対談・講演概要

脱炭素に向けたエネルギー政策と、経済枠組みへの影響とは……
ウクライナ侵攻の、世界的余波と中国の動き

独立行政法人経済産業研究所 上席研究員・竹森俊平氏×東京中小企業投資育成株式会社 代表取締役社長・望月晴文

 

望月
本日は、ロシアによるウクライナ侵攻が及ぼす影響を、経済という観点から考えていきます。まず日本企業にとって気になるのは、中国の動向です。同国が世界第2位の経済大国に発展できたのは、鄧小平が行った市場経済への移行で、アメリカやヨーロッパなど西側諸国とのエコノミックな結びつきを強めていったからでしょう。

竹森
専制政治が崩壊しないまま、自由経済の導入によって劇的な発展を成し遂げるという、アメリカの思惑とは異なる結果になっていますが。

望月
しかも、中国が世界をアメリカと二分するつもりだとわかってきたことで、アメリカ側の警戒感が高まり、デカップリング(2国間が経済的に連動せず、互いに影響を受けない状態になること)が進んできました。一方で、アメリカをはじめとした西側、つまり、民主主義・自由経済側も中国に依存している部分が少なくないために、様子をうかがいながら徐々に締め付けを強めてきたというのが、ウクライナ侵攻前までの大きな流れです。

ところが、ウクライナ侵攻ではロシアに対して、露骨な経済制裁を行っています。ここで、習近平が「同じ専制政治体制をしくロシアを、見殺しにはできない」と同国への肩入れを強め、民主主義・自由経済側か、専制政治側かでデカップリングが発生したらどうなるのか。仮にそのような事態になれば、経済の仕組みをすべて変えなければならないかもしれません。

竹森
それは大変重要な指摘で、私も日々考えを巡らせているテーマです。しかし、明確な結論は出ていません。ただ、時間軸で考えるべきだろうとは思っています。

まず、西側のウクライナに対する関心とロシアに対する敵愾心、中国に対する警戒感がどれだけ続くかという問題です。今後、石油やガスなどのエネルギー価格は、さらに高くなっていきます。アメリカは11月の中間選挙時、エネルギー価格の高騰が原因で景気が芳しくないとなれば、バイデン政権が受けるダメージは小さくないでしょう。EU内でも、エネルギーの多くをロシアに依存している国があり、現在の状況を苦々しく思っているところは少なくないはずです。このような状態が長く続けば、西側の結束が緩んでいく可能性があります。

 

脱炭素の方向転換。エネルギー政策の行方

望月
ロシアとしても、資金源であるエネルギーが売れなければ、自国経済がひっ迫するばかりですね。

竹森
そうです。つまり、西側とロシアのどちらが音を上げるのか、という我慢比べの状況にあります。しかし、中国は急ぐ理由がなく、かなり余裕があるわけです。世界のサプライチェーン上で重要なポジションにあるため、多少無茶をしても外される心配はない。また、ガスを輸出できずに苦しんでいるロシアから、安価で入手することもできますから。ただ、ロシアに義理立てして専制政治側でガッチリ手を組んで、西側とのデカップリングを加速させる理由も中国にはない。しばらくは、様子見ではないでしょうか。

望月
今回のウクライナ侵攻が世界各国のエネルギー政策に及ぼした影響も、今後を考える上で無視できないテーマです。

まず、非常に重要な「エネルギー安全保障」がおろそかになっていたツケにあえいでいる国が、いくつもあることは見逃せません。その最たる存在が、ドイツです。ロシアからパイプラインを引いて、天然ガスの5割以上をロシアに依存していたというのは、明らかに失策でしょう。

竹森
これは想像ですが、ドイツの考えとしては、パイプラインがウクライナを通っていることが問題で、北海を経由してつなげばロシアもウクライナに手は出さないのではないか、という安易な目論見だったのではないでしょうか。いずれにせよ、大きなミスであることには変わりありませんね。

望月
脱炭素という世界各国が取り組むべき課題を前に、西側と専制政治側がスクラムを組めるはずだと思いこもうとしていたのかもしれません。

しかし、カーボンニュートラル実現に向けて先頭を走っていたドイツが、こうした問題に直面したことで、エネルギー政策は大きく転換する可能性が高くなった。例えば、天然ガスを脱炭素に寄与するエネルギー源として欧州委員会が認定し、現在はグリーン債権の対象にするかどうかという議論が活発化しています。

竹森
原子力についても認定されました。

望月
2040年までに許可を受けたものや、使用済み核燃料の取り扱いが明確になっていることなど、細かい条件に関する議論も進んでいるようです。天然ガスをグリーンとは認めていなかったベルギーも、一定条件を満たせば認めるようにルールを変更するという話も入ってきています。

竹森
カーボンニュートラルに積極的である欧州の方向転換は、日本にも大きな影響を及ぼすでしょう。

望月
2050年までのトランジションピリオドをどう過ごすか。そこへの配慮が足りなさすぎたと気付いたことで、カーボンニュートラル実現に向けた中長期のエネルギー政策において、ガスや原子力の位置付けは変わっていくはずです。

竹森
EU域外から輸入された炭素集約型製品に対して関税をかける、「CBAM(炭素国境調整メカニズム)」についても再検討すべきでしょう。2023年から報告が開始されるということで、近年、日本でも脱炭素への取り組みが加速していましたが、このまま突き進むのではなく、エネルギー安全保障と温暖化の問題を合わせてベストミックスを考えるべきです。そういう意味で、今は世界的なエネルギー政策のすり合わせをするチャンスだと思います。

日本を取り巻く経済枠組み、企業はどう対応すべきか

望月
ウクライナ侵攻後の世界を考える際、経済枠組みの話も無視できません。バイデン大統領が提案した「IPEF(インド太平洋経済枠組み)」は、あまり評判が良くないですね。民主主義と自由経済を守る国々でサークルをつくろうという問いかけには、意味があると思いますが。

竹森
IPEFは、関税引き下げなどの、加盟するメリットを与えられないのが原因でしょう。それよりも、TPP(環太平洋パートナーシップ)が見直されてくると考えています。中国と台湾の両国が加盟に手を挙げたという点も、それだけの魅力があることを証明している。問題は、そのどちらを選ぶかを決められるだけの権威が、今のTPPにはないことです。

アメリカであれば、どちらを選ぶか、その選択を政治的にバックアップできる力があります。日本には無理でしょう。それなら国家補助金などの問題点に、数値的指標を設けて加盟の可否を判断すればいいという専門家がいます。しかし、中国が台湾を攻撃する意図があるかないかということは、数字で表せません。やはり、政治的裏付けのある権威が必要なのです。そして、それができるのは、アメリカを除けば、おそらくEUということになるでしょう。イギリスの加盟がその呼び水となれば、TPPの可能性は大きく広がると思うのですが。

望月
TPPは経済連携として機能しており、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)と比べてもインセンティブや効果という観点で優れていると思います。本来であれば、そこにアメリカが入るのがいいのですが、現時点では同国の国内事情がそれを許さないでしょう。そのため、TPPにイギリスが加わることは、今後の広がりを期待させてくれますね。ただし、中国と台湾の加盟については難しい問題があります。西側主要国のコミットメントとして「一つの中国」といっている以上、台湾を入れて中国を入れないというわけにはいかないでしょう。かといって、実際に中国がTPPに加盟するのは、ものすごくハードルが高い。国内統治形態をよほど変えていかなければ、実現は困難ではないでしょうか。

中堅・中小企業には、グローバルに事業を展開しているところが少なくありません。ウクライナ侵攻以前から、中国は経済発展にともなって人件費が高騰したこともあり、「チャイナ・プラスワン」といって生産拠点をASEANに広げる動きが出ていました。こうした流れは、今後どのように変化していくと考えますか。

竹森
中国と事を構えるとなると、どうしても供給リスクが顕在化してきます。同国から部品が届かず、自社製品の生産がストップしてしまったり、逆に、輸出できずに販路が縮小してしまったり、という事態も起こり得るわけです。コロナ禍とウクライナ侵攻によって、そのリスクを痛感した市場においては、チャイナ・プラスワンの動きが今後も広がっていくと思います。日本国内への回帰がもっと進むかもしれません。幸い、コロナ禍においても製造業は好調でしたし、改めて、日本のモノづくりの底力を示すことができたといえるでしょう。

望月
高度な先端技術が海外へ流出しないよう保護するため、また、生活に欠かせない物資を確実に確保するために「経済安保法(経済安全保障推進法案)」が成立しました。この対象として半導体が重要視されており、政府としても自給体制を構築するための政策に力を入れていくはずです。このような動きも、製造業の国内回帰を後押ししてくれるかもしれませんね。

最後に、中堅・中小企業の経営者に向けて、ウクライナ侵攻後を見据えたアドバイスをいただけますか。

竹森
これまで以上に、外へ目を向けて情報を集めるよう心掛けることです。あまり動きがないように見えていたとしても、ちょっとしたきっかけで状況は大きく変わってしまいますから。ウクライナ侵攻によって、ロシアの天然ガスを輸入するパイプラインの供給ストップでガス価格は急騰し、各国が対応に追われています。このようなリスクを未然に回避する、もしくはその影響を最小限に抑えるためには、一辺倒にならないよう、幅広い情報収集が欠かせません。投資育成さんが開催している各種セミナーなども活用しながら、自社のビジネスを取り巻く環境に目を光らせておくべきです。

望月
ありがとうございました。

 

(文中敬称略)

独立行政法人 経済産業研究所 竹森俊平 上席研究員
「経営トップセミナー」講演概要 (2022年6月3日開催)

なぜ、ロシアはウクライナに対して軍事行動をとったのか。その理由を同国の国民性や歴史に求める際、よく参考にするのが、ロシア史の権威がいった「ロシアは封建制を経験していない」という説です。封建制とは、例えば、鎌倉幕府における源頼朝と御家人の関係性。家臣は主君に何かあったときに駆けつけ軍事奉仕をする代わりに、領地を保証してもらいます。つまり、頼朝と御家人の間はパーソナルコントラクト(個人契約)で結ばれていて、ギブアンドテイクが成立するわけです。

ロシアにはそれがありません。国王が広大な領地をすべて所有していて、そこに住む人間も土地も王様の持ち物です。そのため、ロシアには個人所有権という概念がない。戦争で獲得した捕虜や占領地の住民をシベリアへ送って労働力にし、占領地には都合の良い人間を入植させるのも、領地にあるものはすべて国王の所有物だから自由にできるという考え方のもとに行われます。これが諸悪の根源になっているのでしょう。

脱炭素に脅かされるロシア。想定以上に強力な制裁

次に、このタイミングでロシアが侵攻した背景には、ソ連崩壊以来の経緯があります。同国における最後の指導者、ミハイル・ゴルバチョフ氏は経済改革を進めようとしましたが、軍事産業、農業、エネルギーの3分野だけは既得権益が完全に支配しており、手が付けられませんでした。そこで、経済改革が可能になるよう、政治の仕組みから変えようとしたものの失敗。ソ連の崩壊を招いただけで、結局、経済は非効率のまま残ります。特に製造業は、西側水準から大きく遅れてしまう。ソ連崩壊後、ロシア国民は選挙でリーダーを決め、市場で自由に物を買えるようになりました。しかし、製造業の非効率が足を引っ張り、生産が少しも増えないため物価が高騰し、消費財に手が届かなくなる。ソ連時代の公的サービスが消滅し、貧困者は追い詰められ、経済は混沌に陥りました。そして、国の秩序再建を訴えたプーチンがトップに選ばれたのです。

ところが、同氏をもってしても効率的な製造業は生み出せず、結局ロシア経済は今でもエネルギー産業だけでもっています。一方で、世界的にはヨーロッパ主導で、脱炭素化に向かっている。脱化石燃料でもありますから、そこに立脚するロシアの経済基盤は今後縮小していくことになるでしょう。そうなるとCIS(旧ソ連邦)に連なる共和国は、ロシアとともにいても将来が見込めないと考え始めます。ジョージアが、キルギスが、カザフスタンが、そして、ウクライナがそう意識して離脱の動きを見せ、ロシアが軍事介入する出来事が起こったのです。いずれはロシアでさえ、内部へ離脱運動が波及し、崩壊するかもしれません。

離脱を目指すウクライナに対する制裁の必要性を思案したのか、2021年10月から翌年1月にかけて、ロシアは天然ガスの輸出量を意図的に大きく減らしました。ガス価格が高騰した状態で戦争を起こせば、ロシアに天然ガスを依存している西側は同国に対して強い態度に出ることが難しく、制裁も申し訳程度になると考えたのでしょう。

けれども、西側の対応はロシアが考えたより強力でした。西側はすぐに、ロシアの特定銀行を「SWIFT」から締め出す措置をとったのです。これによって、輸出した代金を送ってもらうことも、輸入した代金を支払うことも難しくなります。ただ、肝心のエネルギーは制裁対象から外されました。EUでは多くの国がロシア産エネルギーに依存し、特にパイプラインで運ばれる天然ガスへの依存は強いものでした。エネルギーを制裁対象にし、ロシア産ガスの輸入が止まると、経済の運営に重大な支障が生まれます。しかし、ドイツなど、ロシア依存が特に強い国も、最近は依存からの脱却に動き出しています。また、西側はウクライナへの武器供与も積極的に行うようになってきました。このような西側の動きは、ロシア側の思惑とは違ったものだったでしょう。

各国の交差する思惑と、終戦に向けたシナリオ

ロシアは中国を同盟国と見ているかもしれませんが、中国はロシアへの経済制裁には同意していないものの、経済や技術の援助をするようなことはしていません。西側がロシアの天然ガス輸入をやめれば、ロシアは中国にガスを回そうとするかもしれませんが、それにはまずパイプラインを引かなければなりませんし、中国は買い叩こうとするでしょう。ともかく現時点で中国はロシアと心中する必要はなく、しばらくは、様子見を続けると思われます。

西側は、できれば戦争終結の目処を早く立てたい。アメリカも11月の中間選挙までには、道筋をつけたいはずです。現在はロシアの攻勢が続いていますから、武器援助を強化することで、ウクライナの反抗を促さなければならないでしょう。その上で結着のつけ方を決める。

可能性の1つは、ロシア侵攻前の領土まで回復、2つ目の案はそれ以前のクリミアまで回復、そして3つ目が、領土回復に加えてロシア領への進軍まで。2つ目と3つ目はロシア側が強硬に反発して核戦争へのエスカレーションを生む危険があるので、1つ目が落としどころになるのではないでしょうか。

その後ですが、停戦となっても、西側の経済制裁は続き、世界経済の中でのロシアの存在感は薄れていくでしょう。他方、中国の脅威に備える必要性は引き続き存在する。TPPはルールに基づく自由市場の創出で、中国に対抗することを目指していましたが、その拡大を目指すことが必要です。どうやら保護主義に傾く米国は加盟に乗り気になりそうもないので、EUを加える。それでTPPに入りたかったら、台湾武力侵攻などあきらめろと言えるわけです。

このような大きなうねりの中で、今後ビジネスが展開していきます。この変化を好機と捉え、大きなマーケットを視野に入れつつ、そこに攻め込める技術力の高い商品の生産を目指していくべきでしょう。

 

機関誌そだとう211号記事から転載

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