対談

革新的なイノベーションで生産性向上を......
逆境を乗り越え、チカラを発揮するには?

日本商工会議所会頭 東京商工会議所会頭・三村明夫氏×東京中小企業投成株式会社 代表取締役社長・望月晴文

コロナ禍によって課題が浮き彫りになり、変化に対応する“行動力”が問われている。中小企業経営者を支える二人が、今こそ、何を実行すべきかを語り合う。

望月
弊社は、日本経済を支える非上場の中小企業への出資を通じて自己資本充実のためのサポートをしながら、その経営を支えています。弊社出資先の経営者は、一日24時間、自社が生き抜くための知恵を絞りだし、全身全霊をかけて会社を“守る”ということに邁進しています。しかしながら今、コロナ禍によって苦境に立たされている中小企業も少なくありません。コロナ禍は、日本経済における様々な問題を浮き彫りにしたといえます。ワクチンの接種が始まり、社会・経済活動の正常化への兆しも見えてきましたが、疲弊した日本経済を再興し、再び豊かな国にするためには真剣に考えていく必要があると思います。三村会頭は、今回のコロナ禍を通じて、どのようなことをお考えでしょうか。

三村
コロナ禍によって日本経済や企業が抱える問題や矛盾が浮き彫りになりました。とりわけ、企業経営において非常に難しい“問題を指摘して皆で共有する”というプロセスがコロナ禍によって短期間に実現できました。あとは問題解決に向けて実行するだけ。今後は、その行動力が問われてくることになるでしょう。

望月
では、その問題についてですが、コロナ禍が浮き彫りにしたものとは、どのようなことでしょうか。

三村
一つは、生産性の低さです。日本のGDPは世界3位ですが、1人当たりGDPでみると25位まで落ちてしまいます(2019年、IMFデータ)。経済が成長するための力とは、資本蓄積と労働力、生産性の掛け算です。労働力が増えていた時代は、資本蓄積や生産性が低くてもトータルのGDPは伸びていきました。しかし、人口減少時代に入って労働力の増加は見込みづらく、また、国内マーケットが縮小する中では国内での新規投資が困難となり、資本蓄積の面でも生産性には下押し圧力となります。

望月
つまり、今後日本が成長していくには、1人当たりの生産性を高めていくしかないということですね。

三村
はい。そのためには、1人当たりの生産性の高さを示す、1人当たりGDPを国の目標に据えるべきだと考えています。生産性の低さは中小企業だけの課題ではなく、大企業にも共通する課題です。日本全体の生産性が向上すれば人口減少下でもトータルのGDPを増やすことが可能です。

望月
私もそう思います。そこでは資本蓄積や労働力の要素以外のTFP(全要素生産性)をいかに伸ばしていくのか、について考えていくべきですね。

三村
そうですね。このカギを握るのは中小企業だと思います。ただし、中小企業にとってこのハードルは非常に高いのが現状です。中小企業の労働分配率は、大企業の約49%に対して75%ほどと圧倒的に高い(2020年10-12月期)。つまり、付加価値の大部分を人件費が占めているわけです。生産性を上げるためには付加価値を増やすことが欠かせませんが、これからという時にコロナ禍が直撃しました。

望月
アメリカではコロナの影響で失業率が大きく上昇しましたが、日本企業は粘り強く従業員の解雇を思いとどまっています。

三村
日本商工会議所の調査では、足元で従業員の人員整理を検討・実施した中小企業は6.2%にとどまり、失業率も低位で推移しています。多くの中小企業がコロナ禍の前5年間、人材不足に苦労した経験があり、また、従業員は会社の成長に不可欠な存在だと認識しているからです。加えて、雇用調整助成金など政府の支援策は、コロナ収束や売上回復への見通しが立たない中で大いに効果がありました。

柔軟性こそが、大きな強み。それを生かして生産性向上を!

望月
生産性にも関わることですが、コロナ禍によって、日本企業のデジタル化の遅れも浮き彫りになりました。中小企業といえども対面から非対面への移行など、ビジネスの仕方も変わってきたように感じます。これまで国がIT普及のために様々な制度を行ってきましたが、中小企業での普及は今一歩。そういう意味では、ITが身近なインフラになる契機にもなりました。

三村
これまでデジタル化が進まなかった理由には、三つあると考えています。一つが「経営者の理解不足」。二つ目が「大きな投資が伴うという誤解」です。この二つの壁は、コロナ禍によって解消できたのではないでしょうか。必要に迫られたとはいえ、テレワークやECなどデジタル化に取り組んだことで、それほどハードルは高くないと多くの経営者は気付いたはずです。実際、コロナ前は大半の企業がテレワークは難しいといっていたにもかかわらず、コロナ禍で60%以上の中小企業※が導入に踏み切っています。

望月
ただし、技術が共通化、標準化されていないという問題は依然として残されたままではないでしょうか。大手メーカーやITベンダーが系列内で技術を囲い込んでしまい、自社製品を優先的に販売しようとするため、オーバースペックのシステムを、高いイニシャルコストを払って導入するという現実が少なくありません。

三村
そこが、デジタル化を遅らせていた三つ目の理由、「技術者不足」にかかわってきます。デジタルに詳しい人はたくさんいますが、中小企業の事業規模やビジネスモデル、財務状況などを総合的に判断して、ユーザー目線で最適なデジタル化を提案できる技術者が圧倒的に足りていません。そこで東京商工会議所(以下、東商)では、2019年から簡単・便利で安価なIT活用を中小企業に提案する、「はじめてIT活用1万社プロジェクト」に取り組んでいます。

望月
中小企業目線のIT技術者が増えれば、デジタル化は今以上に加速するでしょう。本来、中小企業は変化に対応する柔軟性を備えていますからね。

三村
そのとおりです。東商のアンケート調査によると、業務プロセスの改善や新商品開発などイノベーションに挑んでいる企業が7割強あることがわかりました。自ら変わろうと必死に取り組んでいる中小企業が多いことが見えてきたのです。

望月
中小企業の経営者は、事業が絶好調であっても、翌日発注がゼロになるかもしれないという危機感の中で会社の舵取りを行っています。この緊張感が、一定期間だけ会社経営に携わるサラリーマン社長とは違うところです。

三村
日本は、100年以上の歴史を刻んだ企業が世界で最も多く存在する国です。それは、様々な苦境に遭遇しながらも、巧みに会社を変革して乗り越えてきたことを意味します。柔軟性は、日本企業の大きな強みであり、そこを生かしていけば、生産性の向上は必ず実現できるはずです。

望月
そうですね。今回のコロナ禍で多くの変化がありましたが、以前の状態に戻ることはありません。その中で中小企業は、かつての変化対応のように、自社は何をすべきかと一生懸命、常に考えているのです。

三村
しかし、中小企業の自助努力だけでは、いかんともしがたい問題もあります。

※東京商工会議所 2020年6月調査

パートナーを組む企業同士で、フェアな取引を実行する姿勢を!

望月
それは何ですか。

三村
取引価格の適正化です。(第13代日本商工会議所会頭の)永野重雄さんは日本経済の強靭さを大中小、形の異なる石がうまく組み合わさり、お互いに支え合う「石垣」に例えました。しかし、バブル崩壊やリーマンショックなどを経て、企業の関係性は変わり、石垣がもろくなってしまいました。急激に需要が減り、供給過多に陥ったとき、購買側(=大企業)がサプライヤー(=中小企業)を競わせて一番安いところを選ぶようになったのです。また、サプライヤーが物流コストや人件費の上昇による取引価格のアップを交渉しようにも、購買側が受け入れないというケースも少なくないようです。

望月
中小企業にとって本当に難しい問題です。例えば、大企業が海外に工場を建設する際、サプライヤーも一緒に進出しなければ取引がなくなるというケースもあります。また、中小企業が開発した要素技術が大企業の新製品に組み込まれた場合、大企業の製品が売れることで利益が出ます。そのため、強いことが言えず泣き寝入りするケースが少なくありません。

三村
この現実を変え、強い石垣を再構築するには、コスト増をサプライチェーンの大企業と中小企業でフェアに分担するという意識を持つことが大切です。そのためには、まず大企業の経営者が「取引価格を適正化する」と宣言し、心を入れて実行する必要があります。

一方、近年、大企業と中小企業が連携して新しい価値を創造するオープンイノベーションが盛んですが、ここでも中小企業やスタートアップの技術が大企業に吸い上げられる事態が発生しています。

望月
これも難しい論点ですね。きらりと光る技術をもつ中小企業の権利をどのように確保・保護していくのかは重要な課題と考えます。先ほど言及しましたが、中小企業は生死をかけて開発に勤しんでいます。しかし、ひとたびその技術に目を付けた大企業に買収されてしまうと、その意欲を失ってしまう可能性もあると思います。

三村
これもパートナーを組む企業同士がフェアな取引を志向し実行する姿勢を守らなければ、問題の解決にはつながりません。

こういった親事業者と下請事業者との望ましい取引慣行の遵守や、サプライチェーン全体の共存共栄と規模・系列などを超えた新たな連携を定着させるために商工会議所が推進しているのが、「パートナーシップ構築宣言」です。すでに宣言企業数は大企業から中小企業まで1000社を超えています。しかし、まだまだ足りません。大企業と中小企業との新たなパートナーシップの形を当たり前のものにするには、量的にも面的にも一層広げていく必要があります。引き続き2000社の宣言を目指して、この運動を全国に広げます。

望月
それこそが、SDGsですよね。まさに、今の時代に適した精神です。

三村
そのとおりです。ステークホルダー資本主義の思想そのものでもあります。そう考えると、今のSDGsは安易すぎると思いませんか。自社が行う活動の中から、国連が提唱する17項目に相当するものを抜き出して、SDGsを実践しているとアピールする、そのような事後的な宣言は、本当のSDGsとはいえません。自社にとってのSDGsはこうあるべきだというフィロソフィーが大事なのです。東商は、2018年に設立140周年を迎え、あらためて(初代会頭である)渋沢栄一の思想や功績にスポットをあててきました。そこで、つくづく感じたことが、“私益と公益の両立”の難しさです。多くの社会課題が山積する今の時代だからこそ、指針となる思想だといえます。

望月
渋沢栄一といえば、『論語と算盤』が有名ですね。

三村
彼がこの論を唱えだしたのは、70歳を超えてからです。漢学者・三島中洲が道理(=論語)と利益(=算盤)は一致すると示したのを受け、この言葉を使うようになったといいます。企業経営者は、強い逆風にさらされている今こそ、渋沢栄一の思想を学び直し、行動すべきではないでしょうか。

望月
その行動を弊社も学び、中小企業を積極的にサポートしていきたいと思います。本日はありがとうございました。

機関誌そだとう206号記事から転載

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