同業他社への技術提供で業界を活性化……。
常識を覆した“独創性”で、変革を生む
苛烈な価格競争にさらされることが多い中小企業。漫然と値下げするだけでは、事業の発展は望めない。新富士空調の前身である富士空調工業も、そんな“下請け体質”に悩む一社だった。しかし、梶野勇会長の決断が、劇的な成長に繋がっていく。
梶野 勇会長
- 主な事業内容:
- 空調機材(ダクト)の設計・製造および施工
- 本社所在地 :
- 埼玉県鴻巣市
- 創 業 :
- 1952年
- 従業員数 :
- 210名
株式会社新富士空調は、空調・給排気ダクトの設計・製造および施工を行う企業だ。新国立競技場やスカイツリーなどの天井裏で、同社製品が快適な環境を支える。今でこそ順調に業績を伸ばしているが、ほんの15年前は17億円の借金を抱え、会社は存亡の危機に直面していたのだ。
2006年、創業者一族のオーナー企業だった富士空調工業は、差別化が難しいダクト業界で、厳しい値引き競争の荒波にもまれていた。将来を不安視した創業家は、空調設備業とは全く無関係の不動産会社へ株式売却を決定。当時専務だった梶野氏は、そのときをこう振り返る。
「どんな企業に売却されるかで、未来は決まってしまう。長年培った技術を身につけた従業員を、なんとかして守りたい。この一心でMBOを決意、新富士空調が誕生しました」
この決断こそ、今回、勇気ある経営大賞・優秀賞を受賞した理由のひとつだ。MBO実施には10億円が必要だったが、17億円の借入残高がある同社に財源はない。梶野氏は覚悟を決め、10年間で売上100億円を目指す事業計画、返済計画を策定、自身の個人保証を条件に、10億円の銀行融資を受けることに成功した。
「27億円に膨れ上がった借金は重く圧し掛かりましたが、自分たちの会社となったことで、従業員が使命感を持って働くようになったと思います。下請け企業であっても、独創的な製品づくりに挑戦していこうという気概を感じました」
慣習を破って課題に挑み、新たな価値を創造する
折り畳みを可能にしたグリーンダクト
高い目標を見据えた事業計画の原動力となったのが、新製品「グリーンダクト」だ。ダクト業界では、国土交通省の標準仕様書に基づいた製品をつくる慣習があったが、標準仕様製品は大きくて重く、運送効率の悪さや作業時の危険性が課題だった。
そこで新富士空調は、従来品の半分の材料で、4分の1サイズかつ重量を2分の1に軽量化した「グリーンダクト」を開発。この製品を使えば、施工環境改善や納期短縮、運搬コストも大幅に削減できる。環境面でも大きな優位性があり、近年のSDGs意識向上と相まって採用物件が増加。16年には借金全額を完済、無借金経営にいたるまでに成長した。
さらに、環境負荷低減や作業効率化を業界で広めるため、150社以上の同業他社に「グリーンダクト」の製造機械を販売し、ライセンスを無償提供している。業界全体を変革し、盛り上げていこうとする新富士空調のこの行動が、受賞にいたったもうひとつの理由である。
今後も社会に貢献するために、環境に優しい製品・工法の開発と普及を目指す、同社の挑戦は続く。
機関誌そだとう209号記事から転載