理念浸透で強い組織を構築する

次代を築くバイブルは、常に“進化”する

~従業員がコミットする行動指針のレシピとは……~

CASE①株式会社オーテックメカニカル

 

会社が長く続くほど、創業の志を存続させることは簡単ではない。非同族承継であれば、なおさらだ。株式会社オーテックメカニカルは、従業員から社長を選任する企業でありながら、事業開始から37年が経った今でも、当初の理念を絶やさない。

 

手塚明彦社長

株式会社オーテックメカニカル
主な事業内容:
省力自動機の設計・製作
本社所在地:
山梨県南アルプス市
創業:
1985年
従業員数:
54人

同社は、ものづくり産業に欠かせない要である自動組立機や自動検査機などの省力装置を、設計・開発から製造まで一貫して手がけている。注射針組立機などの医療関連機器をはじめ、電子部品や車載関連機械、家庭用雑貨、筆記具など、業界を問わず幅広く対応し、約1000種以上にものぼる装置が、すべて受注生産の一品ものだという。

こうした多岐にわたる開発に会社全体が一丸となって挑み続け、他社には真似できないレベルで実現できるのは、「お客様が喜び、満足してもらう機械を、誇りを持って提供する」「世の中に役に立つ機械を提供することにより、社会に貢献する」という2つの経営理念を従業員が理解し、実践しているからにほかならないのだ。
「弊社の強みは、高速化技術を追求していること。加えて、可能な限り設置面積を小さくすることで、他社との差別化を図っています。お客様のお困りごとを解決すべく、高性能な装置を日々開発しているのです」

そう語るのは、手塚明彦社長だ。例えば、LED分類機の場合、オーテックメカニカルが参入した当時、一般的な装置の処理能力では1秒あたりLED2~3個を検査するのが限界だった。そこで同社は、1秒間に10個のLEDを処理できる装置を開発。さらにその後、2倍の20個にまで進化させたという。業界最先端の高速化技術は、顧客である各メーカーの生産性向上に大きく寄与していることは間違いない。

 

医療器具の自動組立機(写真左)。
顧客の要望によって異なるが、0.3~2秒に1個のサイクルタイムで組み立てと検査を行うことができる。
設計・開発から製造にいたるまで、従業員が一丸となって高性能を実現するのだ(写真右)。

 

このイノベーションを生み出し続ける背景にあるのが、創業者である芦澤邦秀会長が掲げた冒頭の経営理念だ。創業から12年ほど経った頃、「従業員の心がまとまっていないのではないか」と芦澤会長は感じていた。そんなときに参加した経営セミナーで、理念づくりや、それを浸透させるための「経営計画書」がいかに大切であるかを学んだのだ。同氏は早速、自らの手で経営計画書を作成し、さらに従業員と目指す方向性を一致させるため、毎年1回、「経営計画発表会」の実施を決意する。
「当初、経営計画書にはある程度の型があったものの、どの項目をどんな言葉で入れるか、自社風にアレンジすることが大変だったと思います。ベテランから新人にいたるまでわかりやすく伝えること、読めば理解できるところまで落とし込んでいくことにも骨を折ったでしょう」と手塚社長は当時を思いやる。

芦澤会長がそれほどの手間をかけて経営計画書をつくり上げたのは、それ自体が他社との差別化になると考えたからだった。「会社は公器。興したからにはつぶしてはいけない。やるからには従業員を幸せにしなければ。そのためにも、差別化によって強い会社をつくらなければならない」という信念を持っていた同氏は、高い技術力の追求だけではなく、理念の浸透にも徹底して取り組んだのである。そうした強い想いと苦労が込められた経営計画書だからこそ、従業員が増えた今でも、全社的に根差しているのだろう。実際、オーテックメカニカルは創業から現在に至るまで赤字がなく、自己資本比率は80%を超える。そして、従業員の離職率が低い。まさに、幸せで強い会社を実現している。

バインダー形式にこそ、行動に紐付く秘訣がある

同社では毎年3月の経営計画発表会で、新しい経営計画書を全従業員に1冊ずつ配布する。その内容は大きく2つに分かれており、中身は常に“進化”しているそうだ。前半は、経営理念と行動指針を筆頭に、中期事業構想書、中期収支構想書、当期の経営目標や重点施策、そして事業運営に関する13の指針が記載されている。後半は「業務基準書」として、従業員1人ひとりの仕事により落とし込んだ内容だ。各ページの左側には各部署の業務内容や留意事項などが詳細に記され、右側はその項目について活動したかどうかを○×で記入するチェックリストとなっている。毎月、各自が自身の行動を振り返って基準を満たしているか判断し、上司がそれを確認する仕組みだ。

2022年3月に配布された、第38期経営計画書の一部。
手塚社長から従業員に向けたメッセージに始まり、経営理念と行動指針、
事業構想、収支構想、細かな指針、
さらに各部署に落とし込んだ業務基準書へと続いていく。

「目的は理念に紐付く行動を意識するようになることなので、できていなくても責めることはしません。上司は『これはできていなかったね、来月はやろう』という程度の声かけをすればいいんです。部下は“できていなかったこと”を把握でき、上司はそれを気にかけるようになるので、理念を浸透させる教育ツールにもなっているでしょう。このチェックリストをもとに評価することはありませんが、各人には“できていなかったこと”を意識してほしい。形骸化してしまうと困りますが、そこは従業員の自発性を信じています」

たしかに、同社の経営計画書は会社の方向性を決めるものであると同時に、仕事で悩んだときに立ち返るべき“バイブル”であるといえる。従業員全員が同じベクトルを向いて、少数精鋭の組織をつくるために必要なツールとなっているのだ。
「本当はこの計画書を常に持ち歩いてもらいたいと思いますが、サイズが大きいので、そこまでは求めていません(笑)。ですが、私自身は気付いたことがあれば、すぐ該当部分に書き込んで日頃からアップデートし、期中に差し替えることもあるんです」

オーテックメカニカルの経営計画書は、バインダー形式になっている。これは内容を変更する際、該当ページを印刷して差し替えるためだ。根幹である経営理念と行動指針はこれまで変えていないものの、前半にある13の指針や細かな考え方は、そのときどきで必要だと感じたことを加筆・修正しているという。これこそが、“進化”のゆえんだ。

また、現場発信で修正できるのも特徴的である。後半の業務基準書については、年に1回、部署ごとに集まり、「これはできているから削除してもいいよね」「これを追加しよう」など、メンバー同士で話し合って決めていく。すなわち、全員でつくり上げたチェックリストであり、だからこそ従業員1人ひとりが共感し、コミットできるものとして機能しているのだ。内容を見直すには、各指針や経営理念に立ち戻って確認する必要があるため、結果的にそれらを理解し、前半から後半まで首尾一貫した経営計画書が出来上がる。つまり、自然な流れの中で、理念が各業務(行動)へと落とし込まれていく。

どんなに素晴らしい想いを込められた理念でも、単なるお題目で終わらせては意味がない。それをブレイクダウンしてチェックリストという形で具体化すれば、自分が何をすればいいかが一目瞭然だ。行動が理念と紐付くのも納得できる。
「仕事における考え方は、細かくすることで1人ひとりの実践レベルが揃うようになります。『こうしてほしい』とただ叫んでも効果は薄いですが、会社の方針を従業員に共有していくことは重要です。全員がそれを理解した上で、ベクトルを合わせていこうと努力することが大切でしょう」と手塚社長は指摘する。

とにかく読んで声に出す。会社を支える土台づくり

会社の方向性、ひいては従業員の針路合わせとして機能しているのが、前述の経営計画発表会だ。従業員に向けたものだが、金融機関や経営セミナー仲間を招くこともある。当日は新しい経営計画書を読み上げ、昨年度の振り返りや今期の目標、経営陣の想い、書き換えた部分などを社長が説明するのだ。また、4月に迎える内定者にも参加してもらい、入社前から会社の風土を共有する。今年度からはさらに意識付けを促すために、半年間の研修を終えた新入社員にあらためて、手塚社長から経営計画書についての講義を行う予定だ。トップ自ら、若手にもしっかりと理念を浸透させようというこの丁寧さこそ、会社の未来を支える土台をつくっていくのだろう。

もう1つ、注目すべき活動は、13時から15分間、全従業員が集まって行われる昼礼である。毎週月曜日には、経営理念をみんなで復唱するのが決まりだ。それ以外の火曜から金曜にかけては、各指針や考え方を少しずつ読み合わせていく。この取り組みについて、手塚社長はこう語る。
「やはり、何度も読まないと覚えないし、理解できません。私が一般社員だった頃は、自分の業務である営業部分を中心に読んでいましたし、若い人にすべてを一気に伝えても、すぐにピンとはこないでしょう。ですから、とにかく読んで、会社の考え方を感じてもらう。何回も声に出すと、徐々に腹落ちしていくのです」

また、当番制で1人の従業員が前に立ち、日常生活や仕事で感じたことを話すようにしているという。
「全員が集まる場で話すことは、お互いが日頃考えていることや想いを共有するコミュニケーションになります。特に技術者など、現場でものをつくる人は、人前で話す機会があまりないので、そうした場に慣れてもらうことも狙いの1つです」

 

経営計画発表会では、業績や目標、経営計画書の内容について、経営陣から詳しく説明(写真上)。
昼礼では、全従業員で経営計画書の読み合わせを実施し、内容の理解を深めていくほか、
当番の1人が前に出てスピーチをする(写真下)。

トップはESを、従業員はCSを担う!

オーテックメカニカルでは、組織全体にいたるまで理念が浸透するよう、従業員1人ひとりがそれぞれの立場で、常々、経営計画書に向き合っている。実は、これが次世代の経営者を育てることにもつながっているのだ。同社は、非同族経営で会社を受け継いできた。それでも創業の志が絶えることなく、現在まで成長し続けてこられたのは、その理念がコンパスとして共有され、日々の見直しと意識付けにより、組織の中で醸成されてきたからだろう。そうした意志を引き継ぐ手塚社長が「これから注力していく」と力を込めるのが「ES(従業員満足)」だ。
「ESなくしてCS(顧客満足)なし、といわれるように、従業員がお客様を第一に考えるためには、モチベーションが上がる、楽しいと思える会社でなければなりません。そのために私自身が従業員1人ひとりと対話する機会をつくり、より一層風通しを良くしていきたいと考えています」

 

従来、オーテックメカニカルでは、トップダウン経営の傾向があった。しかし、手塚社長は、従業員の発言や意向をできるだけ取り入れる企業体質に変えていきたいという想いが強い。それは経営計画書をブラッシュアップする際にも、随所に表れている。これは今までになかった、いわば手塚カラーだ。その一方で、「変えてはいけないものもある」という。
「経営計画書は、次の世代に事業や想いを紡いでいくための重要なツールにもなっています。ですから、その根幹となる考え方は変えてはなりません。しかし、芦澤会長にもいわれていますが、文言などの表現は時代に応じて変化しても構わないと考えています。私としては、“従業員”に関する言葉を入れたい。そして、社内全員の意見を聞きながら、みんなが『会社に行きたい!』と思える組織にするのが夢です。能力のある人が集まり、その人たちを教育し、個人が成長することで会社の利益が出る。それによって、さらに従業員が育って幸せを感じる。そんな好循環をつくっていければと思います」

創業者が大切に育んできた想いを根幹に、どのような発展をしていくのか、同社の今後が楽しみである。

機関誌そだとう211号記事から転載

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