日本経済を支えるファミリー企業のDNAを守りたい
東京中小企業投資育成株式会社
代表取締役社長
望月晴文
日本が長寿企業大国であるという認識は皆さんどれくらいお持ちでしょうか?創業100年以上の会社は日本に3万社以上、これは世界の4割を占めているといわれています。とびぬけた世界一です。創業200年以上になるとその割合はさらに高くなります。この長寿企業のほとんどがファミリー企業です。
私は中小企業政策の一環として政府が58年前に特別法により設立した「東京中小企業投資育成株式会社」の代表を仰せつかっていますが、累計約2500社の投資先非上場の中小企業の約7割以上がファミリー企業となっています。通常はその9割以上が黒字の優良企業で、日本経済の根幹を支える基盤となっている生産性の高い企業といえます。
日本に長寿企業が多い原因に歴史的、地理的要因など様々なことが言われておりますが、日本の伝統的「家督相続制度」にその要因があるという説があります。
確かに、私もファミリー企業の経営者と話をしても、ほとんどが「会社を永続させること」そのものを経営理念の原点においておられることに気づきました。拡大も重要ですが、それ以上にどう生き残りどう受け継いでいくかが大切なのです。
一見たいへん保守的な経営のように聞こえますが、実は違います。時代の変化の中で歴史をつないでいくためには自ら変わり続けなければならない。常に挑戦し自己改革を行わなければならない。生き残ることは実はアグレッシブでなければならないのです。
そういう意味でも「事業承継」ということは「永続」という観点でたいへん重要なイベントになります。健康長寿社会ですからファミリー企業の経営者も元気で長い期間、社長を続けられます。他方で実は企業を取り巻く環境は時代の変化のスピードも早くなりどんどん変化していきます。ファミリー企業といえども製品や、ビジネスモデルが放っておけばどんどん陳腐化します。
往々にして、社長体験の中での成功モデルが自己改革の障害になることがあります。この時のためにしっかりした後継者を育てておく必要があります。「家業のDNA」を引き継ぎ、若さとチャレンジ精神を持った後継者に改革をゆだねることが多くの老舗企業で行われています。
では「家業のDNA」とは何でしょうか。長い歴史を持ち永続してきた企業にはコアとなる本物の技術や強いビジネスがあるということにあります。さらにそのコアな部分を経営者がしっかり理解しているかどうかにあります。何がどこでどれくらい売れているかは、誰でも知っています。しかしどうしてそれが売れているかは必ずしもわかっていないことが多いのです。自社の技術や商品サービスの本質はどこにあって、社会のニーズのどこに合致しているのか。それを完璧に理解していれば、時代に合わせて自分たちの強みの生かし方を変えることができるのです。
さらに、経営者が自分自身を日々どれだけ見つめ、理解しているかも重要です。自分は何が得意で何が足りないか、であればどんな組織や人材が必要かを客観視できる力です。社会は加速度的にグローバル化、デジタル化が進み、今までの常識に縛られていてはとてもついていけなくなります。経験値も大事ですが、それ以上に新しい感性を取り入れ、柔軟に会社や事業の形を変えていく力が必要です。ファミリー企業にとってもっとも困難で大切な決断は適切な時期に適切な後継者にバトンをしっかり渡すことであります。
他方、もう一つの大きな課題は後継者不足にあります。長寿の老舗企業にあっても少子化社会の問題が忍び寄っています。家督相続の呪文はもう効きません。個別企業によって事情は様々ですが、娘さんが継がれるケースが出てきています。昔から婿養子をとって承継するというのは成功例も多く、一つの重要な継ぎ方で今でもよく行われていますが、ダイバーシティの時代に即した承継としてお嬢様が社長、大企業の管理部門に勤めていたお婿さんが管理担当専務などというケースも出ています。また中継ぎで非同族の方がワンポイントでなるというケースも勿論あります。
どうしてもファミリーでは将来とも引き継げないケースも当然出てきます。この場合、オーナー家の所有する株式が大問題となり、企業全体を譲渡という方法が提案されます。企業価値の高いファミリー企業が後継者不在のために譲渡されるというケースでは、これまで議論してきた永続する良い企業のDNAをつなぐことはほとんど不可能となり、現在ある技術やビジネスモデルは引き継がれるものの、多くは本来持っていた発展のDNAは相手方企業には受け継がれないことになりがちです。すなわち合併によって中小企業の生産性が向上するというのは優良中小企業には当てはまらない議論といえます。
昨今ではむしろファミリー企業内の非同族役員等による承継を役員持株会などの手法で支援することなどを私共の制度を活用して行い、何としても優良な中小企業がその活力を失わないですむ道を模索しております。
機関誌そだとう206号記事から転載
※本稿は、公益財団法人りそな中小企業振興財団『かがやき』Vol.32(2020年12月発行)より転載したものです。