“拡充”路線で「100年永続企業」へ
CASE②株式会社カーサービス山形
「『隣接異業種』として当社のノウハウが生かせ、新市場開拓や事業多角化が可能だと判断し、M&Aに挑むことにしました」
こう語るのは、山形県で中古車販売事業を展開するカーサービス山形の小川大輔社長である。
小川大輔社長
- 主な事業内容:
- 中古車・新車販売、車検・一般整備、自動車板金塗装、リース・保険等自動車全般
- 本社所在地:
- 山形県山形市
- 創業:
- 1980年
- 従業員数:
- 140名
決め手は「許容リスク」と、相手経営者の印象の良さ
同社は、県内に8店舗を構え、東北運輸局指定工場6カ所を併設するなど、販売からアフターメンテナンスまでの一貫サービスを強みとする。小売販売台数は2550台超、車検台数は6200台超、総在庫台数1200台以上と、県内の中古車業界でトップのディーラーだ。そんな同社が2019年、初のM&Aを実施、2社を相次ぎグループ傘下に収めた。1社目は、大型トラックや重機の修理、整備を手がける協和電装サービス(同県鶴岡市)である。中古車販売業ではない企業をM&Aした狙いこそが、冒頭の小川社長の発想だ。
「当社は普通乗用車の取り扱いが事業の約95%を占めます。ただ、中古車市場は大きな成長が見込めず、競争も激化している。そこで事業の柱を1本に頼るのではなく、別の柱を模索していました。そんなときに、知り合いの会計事務所から紹介されたのが協和電装サービスでした。同社は大型トラックに特化した電装系の修理サービスを手がけるほか、降雪時期には除雪車など、重機の修理・メンテナンスも手がけています。当社とは関係が薄い分野ですが、車両という観点で考えると、“隣接異業種”であり、成功の可能性が高いと考えたのです」
多くの中小企業が事業承継の問題を抱え、「大廃業時代」の到来が叫ばれている。小川社長も経営者の勉強会などで、数年前からそうした企業のM&Aを意識していた。とはいえ未経験だけに不安もあった。背中を押したのは、「許容できるリスクと判断できた」ことだと小川社長は打ち明ける。
「提示された買収金額はそれなりの規模の金額でしたが、同社が所有する土地や建物などの資産があり、仮に失敗したとしても資産と相殺すれば大きな損失にはならないだろうという目論見があったのです」
協和電装サービスは、業績は黒字で安定しているものの、同社を一代で築いた創業社長の後継者が見つからず、会社を売却する方向で動いていた。小川社長は同社社長との話し合いを重ねるなど、デューデリジェンスに半年以上の時間を費やした。
「社長の印象のよさが決め手の一つです。職人気質で自身もトラックの修理をし、誠実さを感じました。この社長の会社ならば間違いないだろうと。むしろ私の心配は、M&A後に社員が退職してしまうことだったのです。技術が流出してしまうと、事業が続けられなくなる。その点には特にこだわり、全社員が残る意向は同社社長を通じて入念に確認しました。実際、2年経った現在、7人の社員は一人も辞めていません」
広大なスペースに新車・中古車を展示する本社山形店。
「クルマ選びの終着駅」をキャッチフレーズに、同店を含め山形県に8店舗を展開する県内最大手の中古車ディーラーである。
M&A後、小川社長は社員全員と個人面談を行い、会社の課題や問題点などを聞き取り、一つひとつ改善していった。最も意識したのは、「社員の信頼を得ながら、いかに社内風土を変えていくか」。小川社長は社員の反発を招かないよう、経営トップをすげ替えたり、幹部社員を送り込むような手法はあえて取らなかった。小川社長が同社の代表を兼任するものの、実際の経営は元の社員に任せている。オーナー社長には2年間とどまってもらい、その間に社内改革を進めていくことにした。
「現場主導で改革を進めたことが、社員がついてきてくれた理由の一つだと思います」と小川社長は話す。
元々、協和電装サービスは創業社長のトップダウン式の経営で、社員が自分で考えて行動する風土が乏しかったという。会議の習慣もなかったことから、2020年秋より毎月1回開催。また経営の透明化を図り、業績などを開示し、収益に応じて賞与などで還元することを約束する。
「いまでは少しずつ自分たちで考えて行動し、会社を良くしていこうという意欲が感じられるようになりました。当時に比べ社員の意識が一新しています」と手ごたえを感じている。まずは社内改革を優先し、組織を十分に固めてから、事業の拡大・拡充を図っていく方針だという。
新たな展開を目指して相乗効果を期待する
同社初のM&A案件である鶴岡市の協和電装サービス(下)。
道をはさんだ向かいの工場跡地へ、
念願だった新店舗・鶴岡支店(上)をオープンする足がかりとなった。
このM&Aは、思わぬ副次的効果をもたらした。カーサービス山形の鶴岡市への出店である。同社は2000年に酒田市に進出したが、当時から鶴岡出店は課題となっていた。ただ、山形県は県の成り立ちから地域ごとの特性が強いこともあり、踏み切れずにいたのだ。ところが、協和電装サービスから道を挟んだほぼ対面に大きな工場跡地があり、売りに出ていることがわかる。小川社長は「そこで鶴岡支店のアイデアが浮かびました。鶴岡に根を張る同社をグループ化したことで支店開設の踏ん切りもつき、いい場所にも恵まれた。動かなければ何も起きなかったわけで、運も行動次第だと実感しています。M&Aを行ったことで、運を引き寄せられ、会社の新たな展望が開けてきました」と明るい表情で話す。
2020年9月に鶴岡支店をオープン。協和電装サービスの事務所が老朽化していることから、今後は鶴岡支店内に事務所を移すほか、板金技術を持つカーサービス山形の支援で、同社に板金工場を併設することも検討するなど、さまざまな相乗効果を期待している。
2社目のM&Aで、顧客との親和性を高める
ポルシェ専門の修理・整備を行う
フラットシックスを子会社化したことにより、
店頭でのポルシェ販売にも力を入れている。
協和電装サービスをグループに加えた半年後、小川社長は新たにM&Aを実施した。同じく隣接異業種の企業である。相手はポルシェ専門の修理・整備を専門とするフラットシックス(同山形市)。同社はもともとカーサービス山形の取引先で、創業社長が60代になり、やはり事業承継が困難なことから相談が持ち込まれたのだ。
同社はポルシェを自ら修理・整備する社長と役員2人だけの小さな会社だが、空冷エンジンを扱えることに大きな強みを持つ。ポルシェのエンジンは1990年代後半に水冷に全面転換しているが、中古のポルシェには空冷エンジンを積んだものがある。空冷エンジンはオーバーヒートしやすく修理の需要が多い一方、高度な技術力が求められるため、扱える技術者が少ない。創業社長と役員はともに空冷エンジンを分解して修理できる技術、ノウハウを持つ。その腕を信頼し、広く東北各県から整備依頼が寄せられるのだ。
「そういう特殊な技術を持つ会社で、かつ約400件の顧客を抱え、その責任もあります。廃業させるのは、自動車業界にいる我々としても心苦しく、一つの使命感みたいなものもありました。また、協和電装サービスのM&Aを経験したことで、企業や経営者を見る目がある程度養われたことも大きかったのです。フラットシックスも確かな技術力があり、社長の人柄も信頼できました」と小川社長は当時の心境を語る。
フラットシックスには土地や建物、設備などの資産はほとんどないものの、業績は黒字で安定。しかも提示された買収金額は想定よりも低かったという。また、社長と役員の2名には一般社員として仕事を続けてもらう契約内容であり、当社にとってM&A後の事業運営がしやすい内容であった。フラットシックスは、協和電装サービスと同じく新市場の開拓や事業の多角化が図れるとともに、本業の中古車販売との親和性が強いことから、より大きな相乗効果が期待できると小川社長は見ている。たとえば、同社と顧客との関係性だ。
顧客との「買ったあとからのお付き合い」のために、
商談ロールプレイングや車検研修会を日々開催。
社員誕生日の食事会や社内懇親会で
従業員同士のつながりを重視する。
アフターメンテナンスを徹底追求するため、
店舗に併設した板金塗装工場。
塗装には3年前から水性塗料を導入し、
人体や環境にも配慮。
「当社の中古車事業は基本的に量を確保しながら仕事をすることが中心になり、お客さまとの関係が希薄になりがちです。しかし、ポルシェは質を重視しており、オーナーと、車一台一台に合ったサービスを提供する。お客さま一人ひとりとどう向き合うかというユーザー目線は、いまの当社に足りない点の一つで、お客さまと長くお付き合いするために重要になる。そこをフラットシックスから学びたいと思っています」
販売面では自社のノウハウが生かせると考えている。フラットシックスは修理、整備に追われ、販売には手が回らず、この数年は年間1〜2台程度にとどまるという。
「川上で販売をしなければ、川下の整備にもつながりません。これまでは既存のお客さまに対して、ポルシェの買い替えを提案する程度で、ポルシェを店頭に並べて販売するような発想はありませんでした。当社がそこを支援してポルシェを展示することで、販売につなげることができます。空冷ポルシェは中古車市場で人気があり、高い車種では販売価格は2000万〜3000万円にもなります。整備費も高額。ポルシェの販売を強化することで、フラットシックスの事業を伸ばすことができ、また、ポルシェオーナーと話をする機会が増えれば、当社は新車も扱っているので2台目や、ご家族の車など、いろいろなご提案ができます」
ポルシェの販売では、異業種とのコラボレーションも構想している。
「高級家具やオーダーメードスーツを扱うセレクトショップ、カフェバーなどとコラボして、ポルシェの世界観と相性のいいラグジュアリーな空間をつくるのが夢です。特に山形市内の繁華街に元気がなくなってきているので、中心街に人を呼び込めるような、町おこしの一環として展開できればと思っています。まだまだ現実離れした話ですが、夢を持って取り組んでいけたらいいですね」
ビジョン実現のために、地域貢献と地域還元を
2015年に経営理念を刷新して以降、
毎年作成する経営指針書。
ここに“社員との約束”を宣言し、
全員に配布している。
カーサービス山形は1980年に創業、24年目の2004年に先代社長の父親が急逝し、小川社長が後を継いだ。それまでの中古車販売中心から、顧客との長期の関係を重視し、車検や点検、修理、板金などアフターメンテナンスまで一貫サービスを提供するビジネスモデルへの転換を図ってきた。「第二創業」と小川社長が呼ぶその戦略が奏功し、業績は右肩上がりで推移、売上高は約68億円(2019年12月期)と過去最高を更新した。2030年には売上高100億円を目指す。
ただ、小川社長は「会社の成長は単なる“拡大”ではなく、“拡充”路線を志向しています。当社は『感動カーサービスでお客さまの車への想いに寄り添い、地域に貢献する』ことを経営理念に掲げ、将来ビジョンとして『100年企業』を描いています。そのビジョン実現のためには地域貢献、地域還元が大切になります」と語る。今回の2社のM&Aは、その具現化にほかならない。
「この経営理念・方針に沿えば、地域の整備工場などをM&Aでグループ化していきたい」と意欲を示す小川社長。今回のM&Aを通じノウハウを学び、大いに自信を得た。実際、銀行などから案件が持ち込まれるケースが増えているという。
M&Aにはリスクが伴うがゆえに、躊躇している経営者は少なくないだろう。しかし、“動かなければ何も起きない、動くことでチャンスが引き寄せられる”。許容できるリスクの範囲内で、M&Aに挑戦し、見事に成功を収めたカーサービス山形の事例から、多くのヒントが得られるのではないだろうか。
機関誌そだとう206号記事から転載