母集団は追わない。狙い撃ち戦法の妙
CASE②フットマーク株式会社
「大きな会社ではないので、一人ひとりの重要性がものすごく大きい。仕事のパートナーとして長く一緒に働くことになるので、よく考えた上で決めてほしいですし、私たちもよく考えて決めたいんです」
採用に込める想いをそう語るのは、フットマーク株式会社の三瓶芳社長だ。同社は1946年、赤ちゃんのおむつカバー製造業でスタート。その素材を活用して水泳帽子をつくり、そこから水着全般、水着素材を利用した健康インナー、さらに大人向けおむつカバー(後の介護おむつカバー)などを開発してきた。
現在は「水泳用品」「介護用品」「健康関連用品」の三本柱で事業を推進している。2022年、セパレート型男女共用水着を発表して話題を呼ぶなど、新分野にも積極的だ。
三瓶 芳社長
- 主な事業内容:
- 校水泳・体育用品、一般水泳用品、プール備品・遊具、介護用品、健康快互用品、マタニティ用品、健康づくりの心身教育ウェア、布製マスクなどの健康衛生用品の企画、製造、販売
- 本社所在地:
- 東京都墨田区
- 創業:
- 1946年
- 従業員数:
- 56人
近年は軽量ランドセル、飛沫防止のリコーダーカバー、撥水機能を備えたアウトドア用品などまで、開発の手を伸ばしている。
「少子化による市場縮小が課題となっています。しかし、人のライフスタイルを突き詰めていけば、1日の中、あるいは一生の中にある困りごとを見つけることで、そこに無限の可能性があると考えています」
フットマークが年間で取り扱う商品は約3000品目。毎年、そのうち1000品目は新商品だというから驚きだ。
その背景には、同社が大切にする「お客様の声」に加えて、それを拾って開発につなげる社員のアイデア──「1/1の視点のものづくり」がある。誰かの声に耳を傾け、その1人のために、常に新しいマーケットをつくり上げてきたのだ。
これを実現させるために、1部門5人程度の少人数組織を基盤とし、それぞれに決裁権を与える。元来、モニターや座談会などで顧客の声を拾っていたが、近年は店舗を毎日4~5件回って情報収集する専任者を置き、毎週その内容を担当部門で練り上げていく仕組みを導入した。
また、社員からさまざまな提案を募る「アイデアボックス」を置くことで、各人の発想力を磨く風土が根づいているのも、同社の高い開発力、商品力の所以だろう。
それに加えて今年度からは、新商品を本気で考えることを目的として、月替わりのテーマに沿った「新商品ネタ」を、全社員が週に1回出すことを目標としている。「癒やし」「冬に売れる商品」などのトピックに合わせて考えられたネタを、新商品チームが審議し、実現していく。
1977年に発売したメッシュ素材の水泳帽子「ダッシュ」は、今もなお、同ジャンルで一番の売れ筋商品だ(写真左上)。
「男女共用セパレーツ水着」(写真右上)は、性別問わず着られるのが特徴である。
2019年にはアウトドアブランド「FOOTMARKNATURAL」を立ち上げた(写真左下:日常でも活躍する「7WAYBAG」)。
また、小学生向けに重さを感じにくいランドセル「RAKUSACKJUNIOR」を開発するなど、最新のニーズを精緻に把握した商品を展開している。
三瓶社長が「フットマークの特徴であり、良さである」と力を込めるのが、こうした取り組みによって培われる「全員経営」の姿勢だ。
「私は採用説明会で必ず、職種で当社を選ばないように、と言います。開発や営業から物流、経理にまで、なんでも興味を持ち、1人で事業を回すくらい気概のある人に来てほしい。なぜなら当社は、各人が主役となる『全員経営』を目指しているからです。自分のアイデアをもとに社内ベンチャーを立ち上げて、自らの発想を実現していく。そういう志向がある人を求めています」
関心度の高い学生にはじめから絞る
フットマークが求める人材像は、「自分で考える人」「人に役立つことを自分の喜びとできる人」「変化に挑戦できる人」。この3点は、まさに経営においても欠かせない視点で、「全員経営」の肝になるものだ。
中途採用は人材紹介会社を活用し、欠員募集時に即戦力を探す。ただ、例えばデザイナーを採用するにしても、創造力を期待するのはもちろん、商品の製造や流通、営業にも関わり、お客様の手に届くまでのコストや方法など、全体の流れを考えられる人材を求めている。そのため、マッチする人に出会うのは至難の業だ。それでも2022年は3人が入社した。
新卒採用も、これまでは大手就職サイトを活用していたが、2018年からは人材紹介会社を通しての採用に切り替えた。
大手の媒体を使えば母集団は集まるものの、大量の応募者から自社に合いそうな学生を絞り込むことは非常に困難であり、手間もかかる。中途採用の経験から、新卒採用でも人材紹介会社を使うことでミスマッチを減らせるのでは、と考えた。特にフットマークは「求める人材像」が明確であるため、事業や会社の風土に関心がありそうな人を厳選して、説明会への参加を呼びかけられる。
その結果、説明会への参加者はこれまでの約10分の1まで大きく減ったものの、募集段階ですでにスクリーニングされているため、良質な「関心度の高い学生」が占めるようになった。効率的にマッチしやすい人材に出会えるということは、それだけ一人ひとりにより時間をかけられるということ。会社と学生の双方の理解も深まり、採用の質も上がるのは間違いないだろう。
また、興味深いことに2022年からは、企業が学生に直接アプローチするオファー型も併用している。事前に学生のアピールを読んだ上で声をかけられるため、より精度が高く、2023年卒の内定者4人のうち、半数はこのチャネルからの応募だった。
トップが送るメッセージは最大のPR効果を持つ
さまざまな工夫をして、できるだけ自社に合った人材を探そうとしていることがわかった。
だが、同社の採用活動におけるもっとも大きな特徴は、実は別のところにある。それは、三瓶社長が説明会から最終面接まで、すべてのフローに同席することだ。学生との最初の接点となる説明会では、同氏が自らの口で、直接参加者にメッセージを送る。
「当社は少人数であるがゆえ、一人ひとりが主役だということ、年齢関係なく早くから仕事を任され、チャンスがたくさんある、といったことも伝えています。実際、そこに魅力を感じている社員が多いですし、ものづくりを志す人にとってはやりがいがあるでしょう」
コロナ禍以前、対面で行っていた会社説明会の様子(写真左)。
三瓶社長自ら、学生たちの前でメッセージを伝えていた(写真右)。
現在はオンライン開催だが、同様に直接話している。
一次面接でも二次面接でも、磯部徳史専務が面接官を務め、質問と回答を繰り返す中、三瓶社長も参加してその様子を観察しているという。三瓶社長は最後に質問があれば、発言をするという形で進行していく。
その後の最終面接で、ようやく三瓶社長がメインで質問をするのだが、実際に聞くことといえば、「好きなこと」「得意なこと」「小学生のときはどんな子どもだったか」など、一見すると他愛のない内容だ。
「こうした質問で、アピールするために用意された言葉よりも、その人のベースがわかるのです。また、最終面接に至るまでの説明会や面接、そのすべてに私も参加していますから、それぞれの様子はすでにわかっている。自分でも記録をとっているので、気になったことを話題にしたり、逆に学生からの質問を受けつけたりしています」
加えて、“自社の実態”をより詳しく話し、「本当に入社を決めていいのか」と強く念押しする。
「採用はその人の人生に関わっていることですから、とても重大だと考えています。短い時間の面接だけで、人となりを深く理解するのは難しいでしょう。それは相手も同じはず。だからこそ、当社のことも可能な限りよく知ってもらい、ミスマッチは防ぎたい。そのためにも、できるだけどちらも正直に、自然な会話ができるようにしたいのです」
こうして入社した学生たちのフットマークを選んだ決め手は、「社内の雰囲気」が圧倒的に多いそうだ。「アットホームさ」という声も寄せられており、入社後のギャップはほぼないという。
三瓶社長が初回の説明会から出席して学生たちを見ているように、学生たちもずっと参加している社長を見て、人を大切にしている雰囲気や、会社の風土を感じとっているのかもしれない。
それがよくわかるエピソードが1つある。三瓶社長は一次面接や二次面接の際、順番を待っている学生に「どこから来たの?」などとフランクに話しかけるそうだ。なるべく緊張感をつくらないように、という同氏の配慮が見える。これもまた、学生たちにとっては会社の雰囲気を感じる一瞬なのではないだろうか。
新事業には新商品!「全社員一商品」構想
同社では、商品開発と同様に、新人研修のアイデアも社員から募っている。毎年採用人数に合わせて考えるため、画一的な研修は行っていない。以前は4~7月に、国内外の工場見学も含み、各部門を一通り回る研修をしていた。それに代わるものとして、会社組織を想定して半年間、新入社員だけで開発や営業などの役割を決め、実際に取引のある顧客と接しながら事業活動をする「株式会社研修」を実施したこともあるそうだ。これは非常にユニークな取り組みである。
ちなみに2023年卒の新人研修では、入社したばかりの4人にフットマークがどんな会社で、どんな強みがあるかなどを調査してもらい、全社員の前で発表してもらうことを企画しているとのこと。先輩社員へのインタビューが必要になるので、他部署のメンバーとも接点が早期にできる、先輩社員にとっても刺激になる、などの効果が期待できそうだ。
そんな同社が今後、より注力していきたいのは、インターンシップ制度だという。過去には半日程度の商品開発体験と、その内容を厚くした3日間バージョンの2パターンを実施していた。これからはより志望度が高く、質の高い人を集められるように、募集方法や実施方法を工夫していく予定だ。
内定者の入社前研修では、実際に展示会での接客を経験する(写真左)。
インターンシップ(写真中央)や先輩社員との座談会(写真右)にも、三瓶社長が参加する。
2013年に完成した、東京都墨田区にある本社
さらに三瓶社長は企業としての展開について、「新事業を大きくしていきたい」と希望を語る。
「そのためには当然、新商品が必要になります。それを生み出せる仕組みづくりや販売などのノウハウを、全社員に知ってもらいたい。さまざまな取り組みによって成功しつつありますが、もっと強化していきたいですね。そうして1人1つ、自分でつくった商品を世の中に出して、使ってもらう。これを全員ができるようになることが、私の夢なんです。そうすれば会社も社員もお客様も、Win-Winになるでしょう。その原点となるのは“みんなの力”。できるだけ早期に、たくさんの成功体験を積ませて、社内をもっと活性化していきたいです」
自分がつくった商品が市場に出て店頭に並び、誰かの役に立ったり喜ばれたりする──ワクワクする「全社員一商品」構想、そしてそれがトップの口から直接語られることは、やる気に満ちた若者を惹きつけるに違いない。
機関誌そだとう213号記事から転載