新型コロナウイルス危機による社会変容……。
企業経営はどう変わるべきなのか?
新型コロナウイルスによる世界的な大混乱が続いている……。特に経済への影響は深刻で、未だ“コロナ後”が見えてこないが、この混乱に対して、今、経営者が考えるべきことを探っていく。
望月
新型コロナウイルス(以下、コロナ)による経済への影響が深刻化しています。比較対象として取り上げられるリーマンショックのとき、私は経済産業省・事務次官として事の成り行きをつぶさに把握していましたが、あのときとはかなり状況が違います。リーマンショック時、日本の大企業は社債によって市場から直接資金を調達するようになっていましたが、債券市場が一時機能不全に陥ったことによって借り換えができなくなり、黒字倒産するのではないかと大騒ぎになったのです。そこから徐々に経済全体へ悪影響が拡大していきました。ただ、リーマンショックはあくまでも金融危機でしたが、今回は感染症によるパンデミックです。その影響は、社会のあらゆるところに広がっています。そこでまずは、リーマンショックと比較しながらコロナが経済に及ぼした、または及ぼしている影響についてお聞かせください。
田中
世界銀行の予測では、今年1年だけで実質経済成長率はマイナス5.2%に達するといわれています。リーマンショックは金融的に経済全体が上昇過程にあったときに発生したため、実質経済成長率はマイナス0.1%でしかなかったことを考えれば、この数字がいかに深刻かわかります。
望月
近年は、グローバル化の進展によってヒト・モノ・カネの流通範囲が急速に拡大し、そのスピードも格段に速くなっています。世界が小さな一つへと近づくことによって、発展・繁栄が世界中に広がってきたわけです。ところが、新型コロナウイルス感染拡大防止のために、この流れを止めざるを得なくなっています。
田中
その結果が、需要喪失という危険な状況を生み出しました。リーマンショックのときは資金繰りの問題からはじまり、グローバル経済で貿易をしている企業がドルの供給を断たれることによって特に大きな影響を受けました。その間接的な波及効果で国内の内需産業にも影響が出るという順番だったのです。しかし今回は、ヒト・モノ・カネの動きが著しく制限されたことで、外需も内需も同時に深刻なダメージを受けています。
望月
しかも、失われた需要が収束後、元に戻るかも不透明ですよね。
田中
はい。「9割経済(現状から1割経済が縮小すること)」という言葉も取りざたされています。当初は、武漢で感染が収束して、世界が常態を取り戻せば経済も元に戻るという議論が大半を占めていましたが、ここまで感染が広がり長期化すると、完全に戻ることは考えにくい。サービス経済化が進んだ先進国において、どれほどサービス経済の主体が痛むのか。財務的なダメージだけでなく、倒産による経済主体数の減少や雇用の受け皿の縮小、それによる消費能力の低下が生じるかもしれない。ここにブロック経済化の動きが加われば、いっそう外需は冷え込んでいくという悪循環に陥ってしまいます。
しかも、コロナの猛威がいつまで続くのかがわかりません。第2波で終わるのか、第3波までくるのか、その先があるのか。市場関係者から見れば、リーマン危機のような自分たちが通暁している金融・資本市場の展望と異なり、感染症の展望については未知のことが多すぎてシナリオが立てられない。ここがリーマンショック以上に深刻な点だというNYの市場関係者の声を伝え聞いたことがあります。
コロナ後、社会変容が進む中で、新しい価値が求められていく
望月
世界中が躍起になってワクチン開発に取り組んでいるので、通常では考えられないほどのスピードでワクチンの供給が始まることと思います。しかし、そのときをただ待つだけでは、コロナ後を生き残るのは難しい。だからこそ今のうちから、ダメージの回復に向けて準備を進めておくことが重要だと思いますが、いったいどのような方向性で対処を考えるべきだとお考えですか。
田中
まず「リスク対応」という観点でいえば、コロナだけに対象を絞るのは危険です。感染症学者の分析によると、21 世紀に入ってからパンデミックの数が増えており、遺伝子改変が非常に進みやすい病原体も増加傾向にあるそうです。また、日本は風水害が多くなっており、気候変動の影響も無視できません。世界的には米中のデカップリング(分断)が始まっているなど、自然環境も国際関係も激変しているという意味で、さまざまなリスクに対応できる能力を国も経済主体も持っておかなければなりません。コロナを、そういったことを再認識し、あらためて真剣に取り組むための契機にすべきです。
もう一つ考えるべきは、社会の変容です。仮にコロナが収束したとしても、元の生活スタイルに完全に戻ることはないでしょう。例えば、人との接触を回避したいという傾向は間違いなく強くなるはずです。それは接触型のサービス提供が難しくなることを意味しています。その結果、経済のウエートもデジタル空間に移らざるを得ないと思います。
このとき重要な点が、ビジネスのデジタル化を「必要に迫られた単なるリスク対応」ととらえるのではなく、「新しい価値を生み出したり、新しいサービス提供体系を編み出したりするための機会」ととらえることです。そして、それができている国、社会、市場はより繁栄し、遅れているところはリスクが発生するたびに生き残るのが厳しくなっていく。そういう社会へ向かっていくのだと思います。
望月
確かに、小売りのオンライン化が加速度的に進んでいくに従って、単にオンラインでモノが買えるという価値は相対的に下がっていきます。そこで勝ち抜いていくには、新たな価値の提供が欠かせないでしょうね。例えば、直にモノを見ないと良し悪しがわからないという消費者でも安心して買えるよう、直接見ているかのような質感や肌触りまで感じられるECサイトがあれば、人気を集めるはずです。非接触のビジネスモデルにおいて消費者の心をとらえる技術や価値をいち早く生み出したところが、ニューノーマルの世界で勝ち組になるというわけですね。
田中
実はすでに非接触に対応したサービスを提供し始めている企業も出てきています。ある工作機械製造会社は、コロナの影響で展示会や見本市が開けないかわりに、本社にある展示場にたくさんのカメラを設置して、さまざまな角度から工作機械の動きを映像で見られるようにしました。これによって海外の顧客へ売り込みをかけています。
望月
医療分野でいえば、コロナを機に遠隔医療がかなり進むでしょう。これまでは島しょ部など医療体制が不十分だった地域で積極的に検討されてきましたが、感染予防という点から都市部でもニーズが高まっていくはずです。
個人的な話になりますが、外出自粛期間中に初めて食事の宅配サービスを利用したところ、思いのほかいいものだと気づきました。近所の行ってみたいと思っていたお店の料理を注文しましたが、店で食べるのとあまり変わらない状態で料理が届きました。あれは便利ですね。
田中
食事の宅配は、規制緩和によってタクシー業界も参入している会社がありますね。
望月
コロナは、自動車業界にも大きな影響を及ぼしそうだと思っています。自動車業界では「100年に一度の転換期」だとMaaS(Mobility as a service)を推し進めてきました。その一つのサービスの形にシェアリングがありますが、コロナ後の社会では難しいでしょう。誰が乗ったのかわからない車をシェアすることに抵抗を覚える人が少なくないと思われるからです。とはいえ、かつてのように購入してまで持とうという人が増えるとも思えません。そこで、サブスクリプションというビジネスモデルが増えてくるのではないでしょうか。
田中
おっしゃるとおりですね。また、誰かが使ったモノには、どういう菌がついているかわからないから怖いという考えが広まることで、消毒イノベーションも起こるでしょう。実際、消毒液による消毒から紫外線による消毒というビジネスが誕生しています。このように、さまざまなところにニーズが発生して、新しいイノベーションが起きていくはずです。
テレワークに適した生活環境や人事制度の整備を
望月
社会の変容という点で、ほかに考えられることはありますか?
田中
望月さんが指摘したとおり、先進国は、高密度・集中化を進めることで経済の高効率化を図り成長してきました。それに伴い、都市化率も非常に高まってきたというのがこれまでの流れです。これが変わるかもしれません。そのきっかけの一つがテレワークです。緊急事態宣言下でテレワークの導入に踏み切った企業が数多くあり、会社に出社しなくてもできることがたくさんあると知ってしまったのです。
望月
満員電車に乗らずに働ける快適さや通勤時間がロスだということも。
田中
ええ。テレワーク経験者へのアンケート調査によると、元に戻りたくないという人がかなりいて、そのうち居住地も変えたいという人が増えています。コロナの前と後で地方へ転勤してみたいかというアンケートでは、約3分の1以上が転勤を希望するという結果が出ました。コロナ前、地方転勤希望者が5分の1程度だったことを考えると、就業意識や居住意識というものが大きく変わりつつあることがうかがえます。企業の中には賃料の高い都市部のオフィスを縮小し、郊外や地方へ拠点を移すことを検討し始めているところもあります。
望月
緊急事態宣言解除後も出社するのは週に2、3日で、フレックスタイムや時差出勤に力を入れている企業も増えてきましたね。
田中
はい。ただ、すべての業務をテレワークで行えるかというと、それは現実的ではありません。どうしても人と人が顔を合わせて行ったほうがスムーズに進む業務やビジネスというものもあるからです。例えば、郊外にサテライトオフィスを集積させた街をつくり、週に2回ほどそこにチームメンバーが集まり、残りはテレワークを実施していくといった新しい都市設計を提案する設計会社も出てきています。
望月
テレワークの普及によって、自宅での生活スタイルも変わってくるでしょうね。夫婦と子どものいる家庭の場合、自宅の中にテレワークのための専用スペースを確保するのは難しいでしょうから。「このスペースは昼間、テレワークしている主人用で、家族は邪魔しないようにする」などといったことが日常化するかもしれません。
田中
まずは、オフィス空間をコロナ後の時代に、どう適応させるかというリノベーション需要が高まるかもしれません。その際、IoTやデジタル化などの普及を加速させることができます。居住地についても、郊外や地方への分散やスマートシティの開発などを通じて都市部への集中を緩和できれば、国土全体でデジタル空間の基盤を整えることも不可能ではありません。そうなって初めて日本経済も国際的な競争力を回復できるのではないかということを想像しています。この点も、コロナを単なる危機ととらえるのではなく、日本の社会や経済基盤を整え直す大チャンスだと考えるべきなのだと思います。
望月
働き方が変われば、当然、人事評価の方法も変わるべきですよね。私が知っているある会社は、日本人を16万人、外国人を14万人雇用しているグローバル企業なのですが、日本人と外国人人材の流動性を高め適材適所で力を発揮してもらえるよう、10年ほど前からジョブ型人事制度への転換に取り組んできました。ジョブ型人事制度とは、日本的な「職能」ではなく、「職務」を基軸にして等級や評価・報酬を決める手法で、欧米では主流の制度です。職能が個人の能力を基軸にしているのに対し、ジョブ型はどのような職務についているかで処遇が決まります。
このジョブ型がテレワークに適していました。管理者の目が届きにくいテレワークでは勤務管理を時間によって行うことには限界があります。一方、ジョブ型の制度ではジョブ・ディスクリプション(職務記述書)に職務の内容を詳細に記載するので、テレワークでも管理がしやすかったのです。その企業はジョブ型への移行を進めつつあったおかげで、テレワークの導入がスムーズに実現し、緊急事態宣言解除後もグローバルで継続することを決めました。
これは一例ですが、今回のコロナを契機に働き方に大きな変化が起これば、日本にはなかなか定着しなかったジョブ型の雇用制度や人事評価制度が、徐々に広がっていくのではないかと感じています。
田中
同感です。テレワーク主体の働き方で要望どおりのアウトプットを出そうとするとジョブ型でないと難しいですからね。また、働いている方も従来の人事評価制度では「出勤していないのに、上司に認められるような毎日を過ごせているのか」「努力していることをわかってもらえるのか」といった不安を感じています。この不安を解消するためには、ジョブ型の人事制度へ移行するとともに、評価基準の透明性を高める必要もあると考えます。
今後は、こういったことができるかどうかが人材確保にも大きく影響してくるでしょう。いわば、コロナを契機としてヒューマンリソースマネジメント競争の時代へと本格突入したといえるかもしれません。デジタル化同様、ヒューマンリソースマネジメントのクオリティをいかに上げるかが、企業が勝ち抜いていく競争ポイントになってきたといえます。
究極の変化が求められる時代を、チャンスと捉えて成長していく
望月
コロナによる影響が世界へ広がっていくのと歩調を合わせるかのように、グローバル化路線から各国分断への転換や米中のデカップリングといった問題も浮き彫りになってきています。
田中
米国では、自国の技術を用いてつくった製品を国が指定した業者に納入してはいけないという規制が施行されました。米中のデカップリングは、ここ2~3年議論されてきたテーマですが、コロナが中国・武漢から始まったことなどによる影響で国民感情に火がついてしまったため、この流れが不可逆なものになってしまったと考えられます。つまり、政府が介入する市場分割というものが不可避になったと思うのです。
このような状況下であっても、企業は米中両方にエンゲージメントすることを考えなければいけません。中国を中心としたマーケットと米国が入っているマーケット用に、特にイノベーション関連のアセットは分けて用意する必要があるでしょう。これは非常に非効率ではありますが、制裁を避けるためにも欠かせない対処法の一つだと考えます。
望月
当社の投資先にはニッチトップの企業が多く、製造している製品は経済的なボリュームはそれほど大きくはないものの、プレゼンスという面ではかなり強いポジションを獲得しています。そのような企業は、自社製品の中に米国の技術が混入されていないことを証明した上で、世界中に供給するという方法もありますね。
田中
そうですね、そのような企業は最強のポジショニングだといえるでしょう。世界に対してレバレッジを持っているということですから。政治的な介入があろうとその企業の製品を使わなければ成立しないという状況がつくれれば、非常に強い。そのようなニッチトップの企業が何ダースも集積している国というのが、日本が目指すべき姿なのかもしれません。米中両国から経済手段でさまざまな脅しを行使されない国になるという意味においても、実は重要な日本の在り様だと思います。
望月
話せば話すほど、今まさに多くの企業が究極の変化をすべき時代に直面していることがはっきりと見えてきました。この状況を乗り切り、生き残るために、また、コロナ後さらなる成長を実現するために経営者が心掛けておくべきことについて、アドバイスがあればお願いします。
田中
経営経験のない行政官の話では信ぴょう性がないと思いますが(笑)──自分の会社が何を売っているのかということ、その本質を再定義し続けることが大切だと考えます。“顧客はなぜ買ってくれるのか” “何がしたくて、何を獲得したくて買ってくれるのか”。ここを明らかにすることで、自社の製品やサービスがどのような価値を提供しているかが見えてきます。
日本でも海外でも新興テック巨人のファウンダーたちは会社にいる間中、世界中の投資先候補や投資のパートナーとテレビ会議で「世界のどこの人が何を求めているのか」といった議論を繰り返しているそうです。つまり、徹底的に価値探しをしているということです。
望月
当社の投資先にも、自社の技術の本質を見極めることで成功している会社があります。そこは地震の免震・制震装置で成長してきたのですが、新領域を開拓する際、着目したのが免震・制震装置に欠かせない“樹脂の滑り”の技術でした。この技術を自動車向けのベアリング開発に応用したのです。従来のベアリングは回転を滑らかにするために金属の玉を使っています。しかし、金属なので重いうえ、球形であるためすき間に溜まったゴミが故障の原因になっていました。それを軽い樹脂に置き換えてゴミも入らない設計にしたのです。これが大手自動車メーカーに採用され、近年はドイツ車にも使われるようになっています。免震装置はビルの土台部分に設置される巨大な装置であり、ベアリングは手のひらにのるほどのサイズと製品の大きさも業界もまったく異なりますが、樹脂の滑りという自社技術の本質をつかみ、それを活かす道を探ったことでさらなる成長を実現した好例だと思います。
田中
製品や技術、業務、社風、人材など自社が持っている価値を細かく分析して把握しておけば、市場から求められている価値と上手にマッチングすることができるということですね。
望月
はい。もう一つ大切なのは、そういった市場のニーズと自社の強みを徹底的に考えることではないでしょうか。当社の投資先である中小企業の経営者は、数年と在任期間が決まっているサラリーマン社長と違い、全社員やその家族の生活を背負い続ける重みや責任を痛切に感じています。そのため、24時間365日、会社のこと、事業のことを考え続けているのです。私と一緒にゴルフを楽しんでいるときも、ちょっとした会話の中からビジネスのヒントを探そうとしています。
このように考え続ける力を備え、自社の価値を把握できている企業にとっては、今、目の前で起こり始めている変化の時代は、大きなチャンスの時代だともいえます。
(7月22日、当社会議室にて。文中敬称略)
機関誌そだとう204号記事から転載