情報のパイプを活かし開発に直結させる……“楽しんで生む"からヒットが!
鍵盤ハーモニカ製造の草分け的な存在である株式会社鈴木楽器製作所は、ハーモニカで世界的に高いシェアを誇るほか、鈴木楽器ならではのユニークな製品を常に開発、世に送り出し、一般からプロフェッショナルユーザーにまで愛されている。2020年に日刊工業新聞社「優秀経営者顕彰 女性経営者賞」を受賞した鈴木ネ豊子社長にお話を伺った。
鈴木ネ豊子社長
1951年生まれ。73年に鈴木楽器製作所に入社し、総務・経理を担当。2012年、取締役社長に就任。
その後、スズキグループ各社の社長を兼ね、20年に代表取締役社長就任。同年、日刊工業新聞社
「優秀経営者顕彰 女性経営者賞」受賞。
- 主な事業内容:
- 鍵盤ハーモニカ、ハーモニカ、ハモンドオルガンなど楽器製造・販売
- 本社所在地:
- 静岡県浜松市
- 創業:
- 1954年
- 従業員数:
- 208名
鍵盤ハーモニカ「メロディオン」。幼稚園・保育園から小学校時代に親しんだ人も多いのではないだろうか。この製品が鈴木楽器製作所から誕生したのは1961年のこと。
それから60周年を迎えた2021年、色鮮やかな記念限定モデル3機種を発売したところ「初回出荷分はすべて完売しました」と、鈴木ネ豊子社長(70歳)はうれしそうに微笑む。
同社は、この鍵盤ハーモニカ製造の草分け的な存在だが、メロディオンだけではなく、約1700種類もの楽器を開発。現在、ハーモニカでは世界的に高いシェアを誇り、リコーダー、アコーディオン、オルガン、打楽器など、一般客からプロフェッショナルユーザーにまで愛される楽器を製造・販売している。
主力は代表製品の鍵盤ハーモニカをはじめ、ハーモニカ、ハモンドオルガンが挙げられるが、このほか、鈴木楽器ならではのユニークな製品を常に開発し、世に送り出している。
減音器付きハーモニカなどユニーク商品を次々開発
世界初の減音器付きハーモニカ「シノビクス」を
独自開発。着脱可能なサイレンサー搭載により、
音量の8割低減を可能にした。
同社のこうした旺盛な開発意欲は、今回、同社が獲得した優秀経営者顕彰「女性経営者賞」の受賞理由「自宅練習に適した減音器付きハーモニカの開発といった企業姿勢を見せ、現状にあぐらすることなく進化を続けている」との評価にも表れている。
この減音器付きハーモニカとは、18年に独自開発した世界初・サイレンサー付きの「シノビクス」だ。着脱可能なサイレンサーを取り付けると、音量を通常より8割低減できる。
このユニークな製品は、以前から顧客のニーズや開発者の話を聞いていた鈴木社長が、ヒントを得て提案したものであるという。
「出す音を近隣の方に聞かれるのが恥ずかしいという人も少なからずいるので、減音効果のあるハーモニカがあれば面白い、と思ったのです。社内で提案すると、すぐに試作機ができ上がりました。きっと製造現場でも同じことを考えていたのですね。当社は国内外の展示会で『変わった楽器を出品する会社』と呼ばれていまして、社員のアイデアや発想の芽を決して摘まないことを重視しています」
鍵盤リコーダー「アンデス」もそんな同社の文化を象徴する製品の一つ。リコーダーを鍵盤で演奏できる楽器で、笛の音色が温かくも「ユルい」感じを醸し出し、一部に熱狂的なファンが付いている。
こうした愛される製品を生み出し続ける社風は、どのようにして培われてきたのだろうか。
創業者の“やらまいか”精神で音楽文化にも貢献
そもそも、鈴木社長の父であり、創業者の故・鈴木萬司氏がユニークな発想と開発力の持ち主だった。ハーモニカのメーカーとして1954年に静岡県浜松市で同社を創業した萬司氏は、小学校の音楽教育にハーモニカが採用されたことをきっかけとして、もっと教師が指導しやすい楽器が必要と考え、鍵盤ハーモニカの開発に着手する。
というのも、ハーモニカ演奏には教師の技量が必要であり、児童に音階などを教えにくいという現場からの声があったからだ。それが鍵盤ハーモニカならば音階を示しやすく、小さい子どもでも一様に音を出せる。
結果、メロディオンは文部省(当時)の教材基準となり、全国の小学校に広がっていった。その後、幼稚園・保育園にも導入され、現在では毎年90万台が出荷される。同社の鍵盤ハーモニカ市場でのシェアは約4割にも上る。
主力商品の鍵盤ハーモニカ「メロディオン」(左)、ハーモニカ、打楽器など。
トーンチャイム・ベルハーモニー(右)は、手で振ることで音を奏でられるオリジナル楽器だ。
鍵盤ハーモニカ同様、大正琴も鈴木楽器が世に広めたものである。一般的な琴を弾くには相応の修練が必要だが、大正琴はキーを押すだけで誰でも演奏できる。
もともとは大正元年に発明され、その後一時的に市場から消えかけていたが、第二次世界大戦後、作曲家・古賀政男氏の演奏によって一大ブームが到来。萬司氏が古賀氏と協力の上、電気式の大正琴を開発し、全国に普及させたのだ。
さらに萬司氏は、当時、大正琴教室を開いていた琴城流初代家元・鈴木琴城氏と共同で全国に教室を展開し、各地で指導者を養成することにより、ファンの裾野を広げてきた。
現在、同社では大正琴だけではなく、鍵盤ハーモニカやハーモニカなどの教室も運営しており、音楽愛好家を育てることに尽力している。
萬司氏について、鈴木社長は「何にでも興味を持つ人だった」と振り返る。
「子どもみたいに純粋で、何でも知りたがり、つくりたがる人でした。楽器の音質に対する思い入れが強く、より良い音への探究心は非常に高かったですね。性格はおおらかで、社員には『自分の頭で考えて、何でもやってみろ』とよく話していました。浜松で言う『やらまいか精神』です」
楽器を通じた学校とのパイプを活用し、
教師や生徒のニーズに応える教育向け
ソフトウエアを40年ほど前から開発。
そんな同社は、楽器だけではなく、コンピューター時代の到来も予見していた。早くも1982年には学校向けのソフトウエア開発をスタートし、84年にグループ会社・スズキ教育ソフトを設立。教師の校務や生徒の学習支援など、多彩なソフトを開発・販売している。
なかでも現在、好調な商品は児童・生徒の成績処理や出欠および健康状態などを管理する「校務シリーズ」だ。教育現場のニーズを映し、ソフトウエア事業は全グループ売上のうち2割を占め、経営第二の柱となるまでに成長した。
このソフトウエア事業を始めたきっかけは、グループ販社による学校向けの営業から上がってくる情報だった。楽器を通じた日頃からのパイプを活用し、現場の教師たちの苦労やニーズを聞き出して、まだ一般的ではなかった校務支援ソフトを他社に先駆けていち早く開発したのだ。
「楽器でもソフトウエア開発でも、教育の現場から情報を集めてものづくりに活かすのが私たちの強みです。毎月、企画会議を開くのですが、販社から前線の話題がいろいろ上がってきて、開発の刺激になっています」
と同時に、自分たちが楽しんで製品を作ることが大切だという。
「楽器演奏は楽しい“コト”。売る側が楽しくなければ、お客様も楽しめないでしょう。ですから販売も開発も、会社や製品に対して、もっともっと愛着心を持ってほしいと願っているのです」と鈴木社長は語る。
三つのプロジェクトで組織と業務を改革
ハーモニカや鍵盤ハーモニカの音質を左右する根幹は、息を吹き込んだときに振動するリードという部品である。リードを支えるプレートには窓が開いており、ここから空気が出入りして音が出る。このリードや窓のサイズなどの加工は非常に繊細で、ミクロン単位の調整が必要となるが、同社では長年、現場の職人技がそれを支えてきた。
毎月開催する企画会議。社員からの思わぬ
新製品提案に笑いが湧き起こ ったりと、
終始和やかな雰囲気の中、活発な討議が進む。
もちろん、工程の機械化も進めており、自社で製造機械や治具もつくっている。だが、最終的には手作業に頼る部分も多く、生産・業務工程は古い体質のままであったのだ。
「私は2012年に社長に就任しましたが、技術のことは詳しくなく、社長としてやっていけるのか、当初は葛藤がありました。しかし、会社を存続させるのが私の役割ですから、まずは社員のモチベーション、生産性、収益性を上げるための三つのプロジェクトから始めることを決断したのです」
鈴木社長が始動した3プロジェクトは、それまではあまり重視されていなかった組織や人事体制、生産工程のあり方を、改めて整備する業務改革だった。まず第1に人事制度に切り込み、評価基準を明確化。等級制度を新設し、社員のレベルと給与基準の見える化を図る。第2は生産システムの変革で、14~16年の間に生産性を30%向上させ、在庫を30%削減することを目指した。生産数値を指標化して目標を立て、定期的にモニタリングしながら改善するとともに、社内での教育訓練も同時に実施。その結果、一般社員からも意見が出るようになり、皆の意識が変わっていくことに。継続的な小集団活動もスタートさせ、各部門のグループごとに業務改善提案を行うコンテストを現在も開催している。第3は原価低減だ。開発から製造に至る業務フローを見直し、労力やコストのムダを省くため、標準工数を設定。これによって各工程でのコスト管理把握が可能となった。
今回、女性経営者賞を受賞できたことを鈴木社長は「社員の努力の賜」と語る。萬司氏から託された音楽への思いを、鈴木社長が全社員に浸透させた結果だろう。
東京中小企業投資育成へのメッセージ
投資育成は多種多様な会社に通じていらっしゃるので、必要に応じて当社にもご紹介いただければと希望しています。現在、半導体不足が社会的問題になっており、当社も入手しづらい状況ですので、ぜひ投資育成にもご協力願えればと思います。今後も経営に対するアドバイスを含めて、幅広くご相談に乗っていただければ助かります。
投資育成担当者が紹介! この会社の魅力
業務第四部 上席部長代理
新井栄二
このたびはご受賞、誠におめでとうございます。担当者として、次の飛躍につながるような情報提供や、投資先様同士のビジネスマッチングを行い、お役に立てるよう、がんばってまいります!
新型コロナウイルスの影響で1年以上、お会いできていませんが、直接、お会いできることを楽しみにしております。
機関誌そだとう207号記事から転載