理念浸透で強い組織を構築する

「志本経営」で導く、核となる力

~情熱を搔き立てる、その企業ならではできること~

総論 京都先端科学大学教授 一橋ビジネススクール 客員教授 名和高司さん

 

今、世界で「パーパス経営」が注目されている。しかし、パーパスとは一体何かという問いに、明確な答えを持っている企業のトップはどれだけいるだろう。京都先端科学大学と一橋ビジネススクールで、グローバル経営や成長戦略を専門に研究する名和高司教授は、パーパスが広まった背景として、顧客、人財、金融という3つの市場からくる要請が大きいと指摘する。
「顧客市場では、ユーザーが企業のパーパスに共感できるかどうかで商品やサービスを選ぶようになってきました。人財市場も同様で、なかでもミレニアル世代やZ世代では、志望度を左右する重要な基準になっているでしょう。また、金融市場においても、パーパスをどのように描いているかが、投融資を判断する材料の1つになっています」

こうした大きな流れは、VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)と呼ばれる現代において人々が何かを選ぶとき、信頼に足る心の拠り所を求めているからかもしれない。

経営指針として、かつては「ミッション、ビジョン、バリュー」がお作法のように使われていた。ただ、これらの概念とパーパスは決定的に異なるものだ。
「特にミッションと混同されることが多いですが、これは外発的な要素です。もともと、神から与えられた使命を表す言葉で、上司から命じられた仕事というニュアンスもあります。つまり大義であり、身が引き締まる感覚がある一方、義務感が先行することは否めません」

対してパーパスは「すべきこと」ではなく「やりたいこと」であり、内発的な概念であるべきだという。
「従来のキーワードでいえば、自分たちは何をやりたくて企業を立ち上げたのかという『創業の精神』が近いでしょう。けれども、過去を振り返るだけでは単なるノスタルジアになって、時代に合わなくなってしまいます。その会社らしい創業の精神を出発点にして、現在、そして未来のありたい姿を思い描き、そこに向かって自社の方向性をいつでも確認できる北極星こそ、パーパスです」

社会へのメッセージと結び付けられることも多く、外向けの発信としてパーパスを策定しなければならないと考える経営者は少なくないだろう。一般的に「存在意義」と訳されるのを散見するため、よりその傾向が強いのかもしれない。しかし、本来は自社が成長するための“道しるべ”であるべきなのだ。

名和教授はヤマト言葉を用いて、パーパスを「志」、パーパス経営を「志本経営」と置き換えて説明する。
「私が『志』という言葉を使うのも、内発的であるべきだという思いによるものです。パーパスというと外来語でよそよそしく、一過性のブームで終わってしまうかもしれない。そうではなく、日本に昔からある価値観として内側から再認識してほしいのです」

3つの観点で紡ぎ出す、磨き上げた一芸の強さ

志を見出すには、「ワクワク」「ならでは」「できる」という3つの観点が大切だと名和教授は語る。
「本当に従業員1人ひとりの情熱が掻き立てられるものなのかということが、鍵を握っています。まさに内発的であるかどうか、これが『ワクワク』です。そのうえで、その企業だからこその存在価値、つまり『ならでは』が必要です。そして『できる』は、その会社なら実現可能だと思えること。当然ですが、実行を担保できなければ、まわりからの共感を得られません」

たとえば、SDGsにおける17のゴールをパーパスに関連付けて考える企業も多い。しかし、これはあくまでも規定演技であり、一般化している。つまり、社会にとって重要であることは間違いないが、それはどの企業でも共通していえることで、「ならでは」にはつながりにくい。

ただ、中小企業はこうした考え方に難しさを感じることもあるだろう。「ワクワク」はあっても、「ならでは」や「できる」はハードルが高い、自社には存在しないという経営者もいるかもしれないが、それは思い込みに過ぎない。
「大企業ほどさまざまなビジネスをやっていて輻輳(ふくそう)的になり、内容がまとまりにくい。逆に中小企業は1つの事業に集中して一芸を磨いているので、むしろ自分たちの本質的な力・魅力を想像しやすいはずです」

よくわかる例として、名和教授がパーパスづくりに協力した株式会社仙北谷(神奈川・横浜)のケースを見てみる。同社は従業員29人の切削加工会社で、若手4人とシニア4人のチームを組んで志を考えたという。
「最初はなかなか意見が出てこなかったのですが、話すうちに『自分たちの誇りは……』と語り始めました。最終的に決まったのは、『宇宙技術でワクワクする未来へつなぐ 品質に挑む ものづくりエンターテイナーズ』。ロケットのキーパーツをつくる自社の強みを、よくわかっています」

まさに「ワクワク」「ならでは」「できる」の三拍子が揃ったパーパスだ。特に「エンターテイナーズ」という言葉からは、自分たちはただの下請けではないという熱い思いが伝わってくる。これは、若手から出た案だったという。あえて幅広い年次の従業員同士で意見を出し合うことで、長く働いているシニアからは自社の本質的な強みが、それを受けて、若手からは独創的なキーワードが出てくる。このような化学反応によって、組織として目指すべき、より象徴的な文言が紡ぎ出されるのだ。

脱・コモディティ化で、淘汰されない会社へ

こうしてせっかくつくったパーパスも、お題目で終わらせては意味がない。名和教授は、経営者だけではなく、従業員が一緒になって考えるほうが、浸透度が圧倒的に違うとアドバイスする。それ以外の方法としては、アワードがおすすめだという。
「高いレベルで志を体現している人はもちろん、行動しようと試みている人にも光を当てて、表彰するのです。賞をつくることが難しければ、社内報で紹介してもいいでしょう。いずれにせよ、それが本人の誇りになり、広く共有すれば他の人もパーパスや実践方法を再確認できます」

一方で、評価と連動させるのは危険だ。パーパスは実質的に100%達成するものではなく、長いスパンで実現に向けて走り続けていくものである。そのため、単年や半期、四半期の評価とは馴染まないのだ。

名和教授は、こうした手法も含めて、中小企業こそパーパス経営に取り組むべきだと力強く語る。
「市場で生き残っている会社には、何かしら理由があります。それを言語化すれば、パーパスをつくることは決して難しくありません。自分たちの本質を『純化』したうえで、時代に合わせて『ずらし』で適応していくことが強さになります。ぜひ、自社の価値を改めて考えてください」

裏を返せば、パーパスを持っていない企業はコモディティ化に巻き込まれて淘汰されるおそれがあるといえる。中小企業が継続的に発展するための最適解こそ、志本経営なのだ。

話を聞いた方

京都先端科学大学教授
一橋ビジネススクール
客員教授 名和高司さん

1957年生まれ。東京大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクール修士(ベーカースカラー授与)。三菱商事の機械部門に約10年間勤務。マッキンゼーのディレクターとして約20年間、コンサルティングに従事した後、現職。専門はグローバル経営、成長戦略、イノベーション、企業変革、リーダーシップ。『パーパス経営:30年先の視点から現在を捉える』(東洋経済新報社)など著書多数。

機関誌そだとう211号記事から転載

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