支援事例
長期安定株主を得て本業のものづくりに専念
トックベアリング株式会社
「中小企業は、経済を牽引する力であり、社会の主役である」と「中小企業憲章」に記されている。中小企業は日本の全企業数の99.7%を占め、国内雇用の約7割を創出している。同憲章にもある通り、中小企業は「常に時代の先駆けとして積極果敢に挑戦を続けてきた」が、各社がそれぞれの成長ステージで直面する課題を乗り越えるための支援が欠かせない。
こうしたなか、東京中小企業投資育成は、中小企業投資育成株式会社法に基づき、中小企業の自己資本の充実を促進し、その健全な成長発展を図ることを目的に、投資業務および経営相談やビジネスマッチングなどの育成業務を行っている。同社の活動を交え、果敢に市場を切り拓く中小企業の姿を紹介する。
たゆまぬ研究開発を通じて〝新しい価値〟を提供
樹脂製ベアリングを日本で初めて製品化
国内で初めて製品化した樹脂ベアリング、
ワンウェイクラッチ、ロータリーダンパーが事業の柱
普段何気なく開け閉めしている冷蔵庫や事務机の引き出しがなめらかに動くのは、樹脂製ベアリングという部品のお陰。東京都板橋区に本社を置くトックベアリングは、その樹脂製ベアリングを業界に先駆けて世に送り出したパイオニア企業だ。
同社は1938年に創立し、戦前から金属製ベアリングの製造を手がけてきた。戦後、外資系事務機器メーカーから事務机用のベアリングを受注するようになり、同社は「事務机の引き出しを動かすのに高価な金属製ベアリングは必要ないのではないか」と考え始めた。
より軽く安価で、十分な強度を持つ材料でベアリングを作ることを模索していた同社が注目したのが、樹脂である。試行錯誤を重ね、耐久性が高く割れにくい米デュポン社製の「デルリン」と呼ばれる樹脂を用い、当時としては画期的だった射出成形という方法で、樹脂ベアリングの生産に成功した。
「当社が『デルリン・ベアリング』という商品名で樹脂ベアリングを発売したのが1964年。昭和40年代後半から、事務机やキャビネットを始め、冷蔵庫、コピー機などのOA機器まで、樹脂ベアリングの用途は一気に広がりました」と、同社の吉川桂介社長=写真=は話す。現在、同社の樹脂ベアリングは汎用品で約1000種類にのぼるほか、ユーザーの用途に合わせた特注品も多数手がけている。
画期的な機能を持つ新商品を世に送り出す
トックベアリングは、経営理念の筆頭に「〝新しい価値〟の提供で社会に貢献する」を掲げ、経営方針でも「新製品開発、新技術開発を継続的に実施する」と定めている。
同社は1983年、一方向のみに回転するワンウェイクラッチを新たに発売した。これは、ベアリングは左右どちらの方向にも回転するという常識を覆すもので、逆回転が許されないコピー機やファクシミリ、プリンターなどの紙送り機構にはうってつけの部品だった。ワンウェイクラッチはOA機器全般のほか、包装用機器などにも広く使われている。
次いで1989年には、蓋を閉める動作をゆっくり行い、騒音や衝撃を和らげるロータリーダンパーを発売。頻繁に開け閉めを行うピアノの鍵盤蓋や自動販売機の商品取出口に使われているほか、2000年からはトイレ便座の蓋にも採用され、大きく売上を伸ばした。同社のロータリーダンパーは、大手コンビニチェーン店舗のコーヒーマシンの扉にも採用されている。
樹脂ベアリング、ワンウェイクラッチ、ロータリーダンパーは同社の業績を支える3本柱。それぞれの売上高が全体の3割と均等で、顧客先の業種業界も分散していることが大きな強み。国内シェアも揃って高く、樹脂ベアリングが6割、ワンウェイクラッチとロータリーダンパーがそれぞれ5割を占める。1企業の事業ポートフォリオとしては、非常に理想的な状態といっていいだろう。
同社は目下、4本目の柱となる事業の構築に余念がない。
「いま注目している新市場が気象業界で、風向風速計の開発に取り組んでいます。最初はお客様からベアリングの引き合いをいただいたのですが、そのうちに樹脂部品の成型や組み立てまでを請け負うようになりました」と吉川社長。
近年主流になっている海外製の風向風速計はベアリングの耐久性に難がある。そこで同社はベアリングの耐久性を向上させたほか、本体の重心バランス調整が容易にできる機構を設けるなどの工夫を加えた。いま同社の製品開発センターが、高性能の国産風向風力計の実用化に向けて研究開発を続けている。
長期安定株主を得て本業のものづくりに専念
トックベアリング
代表取締役社長
吉川桂介氏
トックベアリングが1972年に東京中小企業投資育成の出資を受けてから、今年で44年目を迎える。長期安定株主として投資先の健全な成長発展を支援する一方、投資先の経営の自主性を尊重するという基本方針を掲げる東京中小企業投資育成は、トックベアリングにとって、ものづくりの頼れるパートナーにほかならない。
「非公開会社の経営においても株主は非常に重要な存在です。投資育成さんに大株主としてバックについていただいていることで、安心して本業の経営とものづくりに集中できるのが非常にありがたいですね。ほかにも社内教育の一環として、投資育成さんの主催する各種セミナーや研修会に社員を派遣しているほか、約1週間の期間で行われる海外視察会も内容が濃く、非常に役に立ちます」と吉川社長はいう。
同社は2001年に香港に現地法人を設立し、中国・深センおよび上海を拠点に、製品の海外生産も手がけている。2014年にはドイツのデュッセルドルフに駐在員事務所を開設。2015年12月にはアメリカ・カリフォルニア州オレンジ郡に現地法人を設立し、2016年春から本格的に活動を開始する。ドイツ、アメリカ進出にあたり、現地に事業所を持つ東京中小企業投資育成の投資先企業から実践的なアドバイスを得たという。
「樹脂ベアリングにしろ、ワンウェイクラッチにしろ、ロータリーダンパーにしろ、当社の製品は何らかの動きを持って世の中に貢献しています。私たちが提供できる〝新しい価値〟とは、自社の強みを活かし、これまでにない動きのあるものを作り、世の中に出していくことだと考えています」と吉川社長は抱負を語る。
コラム
企業の永続に貢献する長期安定株主として支援
東京中小企業投資育成
業務第二部 部長代理
平形忠博氏
トックベアリングさんは、主力製品の樹脂ベアリング、ワンウェイクラッチ、ロータリーダンパーの売上高がそれぞれ全体の3割に達し、顧客先の業種業界もうまくバランスがとれています。しかも、各製品がベアリングから派生した基本技術から生まれており、中小企業の経営としては理想的なケースだと思います。
当社がトックベアリングさんに投資をさせていただいたのは、3代前の社長の時代にさかのぼります。その間、経営トップの交代が3度ありましたが、当社は経営に干渉せず、相談があればお話を伺って新社長のサポートを行い、社内の体制にゆらぎがないように、長期安定株主の立場から身内としての意識を持って世代交代を見守ってきました。
一方、吉川社長が新社長に就任される際に重点政策として挙げられた海外進出について相談があった際には、当社から進出候補先に拠点を持つ投資先企業を紹介し、たとえばドイツに設立するのは現地法人がいいのか駐在事務所がいいのか、などのアドバイスを受けていただきました。
当社は、経営者の心配事や困り事を減らし、安心感を醸成することが、投資先企業の永続に役立つと考えています。とくに資本政策は、精神面も含めて経営者に多大な労力がかかります。当社が長期安定株主となり、経営者が本業に集中できる体制を支援しているのもそのためです。
吉川社長には、38歳という若さを活かして新事業にチャレンジし、2、30年先を見据えて、4つ目の事業の柱をぜひ確立していただきたいと思います。当社もそのためのサポートをしていきます。
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