対談

コア技術の検証、多角化経営への挑戦、人材育成……
中小企業「生産性向上」のカギとは?

青山学院大学 名誉教授・港 徹雄氏×東京中小企業投資育成株式会社 代表取締役社長・望月晴文

変化が続くビジネス環境において、中小企業の“勝機”は、どこにあるのか?
先を見据えた準備をした上で、独立独歩で成長していく可能性を探る。

望月
1980年代まで、日本の中堅・中小の製造業は、アセンブリインダストリーの中で実力を上げてきたように思えます。特に、自動車や家電などの業種については、サプライヤーが効率化とか技術力の進化をさせたからこそ、国際的な競争力を有することができたといえますよね?


確かに、そうですね。また、日本型の企業間分業システムによって、情報コストの節約が実現できたことも大きな理由でしょう。アナログ時代の情報コストというものは、例えば、取引する相手が10倍になれば、情報処理コストが100倍になるといった費用曲線を描きます。そのため、情報コストを節約するには、情報交換する企業を少なくすることが効果的です。日本型企業間分業システムは、数次にわたる階層的な下請け構造を形成していて、各階層における上位会社が、直接、情報交換するサプライヤーは少数ですみました。

望月
サプライヤーが上位会社と綿密な情報交換をすることによって、部品の調整などを行う「擦り合わせ」のベースを持っていたということですよね。


その通りです。中小サプライヤーでもプロセスイノベーションによって、連続的な品質向上を実現させたのです。また、サプライヤーと上位会社が築いた長期・継続的な取引関係も、日本の製造業が競争力を伸ばせたもう一つの要因です。入札で一定期間の取引を決めるアメリカと違って、日本は限られたサプライヤーと長期間にわたって取引を継続するため、上位会社とサプライヤーの間で、信頼関係をベースとした商習慣が成立していたのです。

望月
信頼関係で成り立つ取引にはメリットが多いと思いますが、例はありますか?


上位企業との取引でのみ役立つような設備やノウハウなど、「取引特定資産」と呼ばれるものへの投資を積極的に行うことで、生産性の向上が図れました。

1983年頃の話ですが、ある自動車メーカーが新型エンジンを開発するにあたって、サプライヤーに特殊な加工を全自動で行える設備を導入するよう依頼しました。その設備は、その自動車メーカーのエンジン部品加工専用で、他の用途では役に立ちません。しかも、設備投資資金は6億円。そのサプライヤーは資本金2億円でしたので、3倍の投資です。このような投資判断は、長期・継続的な取引をするという信頼関係がなければ成り立たないものです。ただ、この大型の投資で生産効率と品質が高まったのも事実です。
70年代の終わりから80年代、こういった設備投資が日本の製造業では活発に行われました。このことが、国際競争での優位性につながったと考えます。

望月
そういった取引形態は中小企業から見た場合、技術の蓄積とそれに伴う技術レベルの底上げに、大いに役立っていたのではないでしょうか。ただ、この濃密な関係性があったために、上位会社が海外展開する際に、サプライヤーも現地に進出することを求められました。その後、現地の地場企業が成長して安価に部品を供給できるようになると、進出した多くのサプライヤーが苦しむことに。自動車分野においては培った技術力を武器に進出先を拠点として、上位会社以外のメーカーとの取引を広げて、生き残っているところもあります。ところが、家電分野は、そうはなりませんでした。

変化に対応するための準備。それをする企業が勝ち残る

港 徹雄氏

港 徹雄(みなと・てつお)
青山学院大学 名誉教授。1945年9月生まれ。
青山学院大学国際政治経済学部国際経済学科教授
(国際産業論等担当)、日本学術振興会産業構造・
中小企業第118委員会委員長。
日本中小企業学会理事・元会長(2001年9月~
2004年10月)、日本ベンチャー学会元理事
(1997年11月~2009年12月)などを経て現職。
主著に『競争力基盤の変遷』(日本経済新聞出版社)
などがある。


家電分野においては、80年代以降、半導体などの急速な進化により、インターフェースも部品規格も標準化されていきました。メーカー独自の規格による設備は必要なくなり、ある程度設備投資ができる資金力と、それを動かせる人材がいる企業であれば、容易に生産プロセスを自動化できるようになりました。結果、多くの下請け家電部品メーカーは、淘汰されてしまったのです。とはいえ自動車分野も、政府が2035年までに電動化すると宣言していますので、そのロードマップ通りに進んでいけば、アセンブリ型ではなく、電気製品と同じようなモジュール型になり、部品も統一されていくはずです。そうなると、当然現在のような強固なつながりで結ばれたサプライヤーとの関係は変わってくるでしょう。そのことを見越して、今のうちからどのような形で部品メーカーの力を残していくのか考えていかなければ、家電の二の舞になる気がしています。

望月
そうかもしれませんね。現在のIT技術の進化によって、日本の強みであった「擦り合わせ」技術の価値が薄れ、大企業と中小企業のプロセスイノベーションだけでは世界と戦えない状況が生まれてきています。

従って、自動車分野のEV化のように、産業が大きく変化していくときには、企業はどうあるべきか、部品産業はどうあるべきかということについて、先見的な見方ができる人、それはアカデミズムでも役所でもいいのですが、警鐘を鳴らしつつ、進むべき方向をガイドしていくことが大切だと思います。ただし、自動車分野のEV化であれ、たとえモジュール化しても、モノがなくなるわけではありません。だからこそ、変化に適応するために準備をしておける企業が、勝ち残っていくと思います。その準備をするためにも、中小企業は、自分たちの“コア技術”が何なのかを深掘りしておくことが重要です。


1960年代以降、日本の製造業に有利に働いた技術や国際市場環境が、90年代以降、大きく変化したのですが、30年以上も続いた、あまりにも大きな成功体験が“慣性”となり、激変した技術・市場環境への対応が遅れています。私は現役教授時代に、学生に「失敗は成功の母」だが、「成功は失敗の父」だよ、と話していました。

こうした“慣性のワナ”に陥らないためには、技術や経営環境の変化を見極め、自社の経営資源を新たな技術・市場環境に適合させることが不可欠です。だからこそ、望月社長がご指摘のように、企業トップは、自社のコア技術を見極め、それを深化させることによって可能となる、多角化分野を洞察する“経営力”が絶対に必要です。なぜなら、技術規格の標準化が進展する現在では、サプライヤーを切り替えるためのスイッチングコストが低くなっており、取引先からの発注打ち切りのリスクは高まっています。このため、コア技術を見極めて製品の多角化を追求するとともに、業種を超えて、“取引先の多角化”をも探るべきだと思います。そのためには、コア技術を狭い業種で考えず、少し広い定義でとらえておくことです。

望月
ただ、その場合はコア技術を起点に研究開発を行い、画期的な技術や商品を生み出しても、中小企業はその技術を“守る”のが難しいという現実があります。新しい技術は、最終製品を構成する要素技術の一つに過ぎず、製品化して販売するには大企業と連携するしかないということが少なくなく、大企業の厳しい要求を受け入れざるをえないといった話も耳にします。

また、大企業が、いい技術を持っている中小企業を買収したがる傾向も困ったものです。中小企業は、生き残りをかけて必死に技術開発に注力します。その結果、優れた技術が誕生するものの、大企業に買収されてしまうと、中小企業の開発メンバーは大企業の研究開発部門に吸収され、悪い意味で馴染んでしまうんです。そのために、“次の技術”が生まれない。大企業の方々には、買収せずにパートナーとして連携していたほうがメリットは大きいと話しているのですが、買いたがるんですよね。


そのような現状があるため、中小企業は、知的所有権を持つことによって儲かるのだという意識が薄くなってしまうのでしょう。厳密な意味での研究開発をしている中小企業は、わずか数%ほどしかいません。しかし、研究開発をしている企業の利益率は、していない企業の、倍近くあります。売上高のほんの数%を研究開発に使うだけで利益に大きな影響を及ぼすわけですから、これからの時代、中小企業こそ研究開発への投資を実施する必要があります。

望月
その通りだと思います。ただ、ここで問題になるのが“人材”ですよね。研究開発費を見れば大企業に分がありますが、技術のわかる人材を有効活用することについては、中小企業では、まだ実施していないケースもあり、ここで大手企業との差を生み出せる可能性が出てきます。


そうです、人材です。しかしながら、従来の日本的な開発、つまり社内にある技術資源を発展させていく手法だけでは、技術のパラダイムそのものが変わってきているこれからの時代、通用しなくなってきていると思うのです。例えば、大学院の博士課程を出た最先端の知識を持っている人材を、中小企業であっても、積極的に採用するように変わっていかなければなりません。

中小企業の技術開発促進には、高度技術人材活用が不可欠

望月
私が理事長を務めている一般社団法人サーキュラーエコノミー推進機構というものがあり、そこでは企業と大学などが連携して、実践的で優秀なデータサイエンティスト育成の基盤づくりをしています。専門性を有する大学や研究機関の学生や研究者とデータサイエンティストを必要としている参加企業をマッチングして、実際のビジネス・ケースを題材として実業務データや各企業で用いているシステム・ツールなどを活用しながら、企業のデータサイエンティストやエンジニアと一緒にビジネス課題解決に実践的に取り組んでいくというプログラムです。

ここでの研究成果や仕事ぶりなどを見て、ジョブ型で能力に応じた条件を提示して、そのまま採用するケースも出てきています。


日本は、博士課程修了者を採用する企業が絶対的に少ないだけでなく、学部卒との初任給の差も数万円しかありません。ファーウエイなど中国のIT企業は、アメリカの大学院で博士号を取得した学生を本国賃金の十数倍という給与を提示してスカウトします。その結果、急速に技術レベルが高まり、成長を遂げたという側面があります。

望月
しかし、中小企業にとっては、賃金水準で、大企業と争えるようなゆとりはほとんどありません。


中小企業に対する支援政策を、技術開発補助金や設備投資だけから、高度技術人材を派遣するといった方面に広げていくことも一案だと思います。例えば、国や地方にある公設試験場や研究所で博士号を持つ新しい分野の技術者を、先端技術研究員などの名目で国が雇い、中小企業の研究開発支援のために派遣するという仕組みも考えられます。このような新たな支援の枠組みをつくっていかないと、これからの“突破型イノベーション時代”に、中小企業が対応していくのは難しいかもしれません。実際に、中小企業の数は、4割以上減っています。

望月
日本経済の生産性を高めるためには、中小企業をひとくくりに捉え、さらに淘汰・統合すべきだと語る見識者もいますが、あれは間違いですよね。中小企業の中にも、昼も夜もなく、常に自社の発展を考えている経営者は少なくありません。従って、将来的に日本経済を活性化させるようなポジティブ戦略やその芽を持っている中小企業に対しては、引き続きしっかりと支援する仕組みを考えていくべきです。中小企業が生産性を向上させ、成長すれば、日本経済は必ず復活します。そのためにも中小企業においては、コア技術の検証と多角化、そして、優れた人材の確保がキーワードになると思います。

このような議論は、継続的にしていかなければなりませんね。本日は、ありがとうございました。

 

(文中敬称略)

機関誌そだとう207号記事から転載

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