新しい“ビジネスモデル”を設計する!
CASE②株式会社村井
人々がまだ気づいていないニーズを掘り起こし、事業にしていく営みである「デザイン」は、商品やサービスのみならず、ビジネスモデルの創出にも生かすことができる。
変革の時代である現在、従来の戦略・戦術を見直し、シフトさせる必要性は高まっている。ただ、実際にそれを実行することに迷いや躊躇を感じる企業もあるかもしれない。
1931年(昭和6年)創業、東京都豊島区にある老舗靴部品・資材メーカーである村井の村井隆社長は、次のように語る。
「今までのビジネスモデルに留まらず、これまで取り組んだことのないフィールドにチャレンジしていくためには、新しい発想を柔軟に取り入れることが必要といえます。そのときに役立つのが、“デザイン”的な思考です。当社では、新しいビジネスモデルをデザインしたのです」
その言葉通り、同社は元々、靴メーカー向けに靴部品を製造するBtoB事業が主力だったが、2000年に「フットケア事業」を立ち上げ、足の健康を守り、快適さを追求する、BtoCの自社ブランド製品を強化。
そして、同社のフットケア製品は、暮らしや社会を豊かにするデザインが優れた製品や建築などに贈られる「グッドデザイン賞」を19年、20年と2年連続で受賞するなど、製品開発力の高さを示している。
とはいえ、このフットケア事業は、既存事業と異なる市場への参入であったため、ビジネスを軌道にのせるには、大きな変革が必要であった。
そのために同社は、単に製品を開発するだけでなく“ビジネスモデル”そのものを設計することから始めるという発想で、新事業の構築を行ったのだ。グッドデザイン賞を受賞した製品は、そうした新たにデザインしたビジネスモデルが成果を生み、“形”となって表れたものだといえる。
村井 隆社長
- 主な事業内容:
- 靴用各種部品および副資材、一般消費者向け靴関連製品の製造販売
- 本社所在地:
- 東京都豊島区
- 創業:
- 1931年
- 従業員数:
- 111名
BtoC市場参入に向けて新たに企業理念を定める
同社の村井社長は、フットケア事業に参入した理由について、次のように振り返る。
「私たちの持っているノウハウや技術をより多くの人たちの健康と快適さのためにさらに大きく役立てていきたいという強い思いから、一般消費者に直接ご利用いただける新たな製品やサービスの提供をしようと考えたのです」
そこで、村井社長が目をつけたのが靴本体とは別売りしている、インソール(中敷き)やパッドである。同社には、靴型の製作をはじめ、靴に内蔵するパーツの企画や研究開発、パーツの生産システムの構築まで一気通貫でこなせる豊富なノウハウがある。そうしたノウハウを活用し、製造・販売ができると考えたのだ。
「さらに、自社製品には、価格や販路を主導的に決められるといったメリットもあります」
村井社長はこう語る。ただ、BtoC市場という未知の領域に足を踏み入れるからには、市場調査、新たな販路の開拓といった難問をクリアしなければならない。社内組織を再編して、BtoC事業のためのセクションを新設し、新しいスタッフも集めなければならない。さらに、社員の意識改革も必要であったという。
「当社は、靴部品・資材の提供を通じて、靴の品質を高めて履き心地を良くし、ユーザーの皆さんに満足してもらうことに、長年携わってきました。当社がその技術を生かしたBtoCの製品を世に送り出せば、足の健康を守ったり、快適さを追求したりすることが容易になって、より多くの人のお役に立てるわけです。この点を改めて社員全体で共有させたかったのです」(同)
(左)来訪者でにぎわう東京レザーフェアの出展ブース。壁一面に同社のインソールを配置する壁展示接客を行っている。試し履きも可能。
(右)学生インターン向けにインソールを説明するための実習シーン。自分の足の形を写した設計図をもとに、スポンジでベースを作り、パッドを配置していく。
“ユーザーイン”の発想で新製品をデザインする
同社は、それまで明文化していなかった理念、いわば同社の存在意義を定めた。単なるモノづくりや製品の販売ではなく、足もとの製品やサービスの提供を通じて“人の生活を豊かにすること”を新たな理念(=ミッション)として掲げたのである。
フットケア事業を初期から支えてきた同社営業部フットケアグループマネージャーの大島浩智さんが明かす。「靴メーカーさんのご紹介で、ホームセンターさんを回ったところ、先発メーカーが抗菌・防臭用のインソールを販売していたんですね。差別化できるインソールはないかと思案しているうちに、“履き心地の快適さ”や“健康”に着目したインソールがないことに気づいたんです」
これらの製品は確かに、人の生活を豊かにすることに役立つ。同社のフットケア事業の看板ともいえる機能性インソールは、それが開発の発端だった。そして製品の具現化へと進む。同社では、設計などは工場の開発チームが主に担当するが、コンセプトは、村井社長と工場の開発チーム、営業担当者が集まる「新製品開発会議」で決定される。つまり、会議に参加するメンバー全員が、いわば“デザイナー”の役割を担っているわけだ。
「会議では、突拍子もないアイデアが飛び出すことも珍しくありませんが、主張の根拠が明確であれば、否定はしません。画期的な新製品の芽は往々にして、そうしたアイデアに潜んでいるからです」(村井社長)
社内には若手社員が自分の意見を我慢せずに言える風通しのいい環境が整う。
また、新製品開発では、アイデアを幅広く求めること以外にも、その効果といったエビデンスを求めるため、外部とのコラボレーションも進める。機能性を売りにしたフットケア用品については、さまざまな大学と共同開発に取り組み、現場の知見を集積したそうだ。
2020年グッドデザイン賞を受賞した
「インソールプロスポーツゴルフ」。
左右の足で形状が異なる。
フットケアの新製品開発では、営業担当である大島マネージャーの役割も大きい。取引先や展示会などで、ユーザーのニーズや消費動向をヒアリングする傍ら、店頭に出向いて新製品の実演販売を行うこともある。ここでは、消費者の生の声を得つつ、彼らの隠れたニーズを見つけ出し、新製品の開発に取り入れているという。新製品を市販後も、卸や小売店の反応を社内にフィードバックして、製品開発や改良につなげたり、パッケージや販促ツールを刷新したりしている。
このような、十分な顧客の観察から、顕在化していないニーズを把握し、新たな製品を具現化する業務の流れは、デザイナーの仕事ともオーバーラップする。こうした社員一人ひとりがデザイナーのようにモノづくりに取り組む風土が同社に根付いたことは、村井社長の次のような発言からもうかがえる。
「フットケア事業を始めた当初は、いい製品を作れば売れるはずという一方的な思い込みがあったのですが、BtoC市場は、そんなに甘くなく、失敗も度々でした。しかし、お客さまの声も取り入れるようになってからは、モノづくりのスタイルがガラッと変わりました。プロダクトアウトから隠れたニーズをくみとる“ユーザーイン”に、発想が転換できたんですね」
産前・産後の足腰への衝撃を緩和する「マタニティインソール」(上)。
「極厚インソール」(下左)は、男性用スニーカーを履く若い女性に人気。
つま先や土踏まず、足裏などのトラブルを個別にケアする
「フィッティングピロー」(下右)。
同社のフットケア用品のカテゴリーからは、すでにヒット製品がいくつも誕生している。その一つが「フィッティングピロー」。主に女性のパンプスやブーツに向けたインソールやパッドだ。低反発クッションの素材を使って衝撃を和らげ、足にかかる圧力を分散する。足を包み込むようなフィット感で、履き心地も抜群。つま先用、土踏まず用などがあり、靴の当たりや負担が気になる足の部位ごとに使い分けできる。
観察することで発見し、次々と新製品を投入する
「百貨店の婦人靴売場で、靴を試し履きしているお客さまが、靴が足に合わないと訴えていたところ、販売員が中敷きなどによって調節している姿を目撃しました。そこで、足の部位別に調節できるインソールがあれば便利だし、人それぞれ合わない原因は異なるため、お客さまに喜んでいただける新製品になるのではと思いついたんです」(大島マネージャー)
また、機能性インソールは、同社が得意とするところで、さまざまなラインアップがある。例えば、「インソールプロ」は、医療現場の知見を生かして、外反母趾やO脚といった足のトラブルや悩みをケアするもの。「マタニティインソール」は、産前・産後の女性の足やひざ、歩行をサポートする。「キッズインソール」は、成長過程に応じて、子どもの正しい足の発育を促す。ネット通販などで好評なのが、厚さ1センチもある「極厚インソール」。男性用のスニーカーを若い女性がファッションで履いているという話から、大きな靴を小さな足にも合わせられるインソールを開発。三層構造になっていて、つま先・土踏まず・かかとの部位別に取り外すことができ、厚さを三段階で調節できる仕組みだ。
グッドデザイン賞受賞では「ストーリー作り」も重要
村井社長を囲んで。右から、フットケアグループ・
大島浩智マネージャー、村井誠取締役、
総務企画チーム・牧野沙也加リーダー。
スポーツのパフォーマンス向上と足のケアを両立させる「インソールプロスポーツ」シリーズには、「ウォーキング」「トレッキング」のほか、グッドデザイン賞を19年に受賞した「ランニング」、20年に受賞した「ゴルフ」がある。
インソールプロスポーツゴルフは、左足用と右足用で形状が異なるという、きわめてユニークなデザインが特徴。ゴルフ好きでもある大島マネージャーのアイデアが、開発のきっかけになった。
「ゴルフのスイングでは、左足と右足に求められる運動が異なります。多くの人の利き足である右足には、フォームを安定させ、ボールの飛距離を伸ばす役割があるため、インソールのかかとの外側部分を厚くして、踏み込んだときにパワーが貯められるようにしました。左足には腕を振り抜くとき、体をスムーズに回転させ、球筋を安定させる役割があります。そこで、インソールの親ゆび部分にくぼみを設け、左足の動きを安定させ、フォームがブレにくくしたのです」(大島マネージャー)
実際に、8人のゴルファーにモニターになってもらい、ラウンドでこのインソールを試してもらったところ、平均で飛距離が約10ヤード、スコアが1.7上がったという。
グッドデザイン賞の選考では、斬新なデザインだけでなく、「ゴルファーの歩行を助けることで健康寿命を延ばし、ゴルフ人口の減少に歯止めをかける」という開発目的も高く評価された。なお、同製品は、今年1月下旬にクラウドファンディング(マクアケ)への出品を予定しており、さらなるニーズの拾い上げにも取り組むという。村井社長は続ける。
「グッドデザイン賞は意匠の良し悪しだけではなく、新製品が社会にどう貢献するのかといったストーリーやビジョンも重視することがわかりました。21年、上位100位以内の受賞を目指したいですね」
そのほか、イタリア製高級靴を日本人の足型にフィットさせる新型パッド、高級ルームシューズの「フットローブ」などの開発や新規事業にも果敢に取り組んでいる。
このように時代や環境に合わせて、社員が一丸となってビジネスを“デザイン”する村井には、今後、さらに期待が持てそうだ。
機関誌そだとう205号記事から転載