「内部留保をどのように有効活用していくかが課題。
今の経営者はもっと投資への配分を」

東京中小企業投資育成社長
(元経済産業事務次官) 望月 晴文

「近年は株主への分配への議論ばかりで、もっと従業員に対する分配を考える時」─。リーマンショックに続いて、コロナ危機に遭遇し、今はなかなか企業が“人”への投資ができていないのが現状。賃金を引き上げるためには、「人の価値を従来より高いものにしないといけない」と強調する望月氏。全国約360万社のうち、日本の99・7%を占める中小企業の体質強化策とは─。

<経歴>

1949年神奈川県生まれ。73年京都大学法学部卒業後、通商産業省入省。経済産業省大臣官房商務流通審議官、中小企業庁長官、資源エネルギー庁長官を経て、2008年経済産業事務次官。10年内閣官房参与(11年9月退任)。同年10月日本生命保険相互会社特別顧問(13年4月退任)。13年6月より東京中小企業投資育成代表取締役社長就任。現在は日立製作所の社外取締役・取締役会議長をつとめる。

従業員に対する分配を

─ 先の衆院選では「成長と分配」が争点となりましたが、今回の衆院選を望月さんはどのように受け止めていますか。

 望月 岸田首相は「成長と分配の好循環を目指す」と宣言し、立憲民主党などの野党は「分配なくして成長なし」ということで、「成長と分配」がぼんやりとした争点というか、キーワードとなりました。
 安倍政権は第一、第二の矢で大胆な金融政策と機動的な財政出動を行い、規制緩和や構造改革をしながら第三の矢である成長戦略を実現しようとしました。その成果がトリクルダウンといって、富裕層や大企業が豊かになれば、その恩恵が低所得層や中小企業に波及する。そういうことを目指したわけです。
 この成長に至るまでのシナリオは菅政権も、今回の岸田政権においても、そう差は無いと思います。成長のシナリオの先に今度はトリクルダウンではなく、分配ということを、どのように上手にできるかというのが、岸田首相には問われていると思うんですね。

 ─ この分配ですね。一部ではバラマキではないか? という見方もあるんですが。

 望月 バラマキというのは、成長をした後、財政を経由して配るということですよね。しかし、今度は経済のメカニズムの中で成長の成果を直接、従業員や国民に配るということなんで、いわゆるバラマキとは違うと思います。
 要するに、企業の中ですでに貯まっているキャッシュ、いわゆる内部留保をどのように有効に活用していくかが重要で、貯めこんでいるだけでは意味がない。今の企業経営者は、この部分が弱いかなと思うので、もっと分配というか、投資に向けてほしいと思います。

 ─ では、どのような投資が望ましいですか。

 望月 投資の基本というのは、1に設備投資、2に成長投資、そして3にM&A(合併・買収)です。これは資金効率がいい順で、まずは設備投資。その次に時間はかかりますが、成長のための研究開発投資、そして最後に成長のための時間を買うためにM&Aを行うと。わたしはこれが企業における投資の大前提だと思います。
 その上で、企業が稼いだ利益を、これら3つの投資に向けると同時に、従業員に対する賃金で分配する。そして株主を含めたステークホルダーに分配することが大事だと思います。
 近年は株主に分配する、つまり配当することに関しての議論ばかりが盛り上がっていますが、従業員に対する分配という部分が盛り上がってこなかった。ここは本来、労働組合の役割なのだろうと思いますが、労組の力が弱くなっていますので、ここのところをどういうルールや政策で実行してもらうのか。これが問題なのだと思います。

人への教育投資が必要

─ いかに賃金を上げていくかというのは大きなテーマですね。

 望月 ええ。安倍政権の時に経団連などに賃上げを要請して、いくらか賃上げをした会社はありましたが、あれでお終いではいけない。もっと健全な労使関係でいけば、賃金の分配に関しても、株主が株主総会で配当の分配を要求するように、経営者と従業員の関係も同じようになるべきだと思います。
 日本は過去の失われた30年といわれた時期に、債務、雇用、設備という3つの過剰を解消し、筋肉質な体制をつくることでバブルからの復活を果たしてきました。ただ、その後もリーマンショックや現在のコロナがあったりして、なかなか人への投資ができていないのが現状です。
 だから、これから日本企業に必要なことは、先ほど言った3つの投資に加えて、わたしは、人材のためにもう少しお金を使うべきだと思います。

 ─ 何より、これからは人材投資が大事だと。

 望月 人材投資に企業がお金を使うようになると、データサイエンティストなど、有能なタレントの人を高い給料で雇うことができるし、もう一つは、企業内の人材の再教育に充てることができる。
 特に再教育というのは大事なことで、このコロナ禍で産業界のかなりの部分でデジタル化が進みました。さらに、これからデジタル化やAI(人工知能)などの技術が発達してくると、機械に任せればいい仕事が出てくるわけです。

 ─ 機械にできることは機械でやる。そうなれば効率的になると思うんですが、その場合、人間の役目はどうなりますか。

 望月 今まで人手でやっていた仕事を機械に任せれば、人間はもっと知的で高度な仕事をすることができます。ただ賃金を上げろと言っても、今までと同じことをし、何の生産性向上も果たしていないところに賃金を上げることはできません。
 賃金を上げるためには、人の価値を従来よりも高いものにしないといけない。ということは、同じ労働をしていて、労働の価値が上がらなかったら、賃金は上がらない。だから、生産性を向上させるためにも、人への教育投資が必要なんです。
 教育投資というと難しく感じるかもしれませんが、例えば、小売業がEC(電子商取引)サイトを開設しようと考えたら、店舗で待っているだけでは不十分で、それなりにITの勉強をしないといけない。付加価値を高めるための投資は必要であり、従業員の再教育というのは、企業がお金を向ける先が人になるということであり、これは経営戦略そのものの問題だということです。

 ─ これは国の政策うんぬんではなく、経営者の戦略の問題なのだと。

 望月 ええ。今までも政府は補助金を出したり、教育センターをつくったりして、様々な支援策を打ち出していますが、今度は人材投資に対する支援も加えてほしい。大企業は投資もできますが、中小企業はそんなに余裕がない。この中小企業に手を打っておかないと、ここから先、中小企業だけが取り残されてしまうので、そうならないような政策が必要です。

長期安定株主として中小企業の後方支援を

─ 要は国、企業それぞれに役割があると。

 望月 そういうことです。
 われわれ東京中小企業投資育成としても、中小企業の自助努力を横から支えて、支援することが使命です。投資先は非上場企業の中小企業が中心で、われわれが株主となって、経営戦略を共に考えていく。いわゆる同族企業が4分の3くらいあるんですが、当社が入ることで自己資本を充実させると同時に、信用力を高めていくことが狙いです。
 中小企業は大企業に比べて信用力という点では劣ります。しかし、当社のバックには国というか、経済産業省がいますから、われわれが投資をすることによって、中小企業の信用力を担保するわけです。

 ─ 東京中小企業投資育成という組織は、法律で定められた会社なんですね。

 望月 ええ。当社の成り立ちは非常にユニークです。
 もともとは、1958年に米国で「スモール・ビジネス・インベストメント・アクト(中小企業投資法)」が制定されたことがきっかけとなり、旧・通商産業省(現・経済産業省)の若手官僚が日本にもこうした制度が必要だということで、1963年に「中小企業投資育成株式会社法」という法律によって設立された政策実施機関です。

 ─ 米国の制度を参考につくられたんですね。

 望月 そうです。ただ、米国ではベンチャーキャピタルに近い立場でつくられた法律ですが、当時の日本にはまだベンチャー企業は稀だったので、中身は全然別物になっています。
 例えば、米国のベンチャーキャピタルは、株式の保有期間を定めた投資を行い、ほとんどがIPO(新規上場)して、キャピタルゲインを得ることが前提です。つまり、卒業させることが前提になっているわけです。
 ところが、われわれは長期にわたって株式を保有し続けることによって、中小企業の後方支援を行います。投資資金も自己資金ですから、長期安定株主となって、投資先企業に寄り添うことができるのです。だから、われわれは期限を区切って売却したりせず、長くお付き合いするという特徴があります。

 ─ これは米国には無い形態ですかね。

 望月 全く無いかは分かりませんが少ないと思います。米国の起業家は規模を大きくして上場し、早くキャッシュを手に入れて、自分自身もエグジットして次の仕事をやろうという人たちが多いですからね。

 ─ そうなると、御社の利益はどこから得るのですか。

 望月 基本的には配当です。われわれは投資先企業に対して、経営干渉や役員派遣を行わないというのも大きな特徴ですね。
 米国とは違って、日本の非上場企業の中には、将来的な上場を望まない企業もたくさんあります。上場することによって、自分たちの会社ではなくなることを嫌がるわけです。もっと言うと、代々続くファミリービジネスで、非上場のまま長く続けたいという会社もたくさんあるわけですね。
 こうした企業が日本経済の基盤を支えているわけですが、これらの企業が株式の一部を誰か第三者に預けるということは不安ですよね。それこそ信用が無ければ、自分たちの会社の株式を渡したくないわけです。
 ですから、そこにわれわれが投資すれば、われわれは政府が監督する会社ですから、信用力があると。しかも、売却益を狙うという考えも無いから、単に規模の拡大を狙うのではなく、強い企業をつくることができるだろうと。そういう効果を期待しているわけです。

 ─ 現在、投資先企業は何社くらいあるのですか。

 望月 投資育成会社はわれわれ東京の他、名古屋と大阪にもあり、3社で約2800社に投資しています。そのうち、われわれが投資しているのが1100社くらいあって、われわれが入ることによって、きちんと利益を上げて、配当もし、納税もすると。だいたい9割の投資先企業は配当を出しています。

日本経済の基盤を支えているのは中小企業

─ 9割の会社が配当ありというのは立派ですね。ところで、望月さんが2013年に社長になって8年が経ったわけですが、この間の手応えはどう感じていますか。

 望月 つくづく思うのは、改めて、日本経済の基盤を支えているのは中小企業だということです。それも日本の場合、優秀な中小企業が多いことが特徴で、自動車産業にしろ、エレクトロニクス産業にしろ、大企業を支えているのは中小企業があってこそだと強く感じます。
 特に先ほどお話したようなファミリービジネスを行っているような会社というのは、継続が善なんです。日本には100年以上続いている企業が約3万3千社ありますが、企業が継続していくためには常に変化していくことが大事だし、優秀な後継者に引き継いでいくことが大事です。
 歴史の長い企業というのは、その時々の経営者が常に存続について考えていて、例えば、会社が潰れないように、どこか大企業1社への依存度を高めないように工夫しています。やはり、1社依存度の高い企業はリスクが高いですから、そうならないような仕組みをつくっていますし、後継者が育ってきたと思ったら、さっさと次の世代にバトンタッチしています。

 ─ きちんと後継者を育てているということですか。

 望月 ええ。自分がとことんやって、万策尽きてダメになってから後継者に引き継ぐのでは会社がダメになるわけですよ。
 それが最悪のシナリオなわけで、同族企業のトップはどういうタイミングで後継者に引き継げばいいかというのが分かっていますよね。そうしないと、残された社員が可哀想だし、これはトップとして大事な要素だと思います。
 繰り返しますが、日本には優秀な中小企業がたくさんあります。われわれがこうした会社を支援することで、日本経済の活性化に貢献していきたいと考えています。

「財界」2021年12/8号記事から転載

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