中小企業の成長可能性を引き出すために
経営理念・ビジョンの浸透
2022年版中小企業白書では、「事業者の自己変革」をテーマに、中小企業が自らの潜在的な成長可能性を引き出すために必要と思われる取組について考察しており、取組の1つとして「経営理念・ビジョンの浸透」も取り上げています。本稿では、こうした経営理念・ビジョンが組織内に浸透することによりもたらされる効果や浸透に向けて重要な取組等について、白書から内容を抜粋しながら解説します。
ステークホルダーを意識した経営理念・ビジョンが多い
まず、中小企業がどのような経営理念・ビジョンを掲げているのか見てみましょう。図1は、経営理念・ビジョンの具体的な内容に関する自由回答を集計し、頻出度の高いキーワードを抽出・分類したものです。キーワードの文字の大きさは回答件数、文字の色は同系統の回答内容を示しており、文字が大きければそのキーワードが用いられている企業が多いことを表します。これを見ると、「顧客・取引先」「社会」「社員」など、ステークホルダーを意識した文字が目に付きます。また、「貢献」「信頼・信用」「安心・安全」「価値」など、中小企業がステークホルダーとの共生を追求した経営理念・ビジョンを掲げている傾向も見受けられます。
こうした経営理念・ビジョンについては、「優れた企業では、きちんと理解される内容で策定していることだけでなく、組織の中で共感され、浸透していることを条件として持ち合わせている」「理念に対する共感が組織内の行動に結びつく」といった学術的な示唆もあるように、組織内に浸透させることの重要性は高く、経営上の効果につながることが期待されるところです。
実際に図2 を見てみると、「全社的に浸透している」と回答した企業は、「役職員の一部までは浸透している」「浸透していない」と回答した企業に比べ、労働生産性の上昇幅が大きいことが分かります。また、図3 を見ると、「全社的に浸透している」と回答した企業は、いずれの設問においても、浸透による効果を最も実感していることも分かります。一概に今回の調査のみでは説明できないものの、経営理念・ビジョンの浸透は、企業の業績や事業活動、従業員の行動変容の面でプラスの効果を生む可能性のある取組であることが示唆されます。
経営理念・ビジョンの浸透に必要なこととは?
では、経営理念・ビジョンの浸透はどのように行うとよいのでしょうか。
図4 の通り、「全社的に浸透している」と回答した企業ほど、経営者からの積極的なメッセージの発信を重視しており、経営者が従業員との日々のコミュニケーションでの啓もうに取り組んでいる割合が高いことが分かります。自社の存在意義や目指すべき姿を経営者が自らの言葉で伝えることが、経営理念・ビジョンの浸透にとって重要であると言えるのではないでしょうか。
最後に、別の切り口として、経営理念・ビジョンの見直しについても分析を紹介します。図5 を見ると、経営体制・事業内容・外部環境の変化を機に経営理念・ビジョンを策定した企業は、創業を機に策定した企業と比べ、感染症下で経営理念・ビジョンに立ち返り経営判断を下した割合が高いことが分かります。
このほか、今回の白書では前者の企業が後者の企業と比べて、経営理念・ビジョンが従業員の統率やモチベーション向上に寄与していると実感する割合が高いとの分析結果も示しており、これらの結果を踏まえると、経営理念・ビジョンが形骸化していると感じる場合には、社内外の変化に応じて見直すことも選択肢と言えるのではないでしょうか。
投資先企業3社の好事例
今回ご紹介したパートでは、飯田工業薬品(株)(静岡県)、(株)共立理化学研究所(神奈川県)、(株)常磐植物化学研究所(千葉県)の取組を紹介しています。いずれも投資育成会社の投資先企業であり、経営者主導で経営理念の策定・浸透に取り組み、成長につなげた好事例です。各社の取組などをご覧いただき、経営のヒントとしていただけますと幸いです。
図表の出典はすべて2022年版中小企業白書
(資料)(株)東京商工リサーチ「中小企業の経営理念・経営戦略に関するアンケート」
中小企業庁 事業環境部
調査室 調査係長
戸田健太
(2022年4月より当社から出向中)
機関誌そだとう211号記事から転載