困難を乗り越えて他社に差をつける……。
最悪のピンチは、最高のチャンス
企業経営は、困難の連続だ。その状況を単につらく苦しい壁として、ただ生き残ることに注力するのか、それとも、発展のための好機とするのかで、その後の成長率は大きく変わるだろう。度重なる障害を乗り越え、そのすべてを学びとし、変革の種にした企業がある。今回、勇気ある経営大賞・奨励賞を受賞した第一医科株式会社だ。
林 正晃社長
- 主な事業内容:
- 医療機器の製造販売および輸出入業務
- 本社所在地 :
- 東京都文京区
- 創 業 :
- 1953年
- 従業員数 :
- 69名
同社は耳鼻咽喉科領域の専門メーカーとして、医療機器の製造販売と研究開発を行っている。1953年の創業から順調に売上を拡大していたが、業界トップの老舗競合メーカーとの差は10億円程度で縮まらず、大きく水をあけられていた。当時、第一医科製品は品質で見劣りしているコピー品だとの声もあったという。
そんな中、99年に自社製品で薬事法違反があり、行政指導を受けるという大事件が起きた。ブランドイメージを大きく傷つける危機的状況だ。ところが、問題意識を持っていたのは数名の幹部のみで、社員の多くは事件を他人事のように感じていた。それから1年経たずして、創業メンバーで、社員からの信頼が厚い役員が急逝。先の事件による会社への不安も相まって、10人を越える優秀な営業マンたちが次々と退職していった。さらに、04年には父である先代社長が病に倒れ、同年に自社製品使用中の医療事故が発生。後を継いだ林氏は、慣れない社長業務の中、どうにかして会社を立て直そうと思案する。それまでの経験で、社員の会社への不安・不満に潜在的なリスクがあると感じた林氏は、このマインドを改善することこそ、第一医科がさらに飛躍するチャンスだと考えた。
きっかけは規制強化、社員が誇れる会社へ
急な発作で立っていられない難治性メニエール病による、
めまい発作を治療する中耳加圧装置(医療機器)。
02年、薬事法の大改正が決まり、医療機器業界に衝撃が走る。新法の要求は高く、ISO13485(国際的な品質規格、以下ISO)とほぼ同じ内容だ。その影響で、法改正に対応できずに廃業したり、M&Aの対象となったりする企業が続出。このとき林氏は、法規制を単に義務と捉えるのではなく、社員の意識を変え、自社製品に自信を持ち、顧客となる医師との関係深耕に資すると考えた。そして、新法の施行を待たずに業界を先駆けて、ISO認証を取得。この決断が他社との明暗を分け、今回の受賞へとつながった。
ISO導入にともない、朝礼では社員当番制で品質に関するスピーチを実施するなど、社内全体の意識改革を進めていった。また、新しい薬事法に沿った「よそにない」医療機器製造を決断し、他社との差別化を図る。そうした変革により、厚生労働省の承認を得た新医療機器を開発。18年には、創業以来、初めて老舗競合メーカーの売上を超えたのだ。
コロナ禍による耳鼻咽喉科の医療収益減少は、第一医科の業績にも影を落とした。しかし、林氏はこのピンチもチャンスと捉え、患者向け在宅機器の拡大や、海外市場販売など、より一層成長できると考えている。
機関誌そだとう209号記事から転載