「第39回 優秀経営者顕彰」地域社会貢献者賞
消費者と真摯に向き合い、業界を牽引する
株式会社アルプス
「つくり手が消費者のほうをしっかり向いて、喜んでもらえるものをつくらなくてはダメ。自己満足のワインづくりをしていては、わが国のワイン市場がどんどんシュリンクしていってしまうと思います」
そう語るのは、長野県塩尻市に本社を置くアルプスの矢ケ崎学社長だ。同社は、創業95年の歴史を誇る老舗ワイナリーでありながら、高品質な「日本ワイン」をより多くの人に飲んでもらいたいと、地元契約農家や自社農園で栽培されたブドウなどの厳選した原料を使い、常に、生産性を向上するさまざまな施策を打ち出し続けてきた。その結果、輸入ワインよりも値が張ることが多い日本ワインで、1000円台という価格を実現し、広く消費者へ届けることに成功している。
矢ケ崎 学社長
1963年生まれ。北海道大学理学部化学科を卒業後、
アメリカのオレゴン州立大学へ留学する。90年、
アルプスに入社し、2013年に現職。
- 主な事業内容:
- ワイン、ジュース、ブランデーの製造・販売
- 本社所在地:
- 長野県塩尻市
- 創業:
- 1927年
- 従業員数:
- 100名
突如、訪れたワインブーム! 目を付けたのは輸入原料
塩尻におけるワインの歴史は、水田に適さない土地を明治政府が開墾し、ブドウを試験的に植栽したことが始まりだ。これにより、大正から昭和にかけて、この地にいくつかのワイナリーが誕生。その1つが、アルプスである。しかし、矢ケ崎社長が入社した1990年頃は日本のワイン需要が伸び悩んでいた時期で、週6日稼働のうち5日はジュースを製造。ワインは週に1日だけだった。そんな状況から潮目が変わったのは、パリで発表された「フランス人に心疾患が少ない理由は、ポリフェノールを含んだ赤ワインをたくさん飲んでいるから」という論文がきっかけだ。これが話題となり、健康志向の日本にも赤ワインブームが到来する。ここで、アルプスは一気にワインづくりへと舵を切ったのだ。
塩尻市では、気候に合って育てやすい“コンコード”と“ナイアガラ”という2種のブドウが主に生産されており、特に甘口のコンコードワインは「赤ワインは渋くて飲みづらい」という人にも受け入れられた。同社はそこに目を付け、コンコードの一大生産地であるアメリカのワシントン州からも原料を仕入れることを決断。安価で美味しいコンコードワインの提供を可能にしたことにより、市場で頭角を現していったのである。
消費者のニーズを常に最優先しているアルプスだからこそ、国産ブドウにこだわらず、いち早く海外に目を向け、まずは手に取りやすいワインをラインアップすることに決めたのだろう。今でこそ、大手メーカーでも同様の甘くて飲みやすい安価なワインを発売しているが、その先駆けは同社だったのだ。
原料を輸入して国内で生産されたワインを「国産ワイン」と呼び、原料生産も製造も国内で行われたものが「日本ワイン」だ。その生産量は、わが国でつくられるワイン全体の約20%だが、同社はそこに可能性を見出し、日本ワインにも力を入れている。
「実は、国内のワイン消費量は減少傾向です。ただ、日本ワインに対する消費者の関心は高く、このジャンルはまだ伸びる。国産原料を活かして日本ワインをどう広めるかが、ワイン業界の行く末を左右するでしょう」
量と質の両取りで、従来のイメージを覆す
「Japan Wine Competition 2022」の
欧州系品種・赤部門で、金賞を受賞した
「ミュゼドゥヴァン リミテッド塩尻
メルロー2020」。
一般的に日本ワインというと、「ブティックワイナリー」と呼ばれる小規模の事業者が細々とつくっているイメージが強いだろう。そのような少量生産の形態で利益を出すためには、品質によらず、どうしても価格を上げざるを得ない。日本ワインに3000円を超える価格帯のものが多いのは、そのためだ。しかしながら、アルプスの看板商品である日本ワイン「ミュゼドゥヴァン」シリーズは、1500円台という手頃な価格から手に入れることができる。
その背景には、やはり「より多くの人に、良質な日本ワインを楽しんでもらいたい」という同社の強い信念と、実現に向けた類まれなる努力があった。「ある程度の量を製造できれば、コストは抑えられる」という考えのもと、約400軒もの地元農家と連携し、さらに自社農園までも開設して原料を確保。工場の製造ラインでは、1時間あたり7500本をボトリングできる設備を導入し、自社農園でも除草作業を機械化して時間短縮を徹底するなど、省力化による生産性向上も積極的に推進したのだ。
また、地元農家と結成した「アルプス出荷組合」では、ブドウの糖度によって価格を設定し、より甘くて高品質なものを仕入れる仕組みがとられている。同社の工場は食品安全管理システムFSSC22000の認証を取得しており、徹底した品質管理を怠らない。こうした量と質の担保を両立させようとする真摯な姿勢が、95年もの長きにわたってアルプスが愛され続けている理由だろう。
つくられたワインは生産性の高い充填ラインで
ボトリングされるのだ。
さらに同社では、従業員から時短などのアイデアを募る「改善提案活動」にも力を入れている。この現場の声を業務に反映していくスタイルも、コストダウンと品質向上に一役買っているという。
「以前は1時間あたり6000本を賄っていたボトリングのラインを、7500本を詰められる設備に変えたのも、従業員からの声がきっかけでした。ほかにも、醸造チームからこんな酵母を使ってみたいと声があがるなど、年間400件近くの提案が寄せられます」
この活動は先代から行われていたが、矢ケ崎社長は就任してから、それまで以上にどんなささいなことでも耳を傾けるようにした。
「私には欠けているところが多い。だから従業員一人ひとりの能力を活かして、会社を良くしていってもらいたいんです。業務効率化できれば、仕事に余裕が出て楽しくなります。従業員の幸福度を上げることが、良質なワインづくりにつながり、消費者にも喜んでいただける。この好循環を、長く継続していきたいです」
こうした高い持続可能性を帯びた企業風土からも、同社の明るい未来を感じる。
見つめる先は広い世界。塩尻ワインシティ構想
世界的なワインの銘醸地として知られる塩尻市だが、今日に至るまで、アルプスの貢献度は非常に大きい。
たとえば、高齢化によって担い手が見つからない農園や耕作放棄地を購入してのブドウ栽培、地元農家との契約、工場や農園における雇用の創出など、その取り組みはさまざまだ。それが、今回の優秀経営者顕彰「地域社会貢献者賞」受賞理由でもあるのだが、矢ケ崎社長は「受賞はもちろん光栄ですが、実は、ローカルという言葉が好きではないんです」と、笑いながら話す。
耕作放棄地を取得し、立ち上げた自社農園「アルプスファーム」。
「地元ばかり見ていては、視野が狭くなってしまいます。塩尻から日本のワイン業界全体を底上げすること、そして、お客様と従業員を幸せにする。それらを叶えようと邁進してきたことが、結果として地域社会に貢献できているのだとしたら、とても嬉しいですね」
ローカルな取り組みではあるが、矢ケ崎社長が見つめる先は、より広大な業界全体の発展。そんなスタンスの象徴ともいえるのが、「塩尻ワインシティ構想」だ。自治体と協働して生産性の高い農園を運営し、地元ワイナリーに卸したり、ワインツーリズムを確立し、塩尻ワインをPRしたりする計画である。それによってワイナリーも農家も街も潤い、塩尻発のワイン文化が日本全国に広まる世界観を目指しているという。
「アメリカのワシントン州では、90軒ほどだったワイナリーが2000年頃から急激に増え、1000軒を超えました。ここまで増えても潰れるワイナリーが少ないのは、ワインツーリズムが確立されているのと、地元住民が日常的にワインを飲んでいるからです。日本は食事と合わせてワインを楽しむ習慣が、あまり根付いていません。その啓蒙も、これからは私たちワイナリーが担っていかなければならない大きな役割です」
エゴやこだわりを一切持たず、「良いものを、安く安全に」と真摯に取り組んできたワインづくり。それは確実に実を結んでいる。先日、「Japan Wine Competition 2022」で「ミュゼドゥヴァン」の1本が金賞を受賞した。消費者からはもちろん、業界内での評価も着実に高まっている。ワインツーリズムの普及とともに、アルプスと塩尻市がますます注目される日は、そう遠くなさそうだ。
東京中小企業投資育成へのメッセージ
投資育成さんは、もはや当社の成長に欠かせない存在です。今後も、忌憚のないご意見を遠慮なくいただきたい。それは必ずや、私たちのさらなる発展に寄与するものだと思っております。投資育成の皆さんは、どなたも本当に人柄がよく、素晴らしいなといつも感心しているんです。これからも、よきパートナーとして、お付き合いいただけると嬉しいです。
投資育成担当者が紹介! この会社の魅力
業務第四部 部長代理
井手一生
この度はご受賞、誠におめでとうございます。矢ケ崎社長が徹底された消費者目線でのワインづくりを行ってきたことが、今回の受賞につながったのでしょう。今後も地域を巻き込みながら会社の成長を描かれていく中で、投資育成としても、これからもご期待に添えるよう、全力でサポートしてまいる所存です。また、私自身一消費者として、貴社のワインをいつも美味しくいただいております。目指すは、全種類制覇です! 今後とも、よろしくお願いいたします。
機関誌そだとう212号記事から転載