“戦わずして勝つ”、型破りの方程式
総論 早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授 山田英夫さん
特定分野で圧倒的なシェアを獲得したり、業界最高水準の技術を持っていたりする中小企業は少なくない。それは簡単なことではないが、中小企業が傑出した製品・サービスによって、その業界で“ナンバーワン”の地位を得ることには、どのような意味があるのだろうか。
「ナンバーワン企業は、マインドシェアが高くなり、それが指名買いにつながります」
こう解説するのは、早稲田大学ビジネススクールで、経営戦略論や競争戦略論、ビジネスモデルを専門に研究する山田英夫教授だ。
マインドシェアとは、ある分野で消費者が真っ先に名前をあげる第一想起率のことである。
「マインドシェアが極めて高くなると、ブランド名や商品名が一般名詞化するでしょう。たとえば『万歩計』は、山佐時計計器という中小メーカーが商標を持つ『歩数計』の商品名です。けれども、マインドシェアが高いため、消費者は『歩数計』が欲しいときでも『万歩計が欲しい』と表現しますね。その結果、指名買いが起きる可能性が高まる。マインドシェアの向上が、マーケットシェア拡大にもつながります」
セノーの「トランポリン」、サクラクレパスの「クレパス」、川上産業の「プチプチ」など、マインドシェアが高く、商標が一般名詞化している例は数多くある。これらを製造・販売している企業は、必ずしも大規模な会社ではない。しかし、ブランド力の高さで大企業に負けない競争優位を確立している。
実はトップ企業には、別のメリットもあるという。それは、他社のバリューチェーンの中に入り込み、その中の一部の機能に絞ってシェアを上げていく「レイヤー・マスター」戦略を採れることだ。
「各社が自前で取り組むよりも、外部企業に委託した方が、コストや技術の面で、メリットになる場合がある。磨き抜かれた製品やサービスを持っていれば、他社のバリューチェーンの中で“欠かせない一部分”を担うことができます。同じ業界の他社にも横展開することができるため、私はこれを『一部の全部を取る』と表現しています」
たとえば、高い技術で、ある製品に欠かせない部品の提供や特殊加工だけを担う、あるいは特定業務の請負に特化するという業態で、この戦略を採ることができる。
「バリューチェーンの一部分だけを担って顧客を広げ、寡占状態をつくっていくことは、少ない経営資源でも可能であり、中小企業向きの戦略といえます。代表的な例としては、今では大きな企業になりましたが、銀行業務全体はやらず、ATM機能だけに特化したセブン銀行が挙げられるでしょう」
市場をすみ分けるニッチ戦略、無駄な競争をしない協調戦略
中小企業にとっても、トップ企業になるメリットが大きいことはわかったが、どうやってトップになるのかが問題だ。山田教授は「大手と戦わないことが鉄則」だと解説する。
「大手は規模の経済でコストダウンを図り、価格競争を有利に進められます。また、値下げによる体力勝負になってしまっても、他事業の収益でカバーできるので、競合企業が撤退するまで、じっくり構えることもできるでしょう。そのため、同じ土俵で戦うと、経営資源の面で劣る中小企業では、太刀打ちできません」
大企業との戦いを避けてトップを目指すために意識すべきは、第一に、事業領域をすみ分けるニッチ戦略が有効ということだ。
「参入してもペイしない規模の市場をつくったり、特定のチャネルだけを押さえたりすることで、ニッチは意図的に形成することができます。他にも、営業の空間や時間を限る、成熟・衰退するマーケットで残存者になる、法規制などで切り替えコストが高い分野に特化するなど、ニッチな領域に集中すれば、競争が起こりにくくなるでしょう」
第二に、競争しない戦略には別の視点もある。大企業と手を組み、WIN -WINの関係を構築する「協調戦略」も有効だ。
協調戦略で大企業の“パートナー”になるためには、相手企業が組みたくなるような価値が必要不可欠だ。
他社では代替できない特異性がなければ、単なる下請けに陥ってしまう。しかし、現実には、他社に負けない特長をつくることは、難しいと感じる経営者も多いだろう。
山田教授は、「今、ないものを新たに創造するより、自社のコア・コンピタンス(競合企業に真似できない核となる能力)を吟味し、磨いていく方が現実的」とアドバイスする。
「コア・コンピタンスは、自分たちだけで判断せず、ユーザーやその先にいる人にも意見を聞くべきでしょう。中小企業の経営者には、長年の実績や技術力が自社の強みだと考えている方がいるかもしれませんが、実際には『納期が早いから』『実はあの製品に使われている特定の部品だけが欲しいため』という、予想外の声が返ってくることもある。直接の顧客だけではなく、その先にいる『顧客の顧客』の声までヒアリングしたり、競合企業との違いをリサーチしたりすれば、より高い精度の分析をすることができます」
次に、コア・コンピタンスを見つけたら、それを圧倒的な競争優位になるレベルまで磨くのだ。
「このとき大切なのは“やらないこと”の決断をすることです。中小企業は経営資源が限られているので、あれもこれもはできません。手をつけない領域を明確にし、ヒト、モノ、カネを集中させるのです。これは勇気のいる決断であり、ボトムアップでは決められない。経営者が覚悟を持って意思決定すべきです」
トップ企業になっても、単純な売上増は目指すな!
晴れてトップ企業になったとしても、油断は禁物だ。よくある話が、売上を伸ばして市場拡大していった結果、避けていたはずの大企業が参入してくるパターン。これでは結局、規模がものを言う体力勝負になってしまい、今までの戦略が台無しだ。
ニッチを維持したまま業績を伸ばしていくには、利益率やリピート率の向上など、売上を増やす以外の別の目標が求められる。どうしても量的な成長を目指したければ、ニッチトップの事業を一つずつ増やしていく「マルチ・ニッチ戦略」も可能だ。
最後に山田教授は、いずれの戦略を進めるにしても、社内における経営ビジョンの浸透が重要と語る。
「他社に追いつくキャッチアップ戦略で、単に真似をしているだけだと、従業員のモチベーションを維持しにくいでしょう。顧客から見て自社が必要とされる理由や存在意義、最近の言葉で表すなら『パーパス』を明確にし、それに向かって進んでいくことによって、従業員は意識を高く持って働けるのではないでしょうか」
いずれにしても重要なのは、大企業と正面から戦わないこと。それが、中小企業がトップを獲得し、地位を維持する有力な選択肢といえよう。
話を聞いた方
早稲田大学大学院
経営管理研究科 教授
山田英夫さん
機関誌そだとう209号記事から転載