新事業成功の方程式

強みを横展開する、ビジネス開拓術

~右肩下がりの業界で、次々と新たなサービスを提供……~

CASE②大日本法令印刷株式会社

 

「出版不況などのさまざまな要因から売上が低迷し、経費削減や生産性向上といった経営の合理化に励みました。しかし、結局のところ悪循環を打破するには、売上を伸ばすしかありません。そこで、自社の強みを徹底的に追究して、先入観にとらわれることなく、新たなお客様やサービスの開拓に努めました」
こう語るのは、大日本法令印刷株式会社の田中達弥専務である。

 

山上哲生社長

大日本法令印刷株式会社
主な事業内容:
製版・印刷・製本および仕分け・発送
本社所在地:
長野県長野市
創業:
1911年
従業員数:
151人

 

創業110年を超える大日本法令印刷を長年支えてきた主力事業は、法令や医学などの専門書に特化した編集、製版、印刷、製本事業だ。なかでも、法令集や判例集などで用いられる、中身の差し替えが可能な加除式書籍や市町村関係の条例集などが売上の多くを占めていた。

しかし、1999年から2010年までに行われた平成の大合併や長引く出版不況により、柱の事業が大打撃を受けてしまう。3200ほどあった市町村は、半分近くまで減った。競合他社も生き残りをかけて、同社が得意とする印刷分野に新規参入してきたために競争が激化し、大日本法令印刷が長らく落札していた省庁の入札案件も、単価が下落して落札できなくなってしまったという。
「当時は、加除式書籍が売上の7割ほどを占めていました。そこが半減しただけでなく、今では、既存の主要取引先も全盛期と比べて2分の1から3分の1にまで減っています。平成の大合併が始まった頃は、出版は不況に強い、そのうち売上も回復するだろうと安易に考えていましたが、そんな慢心はほどなく消え去り、出版各社だけでなく、出版社以外の顧客拡大に向けた営業活動に力を入れる決断をしました」

とはいえ、それまでルート営業しかしてこなかった営業担当者に、新規顧客開拓に取り組めと単に発破をかけただけでは、成果が上がる可能性は低い。そこで何か武器になるような、競合他社が真似できない大日本法令印刷の強みを徹底的に洗い出していくこととしたのだ。

その強みの1つが、数式に特化した組版システム「TeX(テフ)」である。組版とは、印刷物をつくる際、文字や写真、図版などをデザイン・レイアウトに従って配置する作業のこと。それを登録形式で行えるのが組版システムだが、法令や漢文など、それぞれに特化したさまざまな種類がある。なかでもTeXは、数式を扱う機能に優れているものだ。

そもそも、TeXはフリーウェアでありソースコードも公開されていることから、数式を扱う研究者や数学・物理の先生たちの間で広く使われている。そのため、数式を掲載する書籍をつくる際、執筆者がTeXを使って本文データを作成してくることが少なくない。しかし、印刷会社の多くはTeXを導入しておらず、執筆者から受け取ったデータを一度テキストデータに変換して数式レイアウトを組み直す。これはとても非効率で、TeXを利用するよりも何倍も、作業時間やコストがかかるそうだ。
「当社では、97年にTeX組版を稼働させていました。このアドバンテージは他社との差別化になる。そう考え、大学や塾、予備校など、教育機関への営業に力を入れることにしたのです」

この戦略は見事に成功。大手予備校や学習塾で使用するテキストやWebサイトの制作など、それまで接点のなかった新たな顧客との取引が広がっていった。
「近年受注を獲得したリクルート『スタディサプリ』の案件は、HPへの問い合わせがきっかけでした。他社で数学科目に対応してくれる会社が少なく、声をかけてくださったそうです」

 

顧客の要望に最適なものを。フットワークの軽さが鍵

だが、TeXを扱えるようになるだけで数式を扱う印刷物を受注できる可能性が高まるのであれば、競合他社もこぞって導入するのではないだろうか。その点について、田中専務は「時期によって受注量の差が激しい点がネックになる」と話す。

TeXを中心に、多彩な7種の組版システムを取り扱う
「組版システム部門」。

「TeXだけでは、年間を通じて安定的に受注を確保することが難しいでしょう。当社はTeXを含めて全7種類の組版機を導入しており、お客様の幅広いニーズに対応できる体制を整えています。加えて、組版作業をするオペレーターが複数の組版機を扱えるように育成することで、TeX案件がないときは別の案件にアサインするなど、人的リソースを有効活用する努力もしているのです。それに、昔からの継続的な案件やTeXを使わない新規顧客、それ以外の新事業などもあるので、案件ごとに発生する繁閑の波から受ける影響を、最小限に抑えられています」

TeXは、大日本法令印刷が苦境に陥る前から取り組んでいた試みだが、新規顧客開拓を進める中で、自社の強みであると再認識したのだ。それ以外に、キッティング(複数の印刷物などを組み合わせて封入し、製品化すること)や仕分け、個別発送にも対応できる一貫体制も他社にない特長として、顧客拡大へと大いに貢献したという。

出版社が発行する書籍などは、印刷・製本後、取次(出版社と書店をつなぐ流通業者)に納品すれば、全国の書店やコンビニなどへ発送してくれる。しかし、予備校や会員向けのテキストなどは取次を通さずに直接納品するため、キッティングや仕分け、発送を手配しなければならない。同社は、この工程を自社で一貫して行い、顧客の細かいニーズにフットワークを軽く対応できるようにした。

大日本法令印刷の特長である、生産一貫体制を支える
「大型オフセットUV5色+ニスコータ付き枚葉印刷機」。

「新規顧客開拓をしていく中、キッティングや発送に対応してほしいという要望をいくつもいただきました。例えば、あるカーナビの取扱説明書であれば、組版から印刷、製本、仕分け、発送まで行っています。さらに、取扱説明書だけでなく、チラシやはがきの目隠しシールなどをキッティングするところまで対応できるからこそ、受注できた案件でした」

大手小売のスケジュール帳やノートを制作する案件も、自社のスピン(紐しおり)入れ製本技術に加え、スケジュール帳1冊ごとにラベルシールを貼ったり、5冊ごとにOPP梱包してカートン入れしたりする仕分け部隊の存在が大きかったという。
「新規顧客開拓に乗り出した当初は、カタログやチラシなど商業印刷への参入を試みたこともありました。しかし、そこは非常に競争が激しい領域で、他社は当社の10分の1くらいの単価を提示しており、太刀打ちできません。でも、自社の強みをしっかり把握して、それが活かせる領域を見極めていけば、まだまだお客様は見つかるということが、新規営業をしていく中でわかってきたのです」

新設した専門部署が、圧倒的な競合優位性を生む

大日本法令印刷には、もう1つ大きな強みがある。それが、デジタル技術に関する知見とノウハウだ。

同社が電算写植システムを導入したのは84年で、大手印刷会社に比べて10年以上遅れたが、95年には電子出版メディアへの対応にいち早く乗り出している。電子書籍化への対応も然りだ。その後も、印刷工程管理や編集工程管理システム、Adobeアプリケーションに対応したプラグインなどを自社で開発。印刷現場と編集の工程管理をスムーズに行い、人為的ミスを防いで高品質なものづくりを実現する技術的基盤を整えてきた。

この過程で培った技術力を、お客様にも提供するソリューション開発に活かすべく立ち上げられた部署が、企画開発課である。
「印刷会社でも、ソフトウェアやシステム、アプリケーションの開発といったスキルが必要になると考え、03年に発足したのが企画開発課です。これは業界の中でもかなり早く、稀有だと自負しています」

組版、印刷、製本といった生産部門と分離して技術部門を組織化したことで、企画開発課は専門性の深掘りや他部署との柔軟な連携をとりやすくなり、さまざまな新規サービスを生み出す原動力になっていく。

培ってきた技術力を活かし、新たなシステムの設計・開発に
よって
お客さまにソリューションを提供する「企画開発課」。

例えば、「Word文書比較PLUS」は、2つのWordデータを1つの画面に並べて、本文や書式、表、画像などの違いをわかりやすく表示するクラウドサービスだ。また、組版を終えた後に改訂原稿をつくる際の、テキストデータに変換して手直しを加え、再び組版データに戻す手間を省略するソリューションが、「Word IN/OUT」である。書籍組版データから図や表、字下げ、スタイルなどの情報を反映したWordデータを作成できるため、書籍に近い状態で執筆・改訂作業を進めることができるのだ。さらに、今までの法令改正履歴をデータベース化して、必要な部分を検索、一覧表示できる「法令Library」は、法令改正による編集作業で利便性が発揮され、好評だという。
「組版後にWeb上で内容の検索、確認や修正を行えたり、必要なページだけPDFでダウンロードできたりという、デジタル技術を活用した入稿・編集支援システムも、出版社を含め広くご利用いただいています。こういったソリューション開発を外部に発注すると多額のコストが発生するため、お客様のちょっとした困り事に対してきめ細かに対応することは難しいでしょう。その点、当社は社内で企画から開発まで行える体制を整えているので、発注元のニーズに柔軟に応えることができます」

培った技術と開発力を活用し、コンシューマー向けの新たなサービスも誕生している。大日本法令印刷では以前より、三省堂『模範六法』の中から『民事法セット』や『刑事法セット』など、一部分だけを抜粋したバージョンの販売を行っていた。このセットはエンドユーザーから好評だったものの、好きな法令だけを選んで冊子化したいという購入者の声が、アンケートで寄せられたのだ。

この声にビジネスチャンスを感じた同社は、400件を超える法令の中からWeb上で必要なものを自由に選んで、一冊のオリジナル書籍として提供するサービスを開発した。

 

(左)顧客のニーズに応じて、1部から対応できる「オンデマンド製本機」。
(右)こうした設備や技術によってつくり出される、多種多様な受注印刷物。

意識改革につながるのは、新規顧客獲得の成功体験だ

この仕組みは法令に限ったものではないと、田中専務は続ける。
「コンテンツさえあれば、論文や小説など、どのような書籍でもつくれます。例えば、文庫本を買っていた団塊世代向けにいくつかの作品をまとめ、読みやすいように版を大きくしたオリジナルオンデマンドブックをつくることもできる。書籍の増刷は、最低でも数百部単位で売れる見通しが立たなければ行いませんが、オンデマンドブックは1冊からでもつくることができます。すでに廃刊になった作品であれば、当時の定価から数倍の価格であっても買いたい読者はいるものです。このように、オリジナルオンデマンドブック販売サービスは、さまざまな展開が見込めるビジネスだと考えています」

 

 

経営危機をきっかけに、ルート営業一本槍から脱却して新規営業に注力したことで、多くの取引先やビジネスの開拓に成功してきた。一方で、営業担当者の意識改革には、今でも苦労している部分があるという。
「ルート営業だけでは会社の安定成長がないこと、新規顧客開拓に活路を見出す必要があることを、営業全員に周知徹底し、新規開拓の実績やその過程を評価するように、営業に特化した人事考課の基準を策定するなど、いろいろ行ってきました。意識改革にもっとも効果的だったのは、新たなお客様を訪問して実際にニーズを聞き、受注獲得を通じて自社の強みを客観的に認識することです。これからも自社の特長を最大限発揮できるよう、新サービスの開発と顧客開拓に挑戦し続け、全社員に希望を感じてもらいたいと思っています」

大日本法令印刷が生み出すアイデアは、今後も関心を集めそうだ。

 

今回のお話を伺った田中専務(写真内中央)を中心に、新たな取引先の獲得、
受注領域拡大へと邁進する「営業本部東京支社」の皆さん。

 

機関誌そだとう212号記事から転載

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