テクノロジーの力で、未来を切り拓く

最先端で進化。“内製化”の先に見える未来

~レンタルや外注では、自社に何も残らない……~

CASE③金杉建設株式会社

 

「初めてICT施工(情報化施工)を行ったときは、ノウハウも機械もなかったので、建設機械のレンタル会社にすべてお任せしました。このとき、業務効率化やコスト削減に確かな手応えを感じたのですが、工事が終わって振り返ると、わが社には財産といえるものが何も残っていないことに、愕然としたのです」

こう語るのは、金杉建設株式会社の吉川祐介社長だ。

 

吉川祐介社長

金杉建設株式会社
主な事業内容:
総合建設業、開発企画、一般土木
本社所在地:
埼玉県春日部市
創業:
1950年
従業員数:
80人

ICT施工とは、建設業に情報通信技術を取り入れ、効率化・高精度化をすることである。
「建設業は他の業界に比べて、将来に向けた道筋が明確に示されています。国土交通省(以下、国交省)が、i-Constructionを推進していくこと、ICT活用を条件とした工事を増やしていくことを保証してくれているので、読み違えることがありません。そこに気付いて、すぐに実践しました」

ドローンによる測量の様子。
従来法よりも少人数かつ短時間で完了し、測量範囲に制限がない。

建設業における生産性の向上や労働環境の改善を図るため、ICTなどによる業界全体の改革を進めるプロジェクトがi-Constructionだ。国交省主導で、2016年から本格的にスタートした。同社は、施工現場におけるICT活用に早くから取り組み、17年には第1回「i-Construction大賞」で優秀賞を受賞。現在、業界全体を変えていくために、国交省関東地方整備局認定のICTアドバイザーも務める。

金杉建設は、1950年の創業以来、埼玉県を地盤とし、河川や道路、橋梁、上下水道などの公共工事を中心に事業を展開。「お客様がまた頼みたいと思える仕事」をモットーに、丁寧で質の高い工事に力を注ぎ、数々の実績を上げてきた。

そんな中、あえて新たな技術に挑戦した理由について、吉川社長はこう指摘する。
「12年から東京中小企業投資育成さんの“若手経営者の会”に参加させていただくようになり、異業種の経営者と話すうちに、建設業の特殊性に気付いたのです。例えば、製造業の場合、海外に新工場を立ち上げるため、年商と同じくらいの投資を行うこともあると知りました。緻密なマーケティングによって勝機があると判断した上での挑戦とはいえ、結果には何の保証もありません。一方、建設業は、国交省が今後の方向性を示してくれています。その分、成功の確度は高く、将来を予測できるため、リスクがさほど高くないといえる。しかも、投資額が億単位にのぼる製造業に比べると、建設業のICT活用は機械やシステム購入でせいぜい数百万~5千万円ほど。回収の見込みをしっかりと立て、チャレンジするべきだと考えました」

他業界の事例から学び、自社の経営に落とし込むことで、同業他社に先駆けて変革を進めることができる。この判断によって、同社はさらなる成長を遂げることとなった。

 

ICT建機を利用した工事(左)では、オペレーターが一人で効率良く作業を進める。
こうしたメリットやノウハウを業界全体に広めるため、ICTアドバイザーとして講演を開いている(右)。

ノウハウの蓄積が、変革の鍵を握る

数百万~5千万円という金額は、ICTの機械を自社保有した場合だ。レンタルであれば、大幅に安く済ませることができるだろう。また、ICT施工には、機械を作動させるために必要な3次元設計データの作成や建機へのデータ入力など、専門知識を要する工程がいくつもある。その点も、レンタル会社や測量会社などに外注したほうが手間はかからず、実際、そうする同業者も少なくない。

一見すると、レンタルしたほうが効率的でメリットが大きいと思えるが、「それでは意味がない」と吉川社長は語る。ICT施工によって受注額が増えても、レンタルや外注によって相応の費用が出ていく。しかも、ノウハウもブラックボックス化されてしまい、知見や経験値がほぼ蓄積されないため、本当の意味でのICT施工ができないのだ。
「調査・測量からデータの作成や分析、施工、検査・管理までの工程すべてにおいて、機械やソフトウェアを自社保有して内製化すべきだと痛感しました。早速、据置型の3Dスキャナーを購入し、続けてあらゆる機械を導入。試行錯誤しながら使いこなせるようになっていったのです」

これらのICT活用を進めることによって、施工能力の向上だけでなく、作業前後のプロセスを大幅に削減することができたという。
「現場では、毎朝、複数名の技術者によって丁張りという作業をする必要があり、これに多くの人員を要します。また、掘削作業中も、どの程度掘れたのかをオペレーターが機械を降りて確かめながら進めることもあり、効率が悪い。しかし、ICT建機を使えば、運転席のモニタで設計値を確認しながら施工するだけです。必要な作業員が減る分、他の現場に人員を回すことができます。さらに、建設機械の近くで作業をする人がいなくなるので、安全性も大きく向上し、みんな喜んでいますよ」

業務効率化やコスト削減に留まらず、働き手を守ることにもつながるICT。これはあらゆる業界のDXにおいても同様で、会社のための取り組みであるとともに、働きやすさや満足度にも着目した、従業員のための変革でもあるべきなのだ。

 

オペレーター室に搭載されたタブレットの設計データ(左)をもとに、
自動制御された機械で綺麗に掘削(右)していく。
実は、このとき乗っていたオペレーターは、ICT建機で作業するのが初めて。
しかし2日目には、まるで手足のように使いこなしていたという。

システムへの深い理解が、新しいアイデアを生み出す

ICTの各種機械を保有して、取り扱いに習熟することで、自社判断で活用できるようになるメリットも大きいと、吉川社長は強調する。

以前、堤防の挙動と変状の動体観測を依頼されたときのことだ。通常、護岸ブロックの数十カ所に印をつけ、1日おき、1週間おきなど時間を空けて計測することで、護岸の動きを明らかにしていた。ただ、この方法だと手間がかかる上、印の数にも限界があるため、計測の粒度がどうしても荒くなるという欠点がある。そこで金杉建設では、この作業に3Dスキャナーを活用。1週間空けた2度の計測結果をヒートマップ化(可視化)することで、護岸全体の動きを詳細に把握するという新しいアイデアの実現に成功している。
「土砂の崩壊や水の侵入を防ぐ矢板護岸の陸側にある土が陥没しているため、そこに土を足してほしいという依頼を役所から受けた際も、ICTの機械が役立ちました。原因は何か、念のため水中の状況も確認しようと、ラジコンボート搭載型マルチビームソナーを使って計測してみたんです。その結果、矢板護岸の基礎にあたる、地中に埋まっている根入れ部分が水中で洗掘されたことで削り取られてしまったために、根入れの長さが不足していることが発覚。そのため、護岸の補強工事を行うことにしました。もし、気付かずに上から土を足したら、矢板が重さに耐えられず大事故につながっていたかもしれません」

その機械の特性や強み、基本的な使い方を深く理解していたからこそ、用途の応用を発想することができたのだ。また、吉川社長は、導入する機械についても吟味を重ねた上で判断していると語る。
「ICT施工に取り組み始めた当初は、後付けのMG(マシンガイダンス)コントローラーを意識的に選んでいました。既存の重機に取り付けられるため、1台あたり数百万円と、内蔵式のものや建設機械を自動制御してくれるMC(マシンコントロール)よりも、かなり低コストで導入でき、数を揃えられるからです。ガイドするだけのMGでも、オペレーターが熟練者であれば、作業効率は十分に上がります」

i-Constructionの推進もあり、近年、“とりあえず”ICTの機械を導入する会社が増えている。これはDXにおいても同様で、お薦めされた便利そうなツールに手を出してみた企業も少なくないだろう。しかし、目的を明確にしないまま機械やシステムだけを入れても、思うような成果が出ず、苦手意識や後悔だけが残るケースを散見する。そのため、そうした技術を検討する際は、導入すべき背景、解決すべき課題の明確化に始まり、今後の事業戦略などを総合的に判断した上で、どのような機能が必要になるのかをしっかり考えることが大切だと吉川社長はいうのだ。
「当社では、MCの機械を使いこなせるノウハウの蓄積が進んでいたため、チルトローテーターという、バケット(掘削するアタッチメント)を傾けたり回転させたりできる油圧ショベルもいち早く導入しました。これを使えば、いちいち掘削方向に機械を移動して正対させる必要がなく、縦、横、斜め方向への掘削作業が可能になるため、作業効率が大幅に向上するのです。また、建設現場へのクレームの原因の多くは、重機の走行時に発生する騒音です。その点、チルトローテーターなら移動回数を減らせるため、周囲への環境配慮にもなっています」

「日本のみんな、力を合わせて頑張ろう!」というコンセプトで、
河川敷に巨大文字を描くプロジェクト。
複数の建設会社が参加し、それぞれの地元で実施した。
金杉建設は、チルトローテーターを駆使して、i-Constructionの
ロゴマークを綺麗な曲線まで表現している。

 

せっかく高いお金を投資するのであれば、最新の技術で、かつ用途の明確なものを選んでノウハウを蓄積することが、自社の生産性向上だけでなく、競合優位性にもなるわけだ。

ICT活用に取り組むためには、3Dデータ作成などの専門知識を備えた人材を育成することも必要だ。
「持論ですが、現場経験が豊富で優秀な人材ほど、本社に来てもらうべきだと考えています。建設業は施工が稼ぎ頭であるため、スキルが高く、信頼のおける人ほど現場に出しっぱなしにしたいものです。しかし、それでは一案件の結果が良くなるだけでしかない。それよりも、本社の支援部門や統括部門に引き上げ、培った知見や経験を社内に水平展開するほうが、全体の底上げにつながるでしょう。ただ、ICT活用に関しては、現場経験の豊富さをそこまで重要視する必要はないと思っています」

新人が戦力になる環境。その取り組みが人を呼ぶ!

実際、金杉建設では、積算や購買などを担う管理部にいた従業員が、「最先端の機械を購入するなら、私が覚えます」と手を挙げた。その人物がメーカーやソフトウェア会社からのサポートを受けながら、独学で使い方を習得していったという。一人の担当者を固定して任せたことによって、効率的に知見を蓄積することができたそうだ。現在では、新たに立ち上げたi-Construction推進室の中心となって、後進の育成を行うまでに成長している。
「ICT活用は新しい取り組みであり、若手でもベテランでもスタート時のレベルには大差ありません。むしろ、若い人は新しいことを覚えるのが得意なので、デジタル技術に興味や適性のありそうな人材を選んで一任するほうが、効果を早く実感できる可能性が高いでしょう」

同社では、ICT施工における一通りの基本的なノウハウを半年ほどで習得できたという。さらに、新入社員でも1年目からICT活用を習得できると、それだけで現場に必要な人間になれると吉川社長は続ける。
「土木は経験工学であり10年経たないと使い物にならないといわれています。しかし、新人であってもICT活用を身に付ければ、立派な戦力として、現場の一翼を担える。それは、やりがいになるし、本人も楽しいのではないでしょうか」

 

こうした最先端の技術をどんどん取り入れていく姿勢や、若手が活躍する風潮は、採用面でも大きな効果を発揮しているという。以前は近隣の学校や従業員の出身学校からの応募しかなかったものの、今では、日本全国からICT施工を経験したい人が集まってきているのだ。

内製化でノウハウを蓄積、人材を育成して活躍させる取り組みは、DX推進の大きなヒントになるだろう。

機関誌そだとう210号記事から転載

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