唯一無二の“社風”形成で組織醸成
CASE②精電舎電子工業株式会社
失敗を恐れず、社員が手を上げればやらせてみる。そうして、自ら考えて動く人材を育て続け、国内トップに上り詰めた会社がある……。企業風土は、まさに自由闊達。のびのびと好きな仕事に打ち込む社員の顔は、みな輝いているという。その会社こそ、プラスチックの溶着溶断、金属の接合に用いられる二次加工機器メーカー、東京都荒川区に本社を置く精電舎電子工業だ。
松岸則彰社長
- 主な事業内容:
- プラスチックの溶着溶断装置、金属接合機、発振器の開発、製造、販売
- 本社所在地:
- 東京都荒川区
- 創業:
- 1953年
- 従業員数:
- 160名
同社はこれまで“厳しい管理はせずに、仕事は楽しく”という基本方針で、社内のヤル気を高めてきた。
1961年に世界初の「超音波プラスチック溶着機」を発表した同社は、以降、光の波を利用した炭酸ガスレーザーや電磁誘導ウェルダーなど、プラスチック製品の加工に欠かせない装置を開発。自動車や家電製品からマスクなどの日用品・雑貨まで、私たちが普段使っている製品の製造に広く活用されている。近年は技術を応用して開発した、ケーキなど柔らかい食品を型崩れすることなくカットできる「超音波食品カッター」の需要も高まるなど、新たな分野でも存在感を示している。
6軸多関節ロボットに、レーザヘッドユニットを搭載した製品。
車のドア、バンパー、フェンダーなど自動車部品のトリミングに広く使われる。
失敗するから成果が出る経験が人を育てる
同社の松岸則彰社長は、競争の激しい現代に、トップであり続けるためには、「技術的な“基礎力”に加え“発想力”が重要」だと語る。
「アイデアの源泉は、やりたいことがあることです。そこで私は従業員に『やってみたいことがあればやってみて』と常に言い続けています。人から与えられたことには思い入れが乏しくなるため、よい考えもなかなか湧きません。主体性や自主性のもとに、チャレンジが生まれるのです。例えば、経営陣が“売れる”と感じたものの開発をする際は、興味を示す社員を募るようにしています。やはり、意欲やアイデアがないままやらせても、時間やお金の無駄になってしまいます。場合によっては、外注することも検討することだってありますから」と、松岸社長は語る。だからこそ、「やりたい」という声があがれば、失敗も覚悟の上で挑戦させる。「コストも当然かかりますが、失敗しないと社員は育ちませんし、チャレンジしないと成果も生まれません。私自身も多くのことに挑み、たくさん失敗しながら、成果を出してきました。弊社は、そんな経験を多くしてきた社員が出世しているはずです(笑)」
松岸社長は、国内だけでなく、アメリカやタイなど、海外にも多くの拠点をつくり、「自ら動く組織」の基盤を築き上げてきた。
人事評価でも、目標を立て、進捗や実際の行動を確認してはいるが、失敗したからといって評価が下がることはない。単に評価項目を指数化する定量的な側面だけではなく、上司との面談を通じ、個人の意欲的行動を十分に見て総合的に判断している。
大学との交流で“人材”と“専門性”を強化!
「専門は深く、専門外は広く」。同社は創業時から「行動指針」の1つにこう掲げ、海外展示会への社員派遣、資格取得や大学院通学への補助など、意欲ある社員への支援を、それこそ惜しむことなく続けてきた。「もし、自分が学びたい分野の展示会が海外であれば、行ってこいと話しています。ただし、1人ではなく仲間を集めて行くのが条件です」
ものづくりは1人ではできないからこそ、こうした条件を付す。コロナ禍以前、海外展示会へは年に1、2回、5~10名を送り出していた。
資格取得についても、業務に関係があれば、受験費用やテキスト代などを会社が負担する。技術系の職種に限らず、他の職種においても同様で、MOT(Management of Technology:技術経営)やマーケティングを学ぶための大学の学費、営業のスキルアップ研修など、希望者には支援を惜しまない。
また、現在、全国7つの大学と、さまざまな形で関わりを持つ。たとえば、大学院の社会人ドクターコース(博士課程)で学ぶための学費を支援したり、共同研究費として大学院の研究室に資金提供をし、研究室のプロジェクトに社員を送り込む関係を構築している。そこでは、炭素繊維や素子(電気回路の構成要素)など、幅広い分野で共同研究を進める。なかには、学内にラボを借りて、常駐している社員もいるほどだ。
こうした関係は、創業当時から続いている。創業時の同社の製品が、大学研究者の特許を使用して開発したというルーツがあるため、現在まで人材交流が継続されてきた。
そのほかにも、現役大学院生への奨学金支給もしている。支援した学生は就職先を自由に選べるが、入社すれば奨学金は全額免除される。
「やりたい気持ちが強い人は、熱意もあり優秀です。経済的な理由で学びを断念せざるを得ないのは、日本の未来のためにももったいない」と、松岸社長は、支援の理由を語る。
卒業後に入社してきた社員は、自分の出身研究室やパイプがある研究室に自由に出かけていく。研究室の学生にとっても、これまでの学びが、社会に出ても活かせる場があると認識できるなど、プラスになっているのは言うまでもない。さらに、将来有望な学生に同社を知ってもらう機会にもなっており、採用面でも大きな武器になっている。
(左)同社の支援を受け、室蘭工業大学大学院で超音波の研究を行う青野浩平さん(左手前)。
(右)同社に所属しながら、山梨大学でレーザーの研究をする児玉康司さん。
実際、同社の新卒採用の多くは、研究室経由でのものだ。
「近年は理系であっても、ものづくりではない分野に就職する学生が、少なくありません。そうしたことが続くと、日本の製造業は世界で勝てなくなるかもしれない」と松岸社長は、今後の日本経済やものづくりの未来を見据え、その根幹を担う人づくりの大切さを力説する。
とはいえ、支援を続けるにはそれなりのコストがかかる。相応の経営効果はあるのだろうか。
「直接的には見えづらいかもしれません。学びへの支援制度があると、こんなことをやりたいという意欲のある社員たちが増えてきます」
その気持ちを出発点にチャレンジさせ、そうすることによって将来の経営に貢献する人材が育つという。
社員の“仕事が好き”をつくる仕組み
冒頭に紹介したように「働き方」も柔軟だ。ここ数年、男性の育児休暇の取得は100%。3カ月にわたって取得した男性もいるという。週2日はノー残業デーを設けており、残業申請をしていないと、パソコンが自動的にシャットダウンする仕組みを導入している。なかには、一週間をかけ北海道一周旅行に出かける社員もいるという。
「他社からは『そんなに休ませてもいいんですか』と言われることもありますが、社内でちゃんとフォローし合っているので問題ありません。例えば、社員が育休から復帰すると、周囲は『よかったね』と声をかけますし、配属もできるだけ、本人の希望に沿うようにしています。その後、仕事をきちんとやっていれば、当然ですが評価は下がりません」
こうしたことが可能なのは、自主的に動くことが重んじられ、個人を尊重する組織風土が醸成されていることだけでなく、元来よりチームがしっかり連携する組織体制が形成されてきたことも大きい。
「社員の声を聞くことにも、注力しています。たとえば、経営計画を発表する際に、私の評価を社員にしてもらうんです」と松岸社長。
無記名で行われる社長への評価のなかには、批判的な内容もいくつかあるという。だが、そんな評価に対しても、真摯に向き合う。
「これは、さらなる成長のための意見だと捉えていますね。工夫を重ねて、ちょっとずつ、そういう声が減ってきました(笑)」
苦言にも耳を傾け、さらなる企業成長の糧にする……。同社が業界トップを走るのは、こうした自らを省みる姿勢を忘れないからだろう。
松岸社長は、「仕事を楽しむ社員を見ていると、うれしくて仕方がないんです」と語る。
今後について、社長はこう語る。
「医療分野や、電池分野に注力していきたいですね。これらは、もっと日本でつくるべき製品です。国内製造業の発展に貢献していくためにも、社員には、さらなるチャレンジを期待しています!」
「技術力」と「発想力」、そしてのびのび仕事ができる場が整っている同社だからこそ、社員が自主的に全力を出すことができる。同社の挑戦と成長に、これからも目が離せない。
機関誌そだとう208号記事から転載