中小企業白書から読み解く経営のヒント

培ってきた経営資源が成長軌道の原動力に
M&Aの現状と課題

M&A件数増加の背景

近年、M&Aは中小企業にも身近な経営課題解決の手段になりつつあります。事業引継ぎ支援センターの相談社数・成約件数はともに増加傾向にあります( 図1 )。

 

資料:(独)中小企業基盤整備機構調べ
(注) 1. 事業引継ぎ支援センターは、2011年度に7か所設置され、
2013年度:10か所(累計)、2014年度:16か所(累計)、2015年
度:46か所(累計)、2016年度:47か所(累計)となり、2017年
度に48か所の体制となった。
2. 2020年度は2020年4月から2021年2月末までの中間集計値。

 

図2 は経営者の年齢別に、10年前と比較したM&Aに対するイメージの変化を確認した図表です。これを見ると、買収、売却(譲渡)いずれも「プラスのイメージになった」が「マイナスのイメージになった」を大きく上回っており、M&Aに対するイメージが向上していることが分かります。買収、売却のいずれも、経営者年齢が若い企業ほど、プラスになった割合が高い傾向にあります。特に買収については、全ての年代でマイナスになった割合は5%を下回る結果となっており、M&Aが一般化していることが見て取れます。私見ですが、ウィズコロナ下において、今後更にM&Aが活発化していく可能性も推察されます。

 

(注) M&Aに対するイメージの変化について、「変わらない」と回答した者は表示していない。

 

次に、M&Aを検討したきっかけや目的について見ていきましょう。図3を見ると、買い手意向を持つ企業は、他社の経営資源を活用して企業規模拡大や事業多角化を目指している様子がうかがえます。一方で、売り手意向を持つ企業は、「従業員の雇用の維持」や「後継者不在」といった事業承継に関連した目的の割合が高くなっています。他方で、「事業の成長・発展」を挙げる企業も約半数存在しており、大手資本の傘下に入ることでの成長を目的にM&Aを検討していることも示唆されます。

(注) 複数回答のため、合計は必ずしも100%にならない。

売り手企業の8割が従業員の雇用維持を重視

では、M&Aを実施する際の障壁とはどのようなものでしょうか。図4 を見ると、買い手意向を持つ企業は、期待する効果の把握や判断材料の不足といったノウハウ・情報に関する割合が高くなっています。また、相手先従業員の理解を得ることへの不安も挙げられています。情報収集や判断の助言を求めるなど、支援機関のサポートを受けることも重要と示唆されます。一方で、売り手意向を持つ企業は、「経営者としての責任感や後ろめたさ」が最も高くなっています。M&Aに対するイメージは向上しているものの(図2)、こうした心理的側面による影響は小さくないことが見て取れます。

 

(注) 複数回答のため、合計は必ずしも100%にならない。

 

続いて図5 は、売り手としてM&Aを実施する際に重視する確認事項について見たものです。これを見ると、「従業員の雇用維持」を8割以上の経営者が回答していることも分かります。私見ですが、M&Aの実施は、統合後の経営を踏み出すあくまで第一歩に過ぎません。買い手企業にとっては、統合後の組織の一体感を醸成していくことを意識して、売り手企業と信頼関係を構築し、人的側面を重視していくことが成功のポイントとも言えるのではないでしょうか。

 

(注) 複数回答のため、合計は必ずしも100%にならない。

M&Aによる経営再建とシナジー効果を創出した事例

最後に、今回の白書で紹介された株式会社リース東京(以下、同社)の事例を紹介します。病院で利用されるテレビなどのリース業を営む同社は、債務超過が続いた2010年頃に当時の社長が自力再建は難しいと判断。M&Aによる経営再建を検討しましたが、厳しい財務状況から同業他社などへの譲渡交渉は進展しませんでした。

そんな中で唯一手を挙げたのが、業務用マットなどのレンタルを手掛ける日本エンドレス株式会社でした。日本エンドレスの成毛義光社長(現リース東京社長兼務)は、過去の決算書を精査し、自分自身で現場を視察。検討段階では日本エンドレスの全役職者を順番に送り込み、意見を収集しました。また、同社の全社員に対してもヒアリングを行い、買収に賛同する意志を確認できた事から2013年に子会社化しました。

M&A実施後、同社は日本エンドレスから営業マンの派遣を受けて営業ノウハウを学び、徹底的なコスト削減にも着手。また、日本エンドレスからの借入により銀行借入を返済しました。成毛社長は、従業員の待遇改善にも取り組んだ他、個人目標の設定や全体会議での成績優秀者表彰を行うなどモチベーション向上にも注力しました。その結果、同社は2015年に黒字転換し、2018年には債務超過を解消。現在は経常利益1億円を計上するまでに改善し、経営再建を果たしました。日本エンドレスにとっても、同社の販路を活用し従来取引のなかった医療分野への進出を実現。玄関マットなどを納入できるようになるなどシナジー効果も生まれています。

M&Aは世間一般でのイメージはよくなってきたものの、実施する際の障壁は少なくありません。しかし、買い手・売り手双方が培ってきた経営資源を統合し有効活用することで、企業の成長につながる転換点にもなります。本稿が経営の舵取りを担う皆様にとって参考となれば幸いです。

 

図表の出典はすべて2021年版中小企業白書
図2~5 資料:(株)東京商工リサーチ「中小企業の財務・経営及び事業承継に関するアンケート」

 

中小企業庁 事業環境部
調査室 調査係長
鈴木崚
(2020年4月より当社から出向中)

 

 

機関誌そだとう210号記事から転載

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