である先代の急逝を受けて会社を継いだ1996年には、今とほぼ同じ社員数になる。当時は中途採用のみで、求人を出さなくても職人からの紹介で十分に人を確保できた。ただ、そうしたリファラル採用ゆえの不安もあったという。
「昔の職人は血気盛んな人も多く、紹介される後輩や仲間も似た者同士でした。もちろん、みんな仕事はきちんとやってくれます。他方、同質性の高い組織は環境変化に弱い。もっとさまざまな人がいる会社にしたかったのです」
今でこそ多様性が声高に叫ばれるようになっているが、その重要性を肌で感じていたのだ。

新たな挑戦で見えた、高卒採用の長所と短所

そこで始めたのが、高校を卒業する若手の採用だった。齋藤社長は足しげく学校へ通い、継続的に採用できる信頼関係を構築。例年1人、多いときで3人を採用した年もあったそうだ。
ただ、課題もあった。3年以内の離職率が高く、長続きしない社員が多かったのである。
「結局、先生も応募してくる高校生も、杭打ちの仕事をきちんと理解してくれているわけではない。現場見学でありのままを見てもらう工夫をしていますが、高校生からすると、『建機に乗って何か作業する』という程度しか実感できないのでしょう。それで入社後にギャップを感じて、離れていってしまうのです」

ニッチな分野で活躍する中小企業でも、事業内容やそのおもしろさを限られた時間や資料の中で端的に伝えることは、簡単ではないだろう。春日基礎も自社の良さを代弁してくれる仲介者を通さない高校卒業生の採用に乗り出したことで、あらためてその難しさを実感したという。

誇りが持てる職場だから、誰かに紹介したくなる

現在は採用チャネルをさらに拡大しており、ハローワークや雑誌・ネットなどの媒体、人材紹介会社といった一般的なルートに加えて、退職自衛官の面接会、業界団体の採用事業、齋藤社長の出身大学で実施しているセカンドキャリア斡旋など、まさに全方位に向けたアプローチを行っている。

 

なかなかイメージしづらいニッチな分野であるため、春日基礎の採用ページではマンガを活用し、
業務内容への理解を深めてもらう工夫を行っている

 

ただ、こうした努力をしている経営者は少なくないはずだ。試行錯誤をしながらあらゆる手段を講じて、それでも思うように採用ができずにいる。解決策を模索しながら、頭を抱えているのが実情だ。
なぜ人手不足が深刻化しているこの時代に、春日基礎は人材を確保することができているのか。実は同社では、リファラル採用が増えているからだ。従前は社員の「地元の後輩や仲間」が中心だったが、現在は春日基礎の仕事内容や待遇などの評判が人づてに広がり、実を結んでいるのである。

コロナ前は、定年者の送別会として海外旅行を行っていた。
写真は2015年、社員全員で韓国に訪れたときのもの

同社と同じように社員からの紹介を募っていても、なかなか具体的な話があがってこないという企業も少なくないだろう。春日基礎の社員が積極的に自社を知人に紹介する要因は、いくつか考えられる。その1つは、ユニークな紹介手当制度だ。
リファラル採用で入社すると、紹介者には、その後継続的に手当てが支給される。それは採用された人が在籍する限り続くので、その後の定着にも協力的になり、そもそも長く続けられそうな人材を紹介してくれるのだ。

ただ、単に金銭的なメリットだけで人が動いているわけではない。中途入社の社員に話を聞くと、「うちは責任と自己肯定感が持てる職場」と返ってくることが多いという。
「わが社はゼネコンの一次請けしかやっていません。二次請けや三次請けの場合、現場だと自社ではなく一次請けの名前で仕事をします。一方、一次請けは自社の看板です。難しい工事が多いですが、それだけに成功させれば顧客から『さすが春日基礎だね』と評価される。これが社員の誇りになり、外からは羨ましがられる要因になっています」

知人に自社を勧める動機としてはもちろん、そうした環境は、勧められた側からしても魅力的だろう。
齋藤社長が徹底して、一次請けとしての仕事を受注し始めたのは、体力のないゼネコンが次々とつぶれていった2000年前後。同氏はその様子を見て、一時的に売上が落ちることを覚悟しながらも、取引先を厳選した。経営安定化のために取った戦略だったが、結果的に社員の誇りにもつながったのである。

社員の自己肯定感を高める工夫は他にもある。各種表彰への積極的な支援だ。
春日基礎には、瑞宝単光章の叙勲者が1人、国土交通省の顕彰である建設マスターが2人、建設ジュニアマスターが1人いる。その他、業界団体やゼネコンからの表彰者も、毎年のように輩出している。
「わが社の社員は学校で褒められたり、何かに合格したりした経験が少ない人が多い。表彰されると本人はもちろんうれしいし、それを見て周囲も『自分だって』と頑張ってくれるのです。だからこそ、機会があれば積極的に推薦します」
顕彰や表彰は業界内だけでなく、家族を含めて社会的にも誇れるものだ。中小企業でありながら多数の受賞者が在籍する同社に、人材が集まってくるのも納得できる。

 

春日基礎では毎年「安全大会」を開催している。社員全員で安全に関する知見を深めつつ、
日頃から意識することの重要性を確認する場だ(写真上)
入社初期の見習い期間から叙勲受賞まで、春日基礎での人生設計をイメージしやすいよう、

採用ページにはキャリアマップが掲載されている(下図)

「健康」をテーマに掲げ、連動した制度を次々と創設

他にも、春日基礎が行っている特徴的な取り組みの1つに、健康経営が挙げられる。齋藤社長が本格的にこれを考え始めたきっかけは、社員の1人が心筋梗塞で倒れてしまったことだった。重度のヘビースモーカーだったという。
「倒れたのは社員旅行の1カ月前。本人が希望するので、医師のGOサインを条件にして韓国旅行へ連れて行ったのですが、その社員も含めて、観光バスから降りた途端にみんな灰皿を探して直行するのです。ガイドが呆れるほど。それを見て、禁煙させないとダメだと思いました」

帰国後早速、非喫煙者に禁煙手当の支給を決定した。喫煙者からは不満も出たが、8割いた喫煙者は徐々に減っていき、現在は2割程度だ。
続けて健康診断で一定基準をパスしていたらもらえる、健康診断手当を導入。ただ、その直前だけダイエットする社員もいたことから、体脂肪率を一定水準以下に抑えると支給される体脂肪手当や、社会貢献を兼ねて献血し、血液検査で問題がなかった場合に支給される献血手当を導入した。

実際、体脂肪手当の基準となるパーセンテージは年々下がっており、社内の健康意識も徐々に向上しているようだ。
「家計の観点から結婚をしない選択や、子供を持たない選択をしないように、全経営者には社員に正当な報酬を提供する義務があると考えています。私はその対応策として、社員の健康維持をしっかりと動機づけ、快適な暮らしを提供し、人員不足の解消へと結びつける日本型解決モデルの実践を始めているわけです。一朝一夕には効果が出づらいものですが、わが国の未来を考える上で、重要なことだと認識しています」

 

 

業界の慣習にとらわれず、会社の未来を考えてさまざまな改革を続けてきた齋藤社長。その想いを具体的な施策に落とし込み、しっかりと全社に発信してきた。
人手不足が問題となっている建設業界でも継続的に採用できている理由は、まさにトップの強い意志にあるのだ。

 

機関誌そだとう213号記事から転載

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