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CASE②株式会社ケーエムエフ
「当社は『継続は力なり』の理念のもと、絶えず変化する環境に対応し、常に新しい価値の創造に取り組み、企業の継続に努めてきました」
こう語るのは、建設業界で使われるプレキャストコンクリート(PCa)用の鋼製型枠製造で国内トップシェアを誇るケーエムエフの小島浩光会長だ。
小島浩光会長
- 主な事業内容:
- 建築・土木向けプレキャストコンクリート製品用鋼製型枠の製造・販売ほか
- 本社所在地:
- 東京都港区
- 創業:
- 1968年
- 従業員数:
- 174名
事実、同社は創業から50年以上、少しずつ姿を変えて、時代の波を乗り越えてきた。
ケーエムエフは1968年、先代である小島会長の義父が、小島メタルフォーム工業として立ち上げた。92年に社名の頭文字を取り、ケーエムエフに変更。
創業社長の実家はもともと製缶業を手がける町工場だったが、事業を継承するとともに、新規事業としてPCa用の鋼製型枠の製造に乗り出した。
時は高度経済成長期、都心に次々と高層ビルが建築されるのを見て、ビルの外壁に使われるPCa用の鋼製型枠の需要が伸びると考えたのだ。しかも製缶業で培った、鉄やステンレスなどの金属板を加工する技術が生かせる。
各種プレキャストコンクリート製品用鋼製型枠などを製造・加工する花泉工場(岩手県一関市)。
花や樹木を植えた庭園に囲まれ、季節を感じながら仕事ができる。
PCa用の鋼製型枠製造で事業領域を拡大していく
周知のとおり、コンクリートは、建築・土木工事で幅広く使われ、オフィスビルやマンションなどの建築物、道路やダム、高架橋、トンネル、港湾設備など用途は多岐にわたる。一般にコンクリート構造物は、建設現場において型枠を設置し、コンクリートを打設して造られるが、PCaは専用工場であらかじめコンクリート製品を製作した後、現場へ運搬して組み立て、設置を行う工法だ。工場で製作されるため天候に左右されることなく、高品質のコンクリート製品がつくれる。
創業社長が最初に手がけたのは、PCaカーテンウォール用の鋼製型枠の製作だ。カーテンウォールとは、建物自体の荷重を負担しない耐力壁以外の内部と外部の空間をカーテンのように仕切る壁のこと。社長の目論見は見事に当たり、ビルの建築ラッシュの波にのり事業は急成長する。
ところが、高層ビルのカーテンウォールの素材は、次第にコンクリートからガラスへと転換。需要が減少する中、同社は事業領域を広げていく。土木分野に進出し、高速道路、トンネル、高速鉄道、橋梁などで使われるPCa用の鋼製型枠を幅広く生産するようになる。
同社の型枠を使った建造物には、丸の内ビルディングや六本木ヒルズの外壁のほか、リニアモーターカー実験線の側壁、東北新幹線や北陸新幹線、台湾新幹線の軌道スラブ用の型枠にも使われている。
業界シェアNo.1を誇るケーエムエフの鋼製型枠。新国立競技場、横浜ランドマークタワー、東京都庁、六本木ヒルズ、台湾新幹線などにも採用されている。
(左上)競技場向けプレキャストコンクリート製品の型枠。
(右上)水路・河川などにかぶせる門型カルバートのコンクリート用型枠。
(左下)雪害から道路を保護するスノーシェルターのコンクリート用型枠と、その適用例。
(右下)高速鉄道の高架橋に設置された同社製の軌道スラブ(道床)。
このように時代の変化に合わせて事業領域を拡大してきたが、共通するのは、PCa用鋼製型枠を用いる分野であること。畑違いの異業種に参入するのではなく、既存の技術を生かした「需要分野の拡大」である。国内の鋼製型枠メーカーの大半は、建築または土木のどちらかの分野を専門にしており、建築・土木の両分野を手がける企業は少ない。
新しい柱をつくるため隣接異業種へ参入
2004年、2代目社長に就いた小島浩光氏は、さらなる成長に向けて事業の多角化に乗り出す。国内の建築・土木需要は景気変動の影響で市場の変化が激しく、将来的に大きな拡大も見込めない。そこで建築・土木以外の需要分野の新たな柱が必要と判断し、機械加工品事業へ参入した。つまり、既存技術を生かした需要分野の再構築である。
鋼製型枠の製造は、設計図に基づき、鋼板をレーザー加工機などで切断し、溶接などの加工を施すため、もともと機械加工に近い。その技術やノウハウが生かせると考え、切削工具などの機械を導入し、独自に機械部品の加工をはじめた。
さらに2015年、大型製品の切削加工に強みを持つ大出工業所(群馬県太田市)を買収。材料切断から機械加工、製缶組み立ての一貫製造を行う同社は、特殊建設機械の構成部品、船舶・発電設備向け大型エンジンの付属部品、タイヤ製造設備フレームなどを得意としており、ケーエムエフと異なる需要分野を携える、まさに意を得たM&Aであった。
小島会長はほかにも同業の鋼製型枠メーカーやバルブメーカーもグループ化。大手高炉メーカー向けの圧延工程で使う金属圧延装置向けクーラント装置(水ソリュブル・バルブ)などを手がけており、さらなる需要分野の拡大を図った。
この一連の事業拡大により、自社にはなかった需要分野を獲得するとともに、ケーエムエフの技術力と各会社の技術力の掛け合わせにより、各社では生み出せないビジネスチャンスの拡大にも期待が持てるという。「いずれも基本的に鋼製型枠で培ってきた既存の技術やノウハウが生かされています。今後はさらに当社が強みとする設計から製造までの一貫生産の力を活用して、顧客層を広げ、深めていきたいです」
事業拡大は国内にとどまらない。経済成長を続けるインドネシアに進出。2017年に鋼製型枠の販売会社を、翌18年には製造会社を現地に設立し製造を開始した。
「インドネシアはASEAN(東南アジア諸国連合)の中で今後も人口増加が続く国です。市場が大きく、日本水準の高品質な鋼製型枠の需要も増えています」
インドネシア事業を支えるのが、現地のインドネシア人だ。ケーエムエフは同国進出前の2013年からインドネシアの技能実習生を受け入れてきた実績がある。人数は年々増え、現在は30人が各工場で働く。日本で学んだ実習生が帰国してケーエムエフの現地法人で働くほか、現地の大学新卒エンジニアも採用して日本国内で活躍している。
製造、営業、人材の強化で、新規事業を始動させる
国内外の事業拡大により、ケーエフエムの売上高は増加してきた。また、需要分野別にみた売上比率は、建築・土木とそれ以外がおよそ7対3になっており、小島会長の狙いは着実に実行されつつある。「コロナ禍の影響などもあり予想ほどは伸びていませんが、早期に50億円にもっていきたい。そのために設備投資も積極的に行っています」と小島会長は意欲を示す。
直近では2億円を投じて高性能レーザー加工機と省力化を狙った自動仕分けの装置を導入したという。
「この機械は国内でもまだ少ない先進マシンで、通常の型枠向けの倍の厚みを切れる出力があります。コンクリート製品をつくるための型枠だけではなく、機械加工など製品自体に耐久性が要求される広い領域への活用を想定して導入を決めました」
加えて、本投資では切断後の工程の大幅な効率化も図った。
「鉄板から必要な形を切断した後、これを人の手で取り分けると、かなりの時間を要しますが、新しい機械は切断後に必要な金属部品を自動で仕分けしてくれますので、大幅な省人化が図れます。また、24時間自動で稼働するので、夜間に稼働させておくと、翌朝には部品が仕分けされていて、すぐに組み立てに入るか、そのままお客さまに納められるようになります。非常に高性能な機械です。こうした設備投資を今後も行い、効率化や自動化を進めていく方針です」
設備投資で製造部門の効率化を図る一方で、営業部門の強化にも力を注ぐ。
小島会長は2020年、55歳を機に社長の座を、現在の大森敏之社長に譲った。
ケーエムエフ取締役社長・大森敏之氏。
「会社がさらに成長していくためには、経営者の立場で発想していける人材を増やすことが重要です。現在はケーエムエフ本体、グループ企業の大出工業所、インドネシア現地法人の3人の社長がいます。国内2社は私が代表権をまだ持っていますが、2人には経営トップとして基本的に任せています」と説明する。
営業面での強化はほかにもある。昨年、「次世代ビジネス推進室」を創設し、その室長に外部の人材を登用。建築・土木や機械加工分野とは直接関係ないものの、豊富なキャリアを持つベテランで、「モノづくり」の点で経験や知見は共通するという。その狙いどおり、早くも新規事業が胎動している。同室長がこの1年、社内外や関係する業界・業種をリサーチし、ケーエムエフの強みを生かせる新規事業を探し出した。再生可能エネルギーの風力発電である。小島会長は「風力発電の中核の部分ではなく、周辺領域でのコンクリートや金属加工で当社の技術力やノウハウ、知見が生かせると考えています」と話す。
人材強化では、もう一人、金融機関出身者を副社長として迎え入れた。支店長経験者で、幅広い業種の企業や経営者にパイプを持つ。ケーエムエフの経営とともに、M&Aをはじめさまざまな企業との提携や協力関係の構築を進めていく考えだ。
「新規ビジネスの創出は、時間や効率も含め、単独では難しいことが多いものです。ですから業種を超えた協力・協調も大事になってきます。ありがたいことに、これまでの企業とのつながりや人脈で、同業者だけではなく他業界・業種とも連携が取りやすくなっています。M&Aを含め協力を申し込まれるケースが増えています」
建設的な対話によって、現場社員の参画を推進
多くの企業が事業再構築の必要性を感じ、新規事業の立ち上げに取り組んでいるが、成功に導くのは簡単ではない。小島会長はどのように事業拡大を図ってきたのか。
「私自身、娘婿でアウェーの立場で社長に就きましたし、コンピューターメーカーの出身で型枠は門外漢ですから、最初の2~3年は苦労の連続です。とにかく“聞く姿勢”を大事にしました。現場は職人気質で難しい面がありましたが、新規事業でも『やる・やらない』という話の前に、やらないまでも、自分としてはこれをこんなふうにしたいと話す。要は建設的な対話です。そうして粘り強く話をしているうちに、現場の社員もだんだん参画してくれるようになりました。社風が大きく変わったと実感しています。三原則(現場・現物・現実)といわれますが、できるだけ現場に足を運び、社員に声をかけ、ヒントをもらう。机上ではなく現場で話を聞き、自分の目で見て考えることを心がけています」
同時に、外に向けてもアンテナを張り巡らすことが大事だという。
「井の中の蛙にならないように気を付けています。自分の常識がすべてのように思いがちですが、非常識なこともあります。ですからとにかくアンテナを張って、情報をたくさん入れること。そのうえで情報を見極めることが大切。情報の質です。多くの情報を得ながら、的確に質を把握するという作業を繰り返していくと、いい循環になってきます。そこから新規事業のヒントが見つかり、ビジネスへとつながっていきます」
ケーエムエフが目指すのは、「100年企業」。そこに向かって、事業再構築の“継続”は続く。
機関誌そだとう207号記事から転載